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トイレが足りない!

作者: ウォーカー

 少子化。子供が生まれる人数が減っていくこと。


 少子化は様々な問題を引き起こす。

何をするにも人数は足りなくなるし、貧しくもなる。

少子化の影響は、教育現場にも及んでいた。


 都市部のよくある学校。

ここにはかつて、校舎に入りきれないほどの生徒が通っていた。

しかし、時を経るごとに生徒の数は減っていき、

今では学校として経営していくのがやっとの状態だった。

学校は教育機関、けれども営利目的であることもまた事実で、

生徒数の減少は経営状況に深刻な影響を与えていた。

かつては一クラス50人だったものが、少しずつ減っていき、

一クラス30人程になった時、学校側はクラスの併合を行った。

30人ずつの二クラスを併合し、60人程の一クラスにした。

それにより、使用する教室などの設備や担当教諭の数を削減する。

そうすれば経営の効率化にもなるので、学校の経営者は好んで推進した。

すると実際に困ることになるのは、校舎を使う生徒や先生たち。

この学校の校舎は、一クラス50人程度を前提として作られている。

それを一クラス60人で使うとなれば、教室は手狭で、設備の数も足りない。

本来は一人一つずつ与えられるべき教材を、複数人で共用させられたり、

先生の方も一度に対応する生徒の数が増えれば苦労も増える。

学校の経営のため、犠牲にされるのはいつも生徒と先生だった。


 その学校での経営効率化にも関わらず、経営状態はますます悪化していた。

そのため、学校の経営者は、

さらなる経営効率化という名の負担を生徒と先生に強要した。

水飲み場の蛇口を閉じ、使える数を制限し、水量そのものも絞った。

そのため水を飲んだり、トイレの後に手を洗ったりするために、

行列を作って、水を使うのにも時間がかかることになった。

食堂では調理器具の数を減らされ、席数も減らされることになった。

これにより生徒たちは、食堂で食事を取るためにもまた行列し、

いざ食べる番になれば人を待たせまいと早食いさせられることになった。

図書室では、図書室そのものをより狭い部屋に移動させることになり、

たくさんの蔵書が処分されることになった。

このようにして、学校は、経営効率化という目的のため、

その姿を大きく変えることになった。

何をするにも順番待ちの行列、ゆっくり教材を使わせてもらえない。

生徒と先生の不満は積もりに積もり、そして爆発した。


 「学校の横暴を許すな!」「我々は物じゃない!」

そんなスローガンの下、その学校の生徒と先生は立ち上がった。

怒れる生徒と先生を率いたのは、生徒会長を務める男子生徒。

生徒会長は生真面目な性格で、社会を重んじる生徒だったので、

学校の経営効率化反対運動のリーダーに適任だろうとして指名され、

本人も拒否することもなく引き受けた。

ただし、生徒会長は社会を重んじる性格ということで、回答はこうだった。

「もちろん、僕も学校のむやみな効率化には反対だ。

 でも、少子化で学校が苦しいのも理解している。

 だから、なるべくみんなが負担を分かち合うことを選ぼうと思ってる。

 なにしろ、学校自体が無くなってしまえば、反対運動も意味がないからね。」

生徒会長の言うことは、こうだ。

学校の経営効率化には反対。

しかし学校を最低限維持するための効率化には協力する。

確かにそれは理にかなっているとして、生徒と先生たちは納得した。

こうして、生徒会長の男子生徒が率いる、学校の経営効率化反対運動が始まった。


 学校の経営効率化反対運動。

その第一歩として、生徒会長は、教室の拡充を要求した。

30人二クラスを60人一クラスにしたのでは手狭すぎる。

だから教室の大きさそのものを大きくすることを提案した。

多少の改築が必要になるが、先生の数は増やさずに済むので、

学校側は生徒会長の要求を受け入れ、教室の大きさを大きくした。

とは言っても、古くなった壁を取り除いて二部屋を一部屋にしただけなので、

費用も少なくて済み、学校側も生徒側も満足できる結果が得られた。

ただし一部の生徒たちからは、後方から黒板が遠すぎるという意見もあった。


 次に、学校の食堂が手狭にされた問題について、

生徒会長は、学校食堂のメニューの改変を提案した。

具体的には、食べ終わるのに短時間で済む麺類を増やしたり、

持ち運んで好きな場所で食べられるおにぎりやサンドイッチ類の提供。

これにより、食堂は狭いままでも、食堂の席を使う人を減らすことができる。

この解法もまた、特別な出費をせずに効果が期待できるとして、

学校側からも了承が得られた。

一部の生徒たちからは学校食堂のメニューが偏るのではと心配する声はあった。


 学校の経営効率化の影響はまだまだ残っている。

生徒会長が次に手を加えたのは、図書室の縮小についてだった。

処分されることになった蔵書について、一部の貸出期限を長く設定した。

するとその本を借りた生徒は家でゆっくり読むことができ、

貸し出している間、図書室には空きスペースができることにもなる。

そのようにして、本の数を減らさず、

図書室の蔵書をできるだけ多く維持できるようにした。

だがこれもまた、次に借りる人の待ち時間が長くなると懸念の声があった。


 そうして生徒会長が最後に手を付けたのは、水回りについて。

水飲み場の蛇口もだが、この学校は、

経営効率化の名目でトイレも減らされている。

まずはそれを改良しなければならない。

とは言え、数を増やせというのは無理な話、と生徒会長は考えた。

だから生徒会長は、次のような方法を取り入れることを考えた。

水飲み場の蛇口について、混雑時は基本的に少しずつ出しっぱなしにする。

そうすれば使う人が短時間でグルグルと交代していくことで、

待ち時間を減らすことを期待することができる。

また、トイレについては、一人が一度に使う時間を制限し、

長くかかる人には一旦個室を出てもらい、再度並んでもらう。

こうすることでトイレの個室の待ち時間を減らすことが見込まれた。

これらによって、蛇口やトイレの個室を減らしたまま、

使う人の不便を減らせると考えた。

だがしかし、そもそもトイレの使用を分けるなんてできるのか、

誰しもが持つ大きな疑問が残った。


 このように、生徒会長は、

学校の設備削減になるべく手を加えることなく、

生徒と先生が使い方を変えることで現状を維持する方法を選んだ。

学校の経営効率化反対運動に加わった生徒の中には、

より過激な解決法を望む声も少なくなかったが、

学校という場自体を守ることを重んじる生徒会長に押し留められた。

そうして数週間が経過して、

学校側と生徒側による学校経営効率化の結果が現れ始めてきた。


 一クラス60人を丸々収容できる大きな教室は、

おおよそ無事に取り入れられた。

後ろの席から黒板までが遠すぎるという意見には、

希望者には席替えを行うことで対応することができた。

次に学校食堂のメニュー改変についても、それ自体は問題なく受け入れられた。

生徒と先生たちは一部座席のない場所で立ち食い蕎麦のように食事をし、

学校食堂は席数を増やすことなく、生徒と先生の食事を用意することができた。

ただし、授業中は座っている生徒はいいのだが、

授業中に立っている先生からは食事中くらいは座りたいと苦言があった。

しかし生徒会長から、健康のためにも立っているのは悪いことではないと、

たしなめられてしまうことになった。

問題を解決できたように見えて、不満は少しずつ解消されず積もりゆく。

何故なら、学校経営効率化反対運動を指揮する生徒会長自身が、

学校経営効率化について融和的だったから。

生徒会長は社会を重んじる性格で、個人に負担を求める性格だったから。

だから、不満が溢れ出るのは自然なことだった。


 その学校のトイレには今、こんな標語が貼られている。

「トイレの中の1分は、外の10分と同じ。」

これは、生徒会長が作って掲示したもので、意味としては、

トイレの中でゆっくりする時間は、待っている人には10倍に感じられる。

だからトイレは素早く行って次の人に譲るべし、ということ。

こんな標語が貼ってあるものだから、トイレもゆっくりすることができない。

生徒は一分一秒を争うようにトイレを済ますことを強要された。

数字を競う行為はエスカレートしていくのが常。

生徒たちはトイレの時間短縮をまるで競争するように激化させていった。

今ではもう、トイレの個室で1分も入っていればノックの嵐に曝される。

「ドンドンドン!早く出てくれ!」

「そう急かさないでくれよ!こっちはまだ、しゃがんだばっかりだよ!」

しかしこの場合、生徒会長は、待たせた側に責任があると考えた。

トイレでの衣服の着脱などについて、トイレの個室に入る前に準備しておけば、

個室を使用する時間を短縮できたと考えたから。

そうして少なくとも男子生徒たちは、トイレの個室に入る前、

長い行列で待たされている間に、ベルトを外しておくことまで要求された。

そうして行列を待った後に個室に入れても、

1分も入っていたら次の人に譲らされることになる。

もしもトイレの途中であれば、また行列に並んで次を待たねばならない。

いくらトイレ待ちの行列の回転がいいとは言っても、

トイレを途中で止めておくなど、気分の悪いことこの上ない。

「トイレの中の1分は、外の10分と同じ。」

生徒会長の標語が重くのしかかる。

そんな中、個室の一つで何やら押し問答をしていた。

生徒会長が苛立たしそうにノックする。

「おい!君はもう10分も個室に入りっぱなしだぞ!

 あそこに貼ってある標語が見えないのか?

 君が個室でのんびり10分も過ごす時間は、

 外でトイレを待っている人には100分にも感じられるってことだぞ!」

「そんなこと言ったってしようがないだろう!

 今日は腹の具合が良くないんだ!」

「だったら学校を休めばいいだろう!」

生徒会長のその言葉が、生徒たちの心に火をつけた。

周囲の生徒たちが言う。

「おい、生徒会長。それは言いすぎじゃないのか。」

「生徒は学校を維持するためにいるわけじゃないぞ。」

「俺たちはお前に学校の経営効率化反対運動を指揮して欲しかったのに、

 これじゃ逆に生徒会長が経営効率化を推進してるようなものじゃないか。」

思わぬ旗色の変化に、生徒会長は慌てた。

「な、何を言ってるんだ?

 限られた設備をみんなで分かち合うのは、当然のことだろう?

 それとも他に、何かいい方法でもあるのか?」

すると、カチャンと音がして、件の個室の扉が開けられた。

中から出てきたのは、鬼の形相の生徒。

その生徒は鬼の形相を崩さず、拳を振り上げると、生徒会長に殴りかかった。

張り倒された生徒会長はびっくり仰天。生徒は言った。

「俺の1分は俺の1分だ!トイレが足りないのを、使う者のせいにするな!」


 こうして、学校の経営効率化反対運動は崩壊した。

リーダーだった生徒会長はむしろ学校側の手先としてその座を追われた。

生徒たちは学校の指示に従わず、使用禁止の掲示を破って施設を使い始めた。

トイレも蛇口も故障していたわけではない。使えばちゃんと機能した。

図書室も生徒が座る座席がなければ廊下で座って本を読み漁った。

そうして設備のほとんどは元通りに戻された。

ただ、経営効率化に賛成していた学校側の人間と生徒会長だけは、

経営効率化のためとして、窮屈な生活を強いられることになった。

今日もトイレも満足に使えない生徒会長の辛い生活は続く。

新たな標語の下で。

「あなたの1分も、わたしの1分も、同じ1分。

 足りないものはどう使おうが足りない。

 足りなければ増やしましょう。」



終わり。


 トイレが足りないというのは、どこでも経験しうることだと思います。

学校、イベント会場、駅、などなど。


設備の管理者側は費用削減のために不便を押し付け、

使う側はいつも苦しい立場にあります。

解決するにはどのようにしたらいいのでしょうか。

わたしには、トイレが足りない解法は、

トイレを増やすしかないのではないかと思います。


トイレにかかる費用が少なくないことも理解できますが、

設備を使う人の分のトイレを用意するのは、設備側の責任だと思います。

そうしなければ、経営効率化の名の下、トイレは減らされ続けるでしょうから。

一人に一つ、トイレを!


お読み頂きありがとうございました。


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