新たな施策を打ち出す
「宰相よ、昨日の御前会議をどう見る。」
自身初の重臣会議を乗り切ったルシアンは、執務室に下がり、宰相と休憩がてら雑談している。
話題は会議における四公爵家の立場である。
彼の即位に貢献したモーガン・アーヴィング、デズモンド・マーティンの二人と、中立派と目されるスチュアート・シンクレア、野心家のロナルド・グレッグそれぞれの立ち位置や心境の変化を把握することは、今後の政治運営にとって最も重要なことである。
「はい。四公爵家のうち、アーヴィング家とマーティン家はこちら側で揺るぎないかと。」
「まあ、元々余の後ろ盾となってくれていた家だからな。それなら良い。」
「後のグレッグ家とシンクレア家はまだこちらに靡いたとは言えませんな。」
「グレッグは弟の後ろ盾だからな。きっと今でも・・・」
「シンクレアは批判寄りの中立と言ったところでしょうか。」
「彼奴はいつもハッキリせんからな。信念があるというより、保身以外は何も考えていないといった御仁だ。放っておいても害は少ないし、目に掛ける甲斐もない御仁だ。」
「そうでございますな。不肖、それがしも同じ見立てでございます。」
「では、四公爵については、グレッグの動向を注視するということで宮中伯に見張らせよ。」
「畏まりました。」
そして後日・・・
「それで陛下、それは何でしょうか。」
「これか?ああ、これは新たな施策案だ。」
「ほう、矢継ぎ早ですな。」
「やりたいことはたくさんある。むしろ、一番嫌な事を最初にやったのだ。」
「なるほど。それで今度は何を。」
「策はいくつかあるが、まずは農業改革だ。」
「何と、いきなり我が国最大の産業にメスを入れますか。」
「ああ。我が国の主力産業であり、かつ、人口の大半が従事している分野に切り込む。」
「具体的にはどのような内容でございますか?」
「まず、現在の地主と小作の関係を抜本的に変える。搾取する側とされる側という構造を根本から変え、地主と従事者という関係に変える。簡単に言えば大きな商会のように、小作人を雇用するのだ。」
「それは今までと何が異なるのですか?」
「今は、地主が小作から絞りたいだけ取っているが、それでは民の大半は豊かになることができん。これを地主が雇用する従業員として位置付け、国が指定した最低賃金を払うように命じるのだ。その代わり、真面目に働かない従業員を解雇できる権限を地主に与える。」
「まるで都の商人ですな。」
「そう。そして次に地主に対する技術指導を行う。もちろん、まずは高い農業技術を持つ者のリストアップが必要だが、学者などから選べば可能では無いかと考えている。」
「何故、そのような事を行うのでしょう。」
「最新の技術、効率的な経営を取り入れれば、自ずと収益も上がるだろう。意欲のある地主はさらに豊かさを手に入れることができるようになる。地主は世襲だが、それに甘んじて進歩しないようでは国の発展は見込めない。無能な地主が淘汰される仕組みを入れるのだ。」
「なるほど、豊かになれば隣の地主の土地を買収するような者も出てくるかの知れませんな。」
「そうやって農業を発展させる。そして効率的な農業を行うことで発生する余剰、人口が増えることで生まれる新たな労働力の受け皿として、建設を始めとする公共事業を行う。」
「なるほど。あぶれる者の救済措置ですな。」
「具体には街道整備と灌漑、治水だが、最も急ぐのは、西の国境、つまりベレル川の堤防建設だ。」
「ほう、意外ですね。」
「これは堤防を防塁と見立てた国防策でもある。」
「なるほど。騎馬民族に対する防御施設にもなり得ますな。」
「そういうことだ。橋についても、有事の際にはいつでも落とせるような構造に変更する。そうすれば今よりは西の脅威が減る。」
「名案でございますな。」
「とにかく、民も国も両方豊かにする。これが長期的な目標だ。」
「大陸統一でもなさいますかな?」
「そんなことはせんよ。余のすべきは、次の500年の礎を築くことだ。次の王が戦争したいなら止めはせぬが、余はしない。」
「さすがは幼き時分から、名君の器と言われただけのことはございますな。」
「別に世辞はいらぬぞ。ただ、大学を目指して勉学に励んではいたからな。父があまりに突然崩御されたので、通うことは叶わなかったが。」
「ええ、大変残念なことでございました。」
「お陰で、大した準備もできないまま、婚約破棄をする羽目になった。」
「しかし、何故あのタイミングだったのです?」
「父がいれば、聖女との婚約破棄などできなかっただろうし、即位後も、王の地位を確固とするため、早期の婚姻と世継ぎを求められただろう。問題を長引かせても良い事など何も無い。だから最初のチャンスで決めたまでのことよ。」
「そうでございますか。しかし、日に日に民の不満と動揺は高まって来ます。ご注意を。」
「そうだな。だからこそ、良い政策を次々に打ち出す必要がある。」
「確かに、そのとおりにございます。」
「後は貴族、いや、弟の一派だな。」
「ジュリアン殿下とリデリア殿下ですな。」
「妹はまだ子供だぞ。」
「確かに、リデリア殿下自体は無害でございましょうが。」
「取り巻きか。」
「はい。少ないながらそういった者もおります。これをジュリアン殿下側が取り込むと少々厄介なことに・・・」
「ならば、妹の許嫁も早めに見繕うように。」
「御意。」