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赤の賢者メグ ~大好きな姉ともっと豊かな日常を送りたかった~

「誕生日おめでとう。はいこれ、プレゼント」

「わぁ。ありがとう」


 今日はメグの誕生日。姉のリズからもらったプレゼントは満月花。名前の通り満月の夜にだけ咲く花。珍しい花ではあるが、しょせんただの花。


 街はずれの洞窟の中で、双子の姉と2人きりの誕生日。姉といっても実の姉ではない。義理の姉というわけでもない。それでもメグにとって姉は姉で、かけがえのない家族であることは間違いない。


 メグは願っていた。いつの日か大好きな姉と、誰もが羨むような贅沢な暮らしを送ることを。


 メグとリズが姉妹となったのは、2人とも同じ境遇だったからだ。

天涯孤独。赤い髪と目のメグと、青い髪と目のリズ。2人は独りぼっちで生まれた。生まれた時から両親はどこにもいなかった。


 メグは街から除け者扱いされていた。両親のいないメグは、物乞いのように生きるしかなかったからだ。そしてそれは、リズも同じだった。


 2人が出会うのは、ごくごく自然なことだった。物乞いのように生きる子供の行先は、おのずと限られる。


 独りで生きるのは辛い。だけど2人なら乗り越えられる。街の人から罵声を浴びせられても、街の子供たちに石を投げつけられても、全身傷だらけになりながら2人は必死に生きていた。


 リズのことを姉と呼ぶようになったのは、罵声や石からメグは守られることが多かったからだろう。


 実のところ、どちらが年上なのかは2人にもわからない。両親がいない2人は、年齢どころか自分の誕生日すら知らなかったからだ。

だがメグは全く気にしていなかった。それどころか嬉しいとすら思っていた。なぜなら自分の好きな誕生日にすることができるから。大好きな姉と同じ日を誕生日にできるから。


 姉と一緒に楽しく暮らす。メグはそれが嬉しかった。


「お姉ちゃん。世界のふもとってどんなところなのかな?」


 それは、街で話題になっていることだった。エルフの女性に伝えられた世界のふもとの話。

街の人達はほとんど信じていなかった。ただ一人、ルイスという少年を除いては。


「さぁ。言うほど大したことないんじゃない?」


 世界のふもとへ心のどこかで憧れを抱いていたメグと違って、リズは達観しているようだった。そんな姉を真似して、メグは世界のふもとのことをそれ以上話さなかった。しかし憧れの感情が消えることはなく、心の奥底でくすぶり続けていた。


 なにがあるかわからない世界のふもと、逆に言えばどんな素晴らしいことがあってもおかしくない世界のふもと。


 メグは世界のふもとで幸せに暮らしを送ることを夢見ていた。


 そして時が経ち、青年となったルイスが共に世界のふもとへ旅立たないかと街の人達に呼びかけた。多くの人は話を聞くどころか相手にもしない。


 あまりに話が大きすぎて信じられていないこともあったが、人間というのは今ある生活を手放そうとしないものだ。多少不満があったとしても、なにがあるかわからない世界のふもとに、わざわざ危険な旅に出てまで行こうと思う人などほとんどいなかった。


 だがメグは違う。成長してできることが増えて、物乞いをせずとも生きられるようになってはいたが、それでも満足な生活というわけではない。今ある生活を捨て旅立ちたいとメグが思ったのは無理からぬことだった。


「お姉ちゃんも一緒に行こうよ」


 ルイスの呼びかけに応じたのは、メグとリズを含めて8人の男女だけだった。8人は世界のふもとへと旅立つ。旅はとても長く険しいものだったが、メグは幸せだった。


 初めてエルフの都を通り、初めてエントの森に入る。なにもかもが新鮮で、充実した旅。8人全員で助け合っていて、除け者にされてきた街とは正反対の同じ仲間として受け入れてもらった日々。


 そんな幸せな旅の日々。心に余裕が生まれると、今まで気にならなかったことが気になるものだ。たとえ大したことでなかったとしても。


 メグとリズは実の姉妹ではない。義理の姉妹でもない。ただ同じ境遇に、同じ場所に、同じ時期に生まれただけ。ゆえに2人の顔は似ても似つかないもので、姉妹と言うと初対面の人には驚かれるものだ。だが嫌だからといって何かできるわけでもない。


 メグは姉と似ても似つかない自分の顔が嫌いになっていく。


 そして旅は終わった。世界のふもと。幼いころに姉からプレゼントされた満月花が一面に広がっていた。


 周囲に生きるエントと呼ばれる種族が、毎晩のように世界を淡く照らす月を打ち上げていたからだ。世界樹の創り出した太陽が沈んだ後、月が世界を照らしている。


 月を静かに見上げていたメグに、世界樹から贈り物が授けられる。

それは、魔法と永遠の命。

この時のリズはまだ知らなかった。姉妹の別れが近づいていることを。


 8人は世界のふもとの近くでしばらく暮らすことになる。相変わらず姉とルイスは喧嘩ばかりしていたが、それも含めて楽しいと思えるようになっていた。


 メグは姉と似ても似つかない顔を旅の間からずっと気にしていた。世界樹から授けられた永遠の命は、思わぬ形でそれを払拭してくれた。


 人間というのは、老いるものだ。人間だけではない。限りある命を生きる全ての種族は、老いて朽ちて死んでいく。だがメグは限りのない永遠の命を授けられた。


 永遠の命の副産物として、メグは自分の姿を自在に変えられるようになっていた。8人の仲間全員そうだった。自分の意志で老いることも若返ることもでき、容姿すらも自由だった。


 しょせん副産物に過ぎない力を、メグだけはとても喜んでいた。なぜなら大好きな姉と同じ顔になれるのだから。少しずつ姉の顔に変わっていき、違いが残るのは髪と目の色だけ。赤い髪と目のメグと、青い髪と目のリズ、瓜二つの実の姉妹にしか見えない。ところが、自分と同じ顔になることを姉は快く思っていないようだった。


「どうして?」


 見た目が全てじゃない。そんなことメグは百も承知だった。だとしても、見た目が瓜二つの双子の姉妹になれることにメグは憧れていたのだ。決して叶うことができないと思っていたことを叶えられた。その喜びを姉と分かち合いたかった。


 陰りが差してしまった世界のふもとでの日々は、永遠に続かなかった。続けることはできなかった。8人は生まれ故郷である人間の街に戻ろうと話すようになる。メグは当然のように反対した。独りで生まれた街に、楽しい思い出など無かったのだから。


 姉と一緒に最後まで反対したが、他の6人の意志を変えることはできず、結局生まれ故郷に帰ることになってしまう。姉と2人で世界のふもとに残ることもできたが、そうしなかった。関係がギクシャクしてしまった姉と2人きりの生活が始まってしまうことを恐れたからだ。


 8人で生まれ故郷まで戻ると、見知った顔は一人もいなかった。それだけ長い時を世界のふもとで過ごしたからだ。仲間の一人が魔法の力を披露するのをみながら、メグは姉と共に安堵する。


 だが、平穏な日々は長く続かなかった。8人は人間と他種族の戦いに巻き込まれてしまったのだ。欲深い人間にとって、魔法と永遠の命は喉から手が出るほど欲しいもの。誰もが魔法の力を求めて世界のふもとを目指すようになり、なぜかそれを阻もうとする他種族との戦いに巻き込まれていく。


 メグは逃げ出したかった。争いなど望んでいなかったし、なにより姉が傷つく姿を見たくはなかった。そんな思いとは裏腹に、メグは戦いの最前線に立たされることになる。姉も同じだった。


 理由は単純なもので、姉妹が授かった魔法が戦争という点においては最も優れていたからだ。

メグに授けられたのは炎の魔法。リズに授けられたのは水の魔法。

迫りくる敵を灼熱の炎で焼き払い、敵の本拠地を大量の水で押し流す。魔法を授けられた8人の中で、最も敵を葬ったのは間違いなくメグとリズの2人だった。


 他種族との戦いが、このままずっと続くのだろうかとメグが考え出した時、黄金のドラゴンが8人を訪ねてきた。どうして人間が世界のふもとを目指すのを止めようとしているのか。8人が知りえなかったことを伝えに来たのだ。


 その理由は、魔物が生まれてしまったからというもの。8人が世界のふもとに辿り着いた後に魔物が生まれてしまったらしい。だからこそ、これ以上人間を世界樹に近づけるわけにはいかないと伝えられる。


 8人は集まり、また話し合った。メグは他種族と共に戦おうと言った。このまま戦い続けても結果は目に見えていると感じていたからだ。負けるに決まっていると。


 戦いのさなかにメグは思っていた。人間は弱すぎると。人間とともに他種族と戦っているはずなのに、実態としては魔法を使える8人と他種族の戦いになっていた。


 さらに、初めてドラゴンを見たメグは、一目で悟った。ドラゴンには勝てないと。目の前にいる黄金のドラゴンに、8人全員で挑んだとしても勝てないと。


 そして8人は人間と袂を分かち、他種族と共に人間を止める戦いを始める。裏切り者と罵られながら、メグに罪悪感などなかった。もともと人間の街での暮らしに良い思い出がなかったからだ。


 他種族は炎の魔法を使うメグを赤の賢者、水の魔法を使うリズを青の賢者と呼ぶようになった。


 力の差は歴然となり、人間は全ての戦場で敗走していく。


 人間を圧倒していったが、その戦いの中で8人は少しずつ離れ離れにされてしまった。あまりに強大な魔法の力を恐れた他種族によって、そう仕向けられたからだ。


 メグとリズは最後まで一緒だった。その頃に2人は瓜二つになっていて、どこから見ても実の姉妹にしか見えなかった。だがそれは、見た目だけの話。


 2人の間の溝は少しずつ深くなっていたのだ。メグは姉に不信感を抱くようになっていた。姉と同じ顔になったのに、それを姉が嫌がっていたからだ。本当の姉妹にはなりたくないのかと、メグは不信感を抱いていた。


 ついに2人が引き剥がされる日がやってきた。他種族に別々の戦場に向かうように要請される。それが長い別れになってしまうとメグは理解していた。理解していたが抵抗もしなかった。姉と離れたいという気持ちの方が強くなっていたからだ。


 向かった戦場で、メグは独りで立っていた。助けなどいらないと他種族に進言し、初めて炎の魔法の全力を出した。


 無数の灯籠が現れる。無限の炎が生まれる。際限のない熱気が支配する。

灯籠の炎は青く輝き、青い炎が全てを焼き尽くしていく。

青い光は、青の賢者と呼ばれるようになった姉への憧れだったのだろうか。


 人間など一瞬で消え去ってしまったが、それでもメグは魔法を止めなかった。魔力が尽きるまで炎は消さない。地面は焼け焦げるどころか溶け、大気は熱くなるどころか消え去り、誰一人として近寄ることができない。


 溶けた地面が沈んでいき、地形を深い谷へと変えていく。


「はははっははははははははあはははは」


 魔力が尽きたとき、辺りの景色は様変わりしていた。丸くクレーターのように地面は沈み、溶岩となっている地面が赤い。そこにいたはずの人間は跡形もない。


 メグは独りだった。クレーターの真ん中で独りだった。溶岩が冷え固まり誰でも歩けるようになったあとも独りだった。


 そんなメグに話しかける種族がいた。その種族はドワーフ。警戒はしている様子だったが、しっかりとメグの前に立って話しかける。


「賢者ってのはすげぇんだな。行くとこねぇんならウチに来いよ。礼くらいさせてくれ」


 メグはなにも考えていなかった。考えることすら面倒になっていた。だから断ることもせず、だまってドワーフについていく。


 それはとても短い旅だった。ドワーフの都市までの短い道中、初めは炎の魔法を警戒していたドワーフも、少しずつ警戒を解いていく。炎というのはとても便利なものだ。食事を作るために火起こしをしなければならないが、メグが一瞬で炎を作り出していた。そんなことが毎日続き、次第に打ち解けていった。


 迎え入れられたドワーフの家は、とても賑やかなところだった。子供たちがたくさんいたからだ。ちょうど子供の1人の誕生日で、テーブルいっぱいに食べ物が並べられていた。ドワーフの誕生日の祝いの言葉を聞き、その後にメグが紹介される。


 なにを言えば良いのか困ってしまったメグは、炎の魔法で小さな花火を作った。なにも持っていないメグは誕生日プレゼントの代わりになればと思ってのことだったが、想像を遥かに超えて喜ばれた。


 そしてドワーフの都市での暮らしが始まる。朝起きて鍛冶場の釜に炎を点けて回る。鍛冶師の多いドワーフにとって、とても重宝された。昼には家に帰って子供たちと遊び、夜にはまた街を一周しながら街灯を灯していく。


 ただそれだけの、ただの日常。世界のふもとへと旅したときのような興奮はなく、かといって街で疎外されていたときのような喪失感もない。

 ただ仕事をしているだけ。ただ家に帰っているだけ。ただ遊んでいるだけ。ただ寝ているだけ。


 ただそれだけのはずなのに、ただの日常がずっと永遠に続けばいいのにとメグは願っていた。


「どうして、声を掛けてくれたの?怖くなかった?」


 数年が経ったあとに、ふと気になってメグはドワーフに聞いていた。全力で炎の魔法を出し尽くすところを見て、話しかける気になった理由を知りたくなったからだ。


 ドワーフによると、放っておけなかったかららしい。独りでずっと立っていたメグの表情はひどいもので、怖いと言われれば怖かったが、それ以上に救えないかと考えてくれたそうだ。


 そんなドワーフとのただの日常。だがドワーフには寿命がある。出会ったときは子供だったはずのドワーフも、いつの間にか老人となっていたが、メグは変わらず若いままだった。若い頃の姉のリズの姿のままだった。


 メグはやがてドワーフの都市から旅立とうと決心する。ただの日常を永遠に続けるためだ。同じ場所にずっといると、どうしても同じドワーフとの日常ができてしまう。だがドワーフには寿命があり、いつか日常が終わってしまう。メグはそれを嫌い旅立った。


 ただ旅するだけ。


 そんな日常がずっと続いていく。


 ただ起きるだけ。ただ歩くだけ。ただ食べるだけ。ただ泊まるだけ。ただ出会うだけ。ただ別れるだけ。ただ座るだけ。ただ観るだけ。ただ話すだけ。ただ笑うだけ。ただ寝るだけ。


 それだけの日常を永遠に続けていく。


 ある日立ち寄った街で、姉と再会した。

それは決して偶然などではない。かといって必然というほどのものでもない。メグは永遠の命を持ち、永遠に旅を続けていた。いつか再会することは当たり前のことだった。


 再会した姉は、老婆の姿をしていた。

顔はシワだらけになっていて、青い髪は短く縮れ、腰が曲がっているからか杖をつきながら歩いている。

再会した姉は、孤児院を営んでいた。

メグとリズと同じ境遇の、両親がいないたくさんの子供たちを育てていた。

再会した姉は、魔法を使わなかった。

水の魔法の力を失ったわけではない。それでもあえて魔法は使わずに生活の全てをリズは手作業で行っていた。


 老婆の姿の姉に若かった頃の面影は全くなかったが、それでもメグは一目で姉だと見抜いた。孤児院にいると聞いたわけではなかったが、それでもメグは一目で姉だと見抜いた。水の魔法という唯一無二の力をリズは使わなかったが、それでもメグは一目で姉だと見抜いた。


 メグ自身も気づいていないことだが、姉妹とはそういうものなのだ。家族とはそういうもので、どんなに離れ離れになっても、どんなに長い時が流れても、どんなに姿が変わってしまったとしても、一目で気づけるものなのだ。


 メグはごく自然に姉と暮らすようになり、孤児院のことを手伝うようになる。姉を真似して炎の魔法は一切使わなかったが、姉を真似して老婆の姿になることはなかった。


 姉とは違う。そのことには気づいていた。姉のように孤児院の子供たちが成長し、そして死んでいってしまうことには耐えられない。子供たちに囲まれる日常が終わってしまうことに耐えられない。だからずっと暮らすのではなく、しばらくしたら旅立ち、またしばらくしたら戻ることにしたのだ。


 そのことを話すと、リズはとても喜んでいた。たまにでも会えるのであれば、それで十分だと嬉しそうだった。メグの日常に変わらないものがまた増えた。


 ただ姉と会うだけ。メグと同じように永遠の命を持つのだから、姉のリズに会うという日常が終わることはない。


 はずだった。


 黒の賢者ルイス。戦いのさなかに離れ離れになり、その後ずっと音信不通だった人が、突如として魔物を率いて世界を蹂躙し始めたのだ。


 数多くの種族が被害を受ける中、メグはドワーフの都市へと急ぐ。戦いは嫌いだった。それでも、ただドワーフの都市へ行くだけという日常を守りたかったのだ。


 その途中でリズの孤児院へ立ち寄る。姉の無事を心配してということもあったが、また2人で戦えたらと考えたからだ。リズは共に戦うことには同意しつつも、ドワーフの都市へ向かうことは拒絶した。


「メグや。わたしゃ見ての通り老いぼれだからの。ルイスの馬鹿を説得しに行くよ」


 なら若返ればいいじゃない、という心の声をメグは押し殺した。離れ離れの間に姉になにかがあったのだろうと受け入れていたからだ。そのなにかに、たとえ姉妹だとしても立ち入るべきではないと理解していたからだ。


 メグはドワーフの都市へと走り、炎の魔法を存分に解き放つ。迫りくる魔物の全てを焼き払い、都市を守り切る。全てが上手くいったわけではなかったが、それでも十分な戦果だった。変わったことと言えば、魔物の侵入を防ぐための巨大な壁ができたことと、それによって都市の一部に行けなくなったことくらいだ。


 全てを見届けて満足した。満足して姉の孤児院へと向かう。だが姉は帰っておらず、どんなに待っても帰ってこず、孤児院が潰れてしまったあとも帰ってこなかった。


 メグは姉を探す旅を始めた。それはメグの日常というわけではなかった。それでも、日常を捨ててでも姉と再会したかったのだ。


 また世界を旅していき、探すところがなくなってしまった。一からやり直そうと孤児院の跡地に戻った時、そこに姉の姿があった。


「姉さん?」


 再会した姉は、若かりし頃の姿をしていた。

顔はハリツヤの良い肌で、青い髪は長く伸ばされ風になびき、綺麗な姿勢で佇んでいる。

 再会した姉は、孤児院の跡地を静かに見つめていた。

メグとリズが生まれたときのように、独り孤独に見つめていた。

 再会した姉は、魔法を使っていた。

水の魔法で作ったであろう水の球を周囲に浮かべていたが、なんの意味があるのかメグにはわからなかった。


「姉さん。どうかしたの?」

「別に。ここにいれば会えると思っただけよ」


 メグの心の中は、姉とまた会えた喜びよりも、待っていてくれた喜びよりも、不安の方が大きかった。それだけリズの声は冷たいものだったのだ。


「また、孤児院をやるの?」


 メグの声は震えていた。その通りと答えて欲しかったが、そんな答えが返ってくるとは思えなかったからだ。そしてその予感は的中してしまう。


「いいえ。お別れを言いに来ただけよ」

「お別れ?」

「そうよ。メグ、私のことは忘れて。メグの日常だけを考えなさい。どうか、幸せに」


 そしてその場を立ち去ろうとした姉を、メグは引き留めようとする。何度も説得すると、リズは一度だけ立ち止まってくれた。


「いい忘れたことがあったわ」

「姉さん。行かないで」

「メグ。お誕生日おめでとう」


 メグは固まってしまった。固まったまま、立ち去る姉を引き止めることすらできずにいた。今日が2人の誕生日だということを忘れてしまっていたからだ。


 冷たい風が吹く満月の夜空。たった1人で歩くリズの体が冷えていく。想いの激しさは少しずつ収まり、その正体を噛み締めていた。


 ただ祝う。姉と同じ、2人同じ誕生日をただ祝うだけ。そんな日常を忘れてしまっていたのだ。


Happy birthday to you,

Happy birthday to you,

Happy birthday, dear Liz,

Happy birthday to you.


Happy birthday to you,

Happy birthday to you,

Happy birthday, dear Liz,

Happy birthday to you.


 メグは大声で姉の誕生日を祝った。脳裏に浮かぶのは、永遠に続く姉との日常。8人で過ごした世界のふもとの日常。世界がどんなに変わったとしても、変わるはずがない8人の日常。


 送りたい。もう一度、

あの日夢見た世界のふもとで。


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