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王女ファニー ~余命3年だから早く結婚して出産しろと言われる。だけど私は世界を旅したかった~

 結婚。女性の人生の中で最も幸せとされる瞬間。

しかし余命3年の王女であるファニーにとって、最も来て欲しくない瞬間だった。

世界を旅することを望んでいるファニーからすれば、むしろ人生の終わりを意味していたからだ。


 「世界のふもとに行けたらね。魔法を使えるようになるのよ」

 

 4歳のファニーが誕生日に母親から教わったこと。母親はこの後すぐに死んでしまう。

だから母と暮らした記憶は少ないが、世界のふもとの話はよく覚えていた。


 だって世界のふもとへ行って、魔法を使えるようになりたかったから。それが幼い頃のファニーの望みだった。世界を旅することに、ずっと憧れていたのだ。

 

 しっかりと準備をして、大人になったら世界を旅し、いつの日か世界のふもとへ。

弓矢の練習をし、近くの森で狩りをし、たまに魔物とも戦いながら、ファニーは旅立ちの日を心待ちにしていた。

 

 「ファニーは、20歳までしか生きられないんだ」

 

 12歳の誕生日にファニーは父親から宣告された。

国王である父親に世界のふもとへ行く夢を話した時のことだった。


 ファニーは一国の王女だった。そして王族という恵まれた身分であるからこそ、わがままを言える立場ではないと理解していた。旅立つことを許してもらえないかもしれない。そんな不安を抱えながら生きていた。


 意を決して話したとき、返ってきたのは残酷な事実。


 時間がないのだから、早く結婚して、早く子どもを産むべきだ。

父親からも周囲の人々からもそう言われて、婚約の話が知らない間に進んでいった。

もし母親が生きていればファニーの味方になってくれたかもしれないが、母親はもう他界していた。


 ファニーは従うしかなかった。

世界を旅するための準備の中で魔物と戦ったことがあり、だからこそ魔物が蔓延る世界に独りで生きられないことを理解してしまっていたからだ。


 世界を旅したとしても、世界のふもとに辿り着けるわけない。

辿り着けたとしても、魔法を使えるようになんてなれない。

ファニーは自分に言い聞かせながら王女としての人生を歩み続けていた。

 

 未来には真っ黒な壁しか見えなかった。

 

 「結婚おめでとう」

 

 17歳の誕生日が迫っていた。余命3年。

早く子供を作れというプレッシャーのなかでファニーは過ごしていた。

一度も会ったことがない隣国の王族との結婚式が、日取りまで勝手に決まってしまっていた。全てファニーのためなのだと、周囲の人間はそう言うばかりだった。


 父親は喜んでいた。誰もが祝福していた。ただそれだけだった。

誰も私のことをわかってくれない。それがファニーの心の声。


 ファニーは大きくため息をつきながら王城の中を独り歩く。その時、物音が聞こえてきた。その先にあるのは、開けてはいけないと教えられている地下の扉。


 なんだろう。特にやることのないファニーは、疑問を抱きながら地下へと向かう。地下の扉の前に立っていたのは、見知らぬ男性。


 「誰?」


 真っ黒な髪に、紫色に光る瞳。開けてはいけない地下の扉は開け放たれ、扉の先にはちょうど人が入れるくらいの空間。


 男性は、無言。なにも言わず地下から立ち去った。

失礼な人。ファニーはそんな印象を持ちながら、まるで自分の人生のように黒く空っぽな扉の先をずっと眺めていた。


 まるで棺桶のような、黒く空っぽな扉の先を見つめ続けていた。


 しばらく地下に留まったあと、ファニーは外に出た。たまたま居合わせた義兄に、どうして地下にいたのかと聞かれる。地下の扉が開いていたからとファニーが答えると、義兄は大声を出して緊急事態を宣言した。


 なんでそんなに騒ぐんだろう?ファニーはその理由をなにも知らなかった。


 なぜなら、開けてはいけないと言われただけだったからだ。

寿命が短いのだから余計なことを知る必要がないと、それ以上は聞いても教えてもらえなかった。

理由を知っていて騒いでいる兄弟姉妹の輪に、ファニーだけは入れない。


 「そうだ。先に見つけちゃおう」


 理由を聞いたって、どうせ誰も答えてくれない。そう思ったファニーは、男性を先に見つけて話を聞いてみることにした。もしかすると、ファニーの知らないことをたくさん教えてくれるかもしれないと考えたからだ。


 ファニーは狩人として優秀だった。地下の扉が開く音に、ただ一人気付いたのはそのためだ。弓矢の練習のために森で狩りをしていたからこそ、足音を聞き分けるくらいのことは容易いことだった。

騒ぎは大きくなっていたが、コッソリと独りで歩く男性は逆に見つけやすい。


 ファニーは男性を追いかけた。

あちこち探し回っている人が多い中、ファニーは男性のいるところに真っすぐ向かう。

男性は、王城の片隅で周りの様子を伺っていた。

 

 狩りをするように静かに近づき、逃げられないように捕まえる。

振りほどこうとする男性に、ファニーは飛び切りの笑顔で挨拶した。

諦めたのか、それともファニーが敵ではないと思ったのか、男性は抵抗しなくなった。


 なぜ地下の扉の先に閉じ込められていたのか、どうしてそんなことになったのか、男性は何者なのか。

男性の決意を秘めた瞳を見ながら、ファニーは矢継ぎ早に質問した。


 「俺は、かつて世界のふもとへ辿り着いたことがある。賢者だ」


 男性の名はルイス。

ファニーの耳に一番残ったのは、世界のふもとという言葉。

母親に教えてもらい、大人になったら行くはずだった場所。


 ルイスは魔法を見せた。

どこからともなく現れた鏡の盾が、ルイスの使える魔法の力。


 ルイスは全てを語った。

8人で世界のふもとへ辿り着き魔法の力を手に入れたこと。

そして8人は賢者と呼ばれるようになったこと。

賢者同士で喧嘩してしまい、ずっと地下の扉の先に封印されてしまっていたこと。


 ファニーは夢中になって話を聞いていた。

母親に教えてもらったことは本当だった。

世界のふもとに行ったことのある人が、目の前にいた。

本当にあるのかわからなかった魔法が、目の前にあった。


 「ファニーさん、見逃してくれないか?俺には叶えたい願いがある。そのために、もう一度世界のふもとに行かなきゃいけないんだ」


 胸を高鳴らせているファニーに、ルイスは静かに語りかけてきた。

もう一度、世界のふもとに。少し意味は違ったが、ファニーも同じ気持ちになっていた。


 もう一度、世界のふもとへ旅立ちたいと望んでいた。


 「いいよ。お城から出してあげる」


 ルイスは驚いていた。理由を知りたがっていた。

封印されていたのにも理由があり、だからこそ王城には敵しかいないって思っていたようだ。


 ファニーは封印の理由を知らなかった。

20歳までの命だから、結婚と出産に集中した方が良いと、それ以外のことは教えてもらえなかったからだ。


 本来であれば、父親や兄弟姉妹と相談しながら、封印の理由を聞いてから決めるべきことだとファニーは理解していた。


 でもしない。

もう一度、世界のふもとへ。そのチャンスが目の前にあるんだから。

そもそも、今まで何度も聞いたのに、教えてくれない方が悪いんだから。

ファニーがそう思ったのは無理もないことだった。


 こっそりと着替えを持って来たファニーは、ルイスに変装させた。

大騒ぎになっている王城の中を進み、だが出口まであと少しでバレてしまう。

追いかけてくる父親に、兄弟姉妹に、王城の衛兵たち。


 「みんな、ごめん。でも私、世界のふもとに行ってみたい」


 小声でつぶやきながら、ファニーは全力で走った。

狩りや魔物との戦いで体を鍛えているファニーに、父親と兄弟姉妹が追いつけるわけがなかた。

身軽な格好の2人に、鎧を着ている衛兵は追いつけなかった。


 王城を出て、城下町を出て、ひたすらに進んだ。

街道を出て、追う人が見えなくなったとき、ルイスはファニーに感謝して一人で旅立とうとした。


 ファニーはその後ろを追いかける。


 ルイスが歩く後ろを、ファニーは離れない。


 ルイスが振り返り尋ねる。城に戻らないのか、城の人が心配しているのでは、と。

ファニーは笑顔で答えた。戻りません、気にしないでください、と。

 ルイスはさらに聞く。行きたい場所でもあるのか、と。

ファニーは笑顔で答えた。世界のふもとへ、と。

 ルイスは歩きながら、世界のふもとへの旅がどういうものになるのか説明した。


 封印された原因は、世界のふもとについて揉めてしまったからなのだと。

他の賢者は、もう二度と世界のふもとに行くべきではないと考えていた。

ルイスは、もう一度世界のふもとに行きたいと考えていた。

それで対立してしまった。


 話を聞きながらファニーは、自分の人生を重ね合わせていた。

ファニーも、世界のふもとに行きたいと考えていた。

周囲は、世界のふもとに行くべきではないと考えていた。


 ルイスの話は続く。

世界のふもとに行くことを、他の賢者は力づくで止めようとするだろう。

それに抗うために、封印によって失われた力を取り戻さないといけない。


 とても危険で長い旅になる。だから帰った方が良いとルイスは説明した。 


 「それでも行きたいんです」


 話を全て聞いた後に、ファニーは答えた。

世界のふもとへ行くことは、幼い頃からの夢で、そのための準備をしてきたんだと。

20歳までしか生きられない命。あと3年の命を、世界のふもとへ行く旅に使いたいのだと。


 ルイスの表情は、余命3年のことを伝えた時にガラリと変わった。

そしてまた歩き始める。

ファニーが後ろをついていくのを、今度は止めようとしなかった。

ファニーの歩みが疲れて遅くなったとき、ルイスは立ち止まって待っていた。

いつしか2人、並んで歩くようになった。


 「ファニー様。ご無事でしたか」


 いつしか旅の友となっていた2人を追いかけてきたのは、ファニーの従者ティーブ。

開けてはいけない地下の扉から出てきたルイスがファニーを連れ去ったことになっているらしく、従者であるティーブは1人で追いかけてきたようだった。


 ティーブは、ファニーにとって従者というより友達に近い存在だ。

まず、ティーブは人間ではない。ガーダンという種族で、容姿は人とほぼ変わらないが角があるという特徴がある。そして人間とは全く異なる感性を持っている。


 人ではないからこそ、ファニーはティーブと素直に接することが出来ていたのだ。

結婚が女性の幸せだと信じきっている周囲の人間と違って、ティーブは結婚だけが幸せだとは考えていないようだった。


 従者という立場上ファニーに協力できることは少なかったが、弓矢を教えたのも、狩りに連れて行ってくれたのも、魔物と共に戦ったのもティーブだった。


 ティーブという友達がいたからこそ、ファニーは世界を旅する準備ができたのだ。


 ファニーは、ティーブにも見逃してくれないかとお願いした。連れ去られたわけではなく、自分から望んで一緒にいることを説明し、世界を旅したいのだと伝えた。


 「では、私も共に参ります」


 ティーブの返事は早く、ファニーにとって意外なものだった。国に仕える従者が、国に反抗するようなことは難しいと思っていなかったからだ。それでもファニーにとって嬉しい返事であり、断る理由もない。


 「それは、ファニーさんのガーダンなのか?」


 友達が一緒に旅してくれることを喜んでいるファニーに、ルイスはティーブを種族名で呼んだ。

まるで物扱いするような言い方にファニーは反発する。友達がひどい扱いを受けたのだから無理もないことだ。


 ルイスはとても冷静だった。冷静に、ガーダンについて話し始める。

人間が自らの欲望に逆らえないように、ガーダンは自らの従順に逆らえない。

ガーダンは主人から離れることも、逆らうことも出来ない、どんな指示にも従ってしまうのだと。


 その意味を、ファニーは理解しきれていなかった。

この時はまだ、なんだか可哀そうと思っただけだった。無茶なお願いをしてティーブが傷つくようなことがあってはいけないと考えただけだった。

ルイスは心配していたが、友達を物扱いされて気分が悪くなり、冷静に話を聞けなかったのだ。


 ファニーとルイスとティーブの旅は続き、やがて山に到着した。

落ちたら絶対に助からないほどの切り立った高い崖を迂回するように登り、山頂の村に一晩泊まることにした。


 山頂の村では、あることが話題になっていた。

開けてはいけない扉の先に封印されていた賢者が、王国の姫を連れ去り逃げてしまったという話。


 バレたりしないかとファニーは心配していたが、特に問題はなかった。

王国の姫が弓矢を持って狩りをするとは、誰も思わなかったからだ。ティーブの角はとてもよく目立ったが、ガーダンはそこまで珍しい種族というわけでもない。


 夜が訪れ、それは突如として現れた。

闇夜に潜んでいた魔物の群れ。夜襲により山頂の街の人々が逃げ惑う。

ファニーは弓矢を持ち果敢に戦ったが、隙をつかれて魔物に連れ去られてしまった。


 魔物はファニーを地面に引きずりながら、連れ去っていく。

ファニーは必死にもがき、なんとか振りほどこうとした。

持っていた矢をなんとか突き刺すが、魔物はファニーを投げ飛ばしてしまう。


 宙を舞った。

ティーブが手を上げるように叫ぶ。

その通りに伸ばしたファニーの手をティーブはしっかりと掴んだ。


 落ちたら絶対に助からない切り立った崖の上で、ファニーは宙吊りになっていた。

ティーブはファニーを引き上げようとするが、魔物との戦いのせいなのか体が思うように動かないようだ。


 「ティーブ、手を放して!」


 そんなティーブに、ファニーは思わず言ってしまった。

このまま2人落ちてしまうくらいなら、私だけ落ちたほうが良い。そう思ってのこと。


 「はい。かしこまりました」


 ファニーは宙に投げ出された。

それはあまりにあっけない出来事だった。ファニーが最後に見たのは、いつもと全く変わらないティーブの表情。


 世界のふもとへ、行きたかったな。

真っ逆さまに落ちながら、ファニーは自分でも驚くくらいに冷静だった。


 どんな指示にも従ってしまう。その本当の意味。

ティーブ自身が危険にさらされるだけではなく、主人の私にも危険がおよぶ。

つまりはこういうこと。崖の上で手を放せと言ったら、放してしまうということ。


 真っ逆さまに落ちながら、ファニーは走馬灯を見た。

幼い頃に世界のふもとを夢見ていた。子供の頃に20歳までしか生きられないと宣告された今また世界のふもとへ旅立とうとしていた。


 夢見るのは、これで終わり。世界のふもとへの旅は、これで終わり。私の人生も、これで終わり。


 「ファニー!死ぬには早いだろ!手を上げろ!!」


 ルイスが崖から飛び出して、ファニーを追いかける。追いかけてしまっている。

落ちたら絶対に助からない高さから、2人は落ちていく。

そしてルイスはファニーに追いつき、抱きしめた。

嫌がることはなかったが、ファニーは怒っていた。どうして追いかけてきてしまったのかと。


 真っ逆さまに落ちながら、ファニーは言う。

もう死ぬ覚悟はできていたのにと。余命3年で、世界のふもとに辿り着けるとは思っていなかった。途中で死んでしまう覚悟はできていたのに、どうしてこんなことをしたのかと。


 真っ逆さまに落ちながら、ルイスは言う。

ファニーはただ、生きることをあきらめているだけなんだと。それと死ぬ覚悟があるということは、まるで違うことなのだと。やりたいことをやり遂げていないのに、死ぬ覚悟なんてできるわけがないのだと。


 「だからファニーは、世界のふもとへ行くべきだ」


 ルイスは魔法で鏡の盾を出した。

鏡の盾を地面に向け、衝撃を吸収するつもりのようだ。

片腕でファニーを支えながら、しっかり掴まれとルイスが叫ぶ。


 2人は共に、真っ逆さまに落ちていく。

朝が訪れ、空が朝焼けに染まっていく。


 真っ赤な朝焼けの中を、ファニーはルイスと落ちていく。


 強い衝撃と共に着地した。

2人は地面に投げ出され、驚くことにファニーは無傷だった。

だが、そのすぐ横には血だらけで倒れているルイスの姿。


 ファニーはあわてて駆け寄った。

ルイスは大怪我はしているが、生きてはいる。

何度も謝るファニーのことを、心配するなとルイスは励ましていた。


 動けないでいる2人のところに、山から降りたティーブがやって来た。

ファニーは責める気になどなれなかった。ちゃんとルイスの話を聞かなかったのが悪いと、むしろ自分を責めていた。

ティーブに手伝ってもらい、近くの洞窟の中にルイスを運び介抱する。


 ルイスの回復は驚くほど早かった。

ほとんど死にかけという状態から、みるみる回復していく。

賢者というのは、こういうものなんだとルイスは笑っていた。


 「ルイス。本当にもう大丈夫なの?」


 一週間ほど洞窟で過ごし、出発しようとルイスは言った。

治ったと言い、一見すると怪我はもう無い。

心配するファニーだったが、普通に歩いている姿を見せられれば納得するしかなかった。


 そしてファニーは旅立った。

同じ夢を持つ賢者のルイスと、人間ではないけれど信頼できるティーブと共に。

独りでは行けなかった旅。あきらめてしまっていた旅。残り3年の人生の旅。


 行こう。もう一度、

あの日夢見た世界のふもとへ


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