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白の賢者サルマン ~世界征服こそ使命。世界は人類のものだ~

ルイス、お前の気持ちは痛いほどわかる。世界のふもとが憎いんだろ?ならば共に世界のふもとを征しようじゃないか。


この世界は、人類のものだ。


「一緒に世界のふもとへ行かないか?」


サルマン。ルイスと共に世界のふもとに辿り着き、永遠の命と魔法を授かった賢者の一人。サルマンは使命感を持ち行動していた。


ドワーフ殺し。


人間の街に交易のためにやってくるドワーフを、殺す。

人間こそがこの世界アキシギルの頂点である。それ以上の理由など必要ない。


頂点である人間とドワーフが、対等に接している。そんなこと許されるはずがない。人類の恥さらしどもがドワーフに笑いかけている。だから劣等種が調子に乗るのだとサルマンは確信していた。


何百人ものドワーフを手にかけていた。だがサルマンが捕まることはなかった。絶対にバレない殺し方を知っていたからだ。


根の国。この世界アキシギルにおいて魂だけの世界。死者の世界とも言える。サルマンはその入口を知っており、ドワーフを根の国に直接落としていたのだ。そんなことが出来るということを知る人はおらず、どんなに怪しくともサルマンが罪に問われることはなかった。


人類にふさわしい場所だ。世界のふもとへ行かないかと誘われたとき、こんな感想を抱いたサルマンが旅に同行するのは自然なことだった。


同志であるバルフォアも加え、8人で世界を旅する。壮健なエルフの都市を見て7人が感動している中、サルマンだけは不満だった。


頂点であるはずの人間より、エルフの方が豊かな生活を送っていることに憤っていたのだ。そして世界のふもとに近づけば近づくほどエルフの都市は豪華絢爛になっていった。


ただ感心しているだけの7人と違い、サルマンだけは闘志を燃やし続けていた。世界のふもとに秘密があるはずだと考えていたからである。


そして、ようやく辿り着いた世界のふもとで見たのは、世界樹が太陽を打ち上げるところ。


 太陽。毎朝昇り朝焼けを生み出す太陽は、世界樹の創り出したものだった。

人々に実りをもたらす太陽。人類より世界樹の近くで暮らしているエルフが、より豊かな生活を送れるのも頷けた。


 世界のふもとは、人類のものにすべきだ。そう考えているサルマンに贈り物が授けられた。

それは、魔法と永遠の命。

やはり人類は選ばれた存在なんだ。そう確信し、人類を頂点に導くためのサルマンの人生が始まった。


だがそんなサルマンの人生は、出鼻をくじかれることになる。


8人の賢者には全く異なる魔法が授けられていた。鏡、炎、水、木、塩、札、酒。サルマンに授けられた魔法は、米の魔法。


「米ってなんだ?」


他の魔法はわかりやすかった。鏡で反射したり、水を生み出したり、札で様々な事象を起こしたり。だが、米の魔法でなにが出来るのか一向に不明だった。せいぜい米を作れるだけである。


全く役に立たない魔法であるわけがなかった。

人類であるサルマンに世界樹が授けた魔法。人類が頂点を目指すためになるものに間違いなかったのだ。


米の魔法の使い方がわからないことを、他の賢者には話さなかった。聞かれても秘密だと答えるだけだ。元々忌避されがちだったサルマンから詳しく聞き出そうと考える人はいなかった。


世界のふもとでの暮らしはしばらく続き、サルマンは人間の街に帰るべきだと他の7人に促し始める。


理由はいくつかあった。流石に魔法の使い方がわからないことを隠しきれなくなったこと、世界のふもとという環境下では使えないものではないかと仮説を立てたこと、そもそも魔法の力はもっと多くの人類が得るべきだと考えたこと。


それぞれサルマンtは違う理由のようだったが、やがて帰ろうという派閥の方が多くなる。最終的には8人全員で帰ることになった。


人間の街に帰ってから、サルマンは早速人々に世界のふもとで授かった魔法と永遠の命について語った。米の魔法は、他に比べれば華がないが、それでも魔法を使えない人々からすれば羨ましいものだ。


欲深い人間にとって、魔法と永遠の命というものは喉から手が出るほど欲しいもの。誰もが血眼になって世界のふもとを目指すようになる。


しかしそれを、他種族が許さなかった。

世界の麓へと押し寄せる人間は、他種族の妨害によって全てせき止められる。特にエルフの妨害は激しいもので、かつて自由に行き来できていたエルフの都は固く閉ざされ、人間の前に立ちはだかる巨大な要塞と化した。


人間たちは憤慨し、エルフへ戦いを挑む。

サルマンは特に怒りをあらわにしていた。人類が世界のふもとへ行き、魔法と永遠の命を得ることは当然の権利だと考えていたからだ。人間が世界のふもとに行けないということは、その可能性を失くしてしまうということになる。


世界のふもとへの道を切り開くためにサルマンは他種族と戦い続けた。そんな中、黄金のドラゴンが8人を訪れた。


「皆さんに、お伝えしたいことがあります」


ラウレリンと名乗るドラゴンは、他種族がどうして人間を止めるのか伝えに来たのだ。その理由とは、魔物が生まれてしまったからというもの。

ただの偶然かもしれない。だが、8人が世界のふもとに辿り着いた後に魔物が生まれたのは事実。だからこそ、これ以上人間を世界樹に近づけるわけにはいかないと伝えられる。


8人で話し合った。サルマンは人間と共に戦うべきだと主張した。理不尽な要求を呑む必要はないと主張した。


だが、他種族の側につくべきだという意見の方が大きかった。人間と他種族は、実のところ戦いにすらなっておらず、実質的に8人と他種族の戦いになっていた。そのことを不満に思っていた者が多かったのだ。


サルマンの奮闘もむなしく、最終的に他種族の側で人間を止めようということになってしまう。最後まで反対していたサルマンだったが、結局は他種族と共に戦うことを選ぶ。


ここで意固地になって最後まで人類と共に戦おうとしないのはサルマンの狡猾なところだ。最終的に人類全てが魔法と永遠の命を授かるべきだという考えを曲げたわけではない。だが今はその時ではないという結論を出していた。


それだけ人間と他種族の間の差が大きかったのだ。人類は世界の頂点ではなかった。サルマンはそのことを認めながら、いつの日か必ず人類は頂点に立つのだと確信していた。


他種族の中でも特に出張っていたエルフたちは8人を賢者と名付けた。そして、サルマンは白の賢者と呼ばれるようになる。戦いのさなか、8人は少しずつ離れ離れにされていく。あまりに強大な魔法の力を恐れたエルフにより、そう仕向けられたからだ。


エルフの意図をいち早く察知したサルマンは、他種族への嫌悪を深めていく。それでも狡猾なサルマンは感情を押し殺していた。下手に逆らったところで、世界のふもとに再び行くチャンスを逃すだけだとわかっていたからだ。


サルマンは一人だけ別の戦場へ向かうように言われた。8人の賢者を引き離す意図だと知りながら、気付いていないフリをしながら戦場に立つ。この時、まだ米の魔法の本質に気づいていなかったサルマンは、エルフからは役立たず扱いされていた。


屈辱的な状況に耐えながら、サルマンは機会を伺っていた。


そしてその時がやってきた。他種族が人間との戦いに勝利したのだ。あまりにもわかりきっていた結果であったが、サルマンにとっては良い契機となった。


もう用済みだろうとエルフに問いかけ、サルマンは他種族のもとを逃れる。大して役に立たない米の魔法しか使えないものと思い込まされていたエルフは、特に追いかけたりすることもなかった。


自由の身となったサルマンは、他種族から隠れて暮らすようになる。他種族からだけではない。かつて共に世界のふもとへと旅した賢者からも隠れていた。


サルマンにとってどちらとも敵だったのだ。サルマンの目的は人類を世界の頂点にすること。他種族もその味方となった賢者も敵でしかなかったのだ。


米の魔法では戦えないということもあった。未だに使い方が不明だったのだ。食料に困らないという利点はあったが、それだけではどうにもならない。


自らの米の魔法を解明するために、サルマンは魔法とはなにかを調べ始めた。永遠の命を持つため時間のことは気にする必要がない。


実のところ魔法を使えるのは賢者だけではなかった。エルフも魔法を使える。だが賢者の魔法とエルフの魔法には決定的な違いがあり、それは詠唱の必要性だ。


呪文を詠唱しなければならないエルフの魔法と違い、賢者の魔法は呪文を必要としない。エルフの詠唱を盗み聞いていたサルマンは、自分でも呪文を唱えてみた。


なにも起きなかった。原理が全く違うようだ。


サルマンはエルフの都市への侵入を模索し始めた。詠唱魔法の原理を解明するためだ。だがそう簡単なことではない。世界のふもとを目指す人間を阻む要塞と化していたエルフの都市に人間が入るのは容易ではなく、サルマンも例外ではない。


正攻法で侵入することは不可能だった。エルフが想定しない方法を使うしかない。サルマンが選んだ方法は、一度死ぬということ。


根の国。この世界アキシギルにおいて魂だけの世界。かつてドワーフを粛清した死者の世界。


サルマン自身が根の国に、直接行く。根の国を経由することでエルフの都市に侵入することを画策した。これは危険な賭けだ。だがサルマンにためらいなどない。


いつかは試さなければならないことだったのだ。人類が頂点に立つために、米の魔法を解明することは必要なことだったのだ。


魂だけの存在となったサルマンは根の国を通りエルフの都市を目指す。その過程で、根の国でサルマンは、この世界アキシギルの真理を見た。


魔物とはなにか?賢者が世界のふもとに辿り着いたことが原因で生まれたのか?


否。真実は違う。


根の国で生まれた魂は、アキシギルで命となって誕生する。エルフが生まれるとき、魂はより理性的に生きるように改変される。


理性的に生きる魂。理性的に生きるために不要なものがあった。それは欲望。欲望を満たそうとすればするほど、理性的とはほど遠い生き方となってしまう。だから改変の過程で魂から欲望が取り除かれていく。


では取り除かれた欲望はどこへ向かうのか?ただ消えるなどという都合の良いことにはならない。魂から取り除かれた欲望は、別の魂に引き継がれる。そして生まれる魂は、欲望にまみれた魂。


欲望にまみれた魂によって誕生した存在。それが人間だ。


では魔物とはなにか?重要なことは欲望というものは留まるところを知らないということだ。エルフが生まれるために取り除かれた欲望を、人間だけで受け止めることはできない。


欲望の成れの果て。欲望にまみれた魂は、さらに欲望に浸食され、そして誕生したのが魔物だ。


これはアキシギルという世界の真理だ。理性的なエルフと、欲深い人間と、欲望の成れの果てである魔物。アキシギルの種族は同じような関係を持っている。


自由に生きる妖精と、規律を守るドワーフ。横暴な巨人と、従順なガーダン。そして孤高に生きるドラゴンと、団結し生きたドラゴンに滅ぼされてしまった種族。自由のために生きるために規律は捨てられ、横暴に生きるため従順な心が捨てられ、孤高に生きるために団結力が捨てられる。


規律の成れの果て。従順の成れの果て。団結の成れの果て。これらが魔物の正体だ。


つまり魔物が誕生したのは賢者が世界のふもとに辿り着いたことが原因ではない。喜ばしいはずのことだったが、サルマンはそれどころではなかった。


頂点であるべきはずの人間が、あろうことかエルフに捨てられた欲望にまみれた存在だったのだ。到底許されることではない。


「世界樹め。人類を馬鹿にしおって」


この世界アキシギルは世界樹によって創造されている。太陽すらも、世界樹に創られたものだ。人間が誕生する仕組みも当然世界樹が創り出したものである。


世界に失望しながらも、サルマンはエルフの都市への侵入に成功した。エルフの死体に憑依することで根の国から脱出したのである。死体だったエルフが歩いている。そんな異常事態にも関わらずサルマンを止めるエルフは一人もいなかった。


止めなかったというより、そもそも気づいていなかったのだ。都市への侵入は完全に防いでいるとエルフは自信を持っており、実際に一人として侵入を許していなかった。だからこそ都市内の警備や監視は極めて脆弱で、少し物陰に潜む程度でやり過ごすことができたのだ。


まさか根の国を通って侵入されるなど、エルフは夢にも思わなかっただろう。そしてサルマンがエルフの都市に潜んでいたことを知る者は、歴史上一握りしかいない。


都市内でサルマンはエルフの詠唱魔法の研究に没頭した。判明したことは、魔法というものは世界樹の力を引き出しているに過ぎないということ。


エルフが詠唱を必要とするのは、世界樹との交信に言葉が必要だったからだ。


サルマンはエルフの言葉を理解した。サルマンは世界樹を理解した。そしてサルマンはついに米の魔法の真髄を理解した。


世界樹がエルフへ魔力を提供するように、米も他者へ魔力を提供することができる。当然のことながら魔法を使うこともできるようになるが、魔力をエルフの言葉で支配することもできる。


世界樹は自身の魔力を提供するだけで支配はしておらず、エルフは思うがままに魔法を使っていた。だが、そんな勿体無いことをサルマンがするはずがない。


サルマンの米を食した者は、サルマンの魔力で魔法を使えるようになるが、同時にサルマンの言葉で支配される。


洗脳よりももっと酷い。他者を支配する魔法。それが米の魔法。


だがサルマンは喜べなかった。米の魔法の真髄を知ったことで、逆に賢者の限界も知ってしまったのだ。


世界を創り出すほどの魔力を保有する世界樹に勝てるはずがない。そして世界樹の魔力を自在に扱うエルフに人間は勝てない。なぜなら寿命が足りないから。エルフの言葉を習得するために、人間の寿命では到底足りない。


人間の寿命はどんなに長くとも100年程度だ。対してエルフは500年かけて言葉を習得し成人として扱われる。いかに言葉の習得を効率化しようとも、到底間に合うはずがなかった。


「人類は、勝てないのか?」


サルマンは絶望していた。


だが思わぬ人物が希望となった。ルイスだ。


かつて共に世界を旅し賢者となった男が、突如として魔物を率いて世界を蹂躙し始めたのだ。


なすすべもなく虐殺されていくエルフやドワーフを見てサルマンは戦慄していた。勝てないかもしれないと諦めかけていたことを、ルイスが実現していたのだ。


なぜか人類すらも魔物で蹂躙していたが、そんなことはサルマンにとって瑣末なことだった。人間でもエルフを殺戮できる。その事実が重要だったのだ。


「最高じゃないか。どうなってる」


一体全体どうすれば魔物を操り、世界を蹂躙できるのか。米の魔法で支配できる数を遥かに超える魔物を率いているルイスの下へとサルマンは向かった。その秘密を聞き出すために。


だが手遅れだった。


青の賢者と灰の賢者、そしてドラゴンによって黒の賢者ルイスは封印されてしまったのだ。


サルマンは憤慨した。あろうことか人類ではないドラゴンの手によって人類の一員であるルイスが封印されてしまったのだ。


だが怒りにまかせてドラゴンに喧嘩を売るほど愚かではなかった。今は勝てずとも、いつか勝てれば良いのだ。サルマンは機会を伺い続けていた。


そして、途方もない時が過ぎた。


反撃の時は突然訪れた。ルイスが自力で封印を解いたのだ。


「やっと、やっとだ。人類の勝利の時だ」


意気揚々とサルマンはルイスを訪れた。共に人類のために、愚かな種族を滅ぼしてしまおう。そして世界をあるべき姿にすることが使命だと興奮していた。


「サルマン。俺は、死にたいだけなんだ」

「は?」


希望の存在であるはずのルイスは、自ら死を望んでいた。思いとどまるよう説得するが、聞き入れる様子もない。


しかもその理由は、この世でただ1人の最愛のエルフ、人間ではなくエルフ、人類の宿敵であるエルフを追いかけて死にたいというもの。


「エルフめ。そうまでして人類を貶めるか。いいだろう。そうやってほくそ笑んでいるがいい。どんなに姑息な手段をとろうとも、人類は決して負けん」


幸いなことにルイスは死にたくても死ねないようだった。サルマンは確信していた。人類が世界を征するのは必然なのだと。なぜなら世界樹がよこした永遠の命が、人類の希望であるルイスの死を拒んでいるのだから。


世界は人類のもので、人類でない者は不要。


世界征服こそが、サルマンの使命。


米の魔法で他者を支配するように、世界を統べるべきなのは人類で、世界を征服すべきなのはサルマン。


そのために、なんとしても、魔物を率いる力を、世界を蹂躙する力を、世界征服の手段を受け継がなえればならない。


征しよう。もう一度、

あの日夢見た世界のふもとまで


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