ロナスとの交渉
ヴォルクウェイン軍がダンテ砦に集結して数日、ロナス軍に動きは無かったが、冬の足音が大きく聞こえるようになった11月10日、ロナス王国外務卿ニコライ・スンドバリが使者としてやってきた。
応対すべき適当な者がここにはいないので、国王自ら、辺境伯の城で会談することとなった。
「この度はお目通りが叶い、恐悦至極に存じます。ロナス王国外務卿、ニコライ・スンドバリと申す者。以後、お見知りおき願いたい。」
「余はヴォルクウェイン国王、ジュスタール・オリオール。そしてこちらが妻のエリー・オリオールだ。隣国とは言え、初めて会うな。」
「ご無沙汰しており、重ね重ね恐縮でございますな。」
「それで、ご来訪のご用件とは如何に。」
「まずは、国王陛下におかれましては、レジアスを討ち滅ぼし、五百年の歴史を誇るレヴフォートと占領なされたとのこと。長年、レジアスと相まみえた者として、お喜び申し上げる。」
「いやまあ、我々としてはレジアスに遺恨などなく、ただ時流に乗っただけのこと。しかし、祝福していただいたこと、ありがたくお受け取りしよう。」
「それで、この広大な国土をどうなされるおつもりで。」
「貴殿のご懸念のとおり、ここにはヴォルクウェインの10倍を超える民が暮らす土地。ヴォルクウェイン人が力によって征服し、抑圧しても平和な統治は叶いますまい。よって、基本的なことはレジアス人に任せ。余はその上に君臨する体制を考えておる。」
「それはいささか弱い統治手法と言わざるを得ませんな。」
「もちろん、実際にやってみて出てきた問題点については、都度修正しながら最適解を求めていく。」
「さて、それでは。ここに我が王からのご提案これ有り。」
ニコライはロナス国王の書簡をジュスタールに手渡す。
「ほう、どんなものでございましょうか。」
「このレジアスはヴォルクウェインの手に余る大国。なれば、東西二つに分け、西半分を我がロナスが委任統治することを骨子としたご提案にございます。」
「ほう。ロナス王国なら統治できると。」
「はい。レジアス無き現在、この大陸に覇を唱える国家はロナスをおいてほかにはございません。そして、貴国とはさらに関係を深め、互いに国を繁栄に導くことこそ、この地域の安定に最も寄与する妙案と存じます。」
「しかし、懸念は三つある。まずレジアス人のロナス人に対する長年の遺恨、これはどう処理なされるおつもりか?」
「王に対する不敬同様、押さえつければ良いだけのこと。聞けば今のレジアス人は乞食同然の様子。食事を与えれば簡単に靡きますし、その上で反抗するような恩知らずには容赦する必要はないかと。」
「次に、西半分なら、ロナスではなく、ジッダルが統治するという選択肢もあるのでは?」
「レジアス人にとっては、地理的な距離の近さ以外、メリットなどありますまい。問題にはなり申さぬ。」
「では三つ目。聖女無きレジアスの地は、かつてのような穀倉地帯に二度と再び戻ることはありませんが、それでも欲しいですかな?」
「それは、どういう・・・」
「では、かいつまんでご説明しよう。聖女レイア・ハースティング嬢が国外追放処分を受けた件は?」
「存じております。」
「そして、新たにヴォルクウェインに降り立った聖女は、その国の王と新たな契りを結び、彼の地を瞬く間に豊穣の地に変えた。我が国の国境地帯で昨年、雨が増え、その後、我が国との国境確定作業を行ったことも、外務卿ならご承知かと。」
「もちろんでございます。まさか・・・」
「そして、その聖女は現在、このレジアス復興に邁進しておってな。しかし、ヴォルクウェインの聖女がレジアスを元に戻すには、ここがヴォルクウェイン王国の一部となる必要があった言えば?」
「信じられません・・・」
「信じなくても良い。ただ、ここからレヴフォートまで視察してみるがいい、効果は覿面だ。」
「ならば、改めてロナスの聖女になっていただけば良いだけのこと。」
「残念ながら、聖女の加護は聖女と王、つまり太陽神と豊穣神双方の力で奇跡を起こすことで得られるものだ。これは聖女と王との相性と信頼感、そして王の信心が大きく影響している。だから恐らく、ロナスの王では奇跡を起こすことはできまい。」
「そんな。そのようなこと・・・」
もちろん、そんなことはジュスタールのハッタリである。
だが、ニコライにはそれを確かめる術がない。
「つまりだ。西半分だろうが何だろうが、ロナス王国領になった途端、元の荒れ地に逆戻りだ。余は仕事が減るし、西半分ならジッダルと直接国境を接しないので別に構わんが、どうだ?」
「それでは確かに意味はございませんが、それを俄に信じろとは。」
「確かに、貴国と我が国にはそれほどの信頼関係は構築されていないな。同様に、ロナスを取り巻く他の国とも。」
「それはどういう意味ですかな?」
「貴国の東部国境地帯は今、どうなっていますかな。」
すでに各国軍はロナス国境地帯に集まり始めていることだろう。
「それで、今回の不始末、どう処理されるおつもりか?」
「は、謀られたのか・・・」
「さて、何のことやら。」
それ以上、言葉が無いまま、外相が席を立つ形で会談は終了した。
そして後日、ロナスとヴォルクウェイン両国間の和平協定が締結され、ロナス軍は撤退していった。
もちろん、これが恒久的な平和に結びつくと考えるのはいささか楽観的に過ぎるが、ロナスを取り囲む多国間同盟の存在もある。
当面の危機は去ったと考えてもいいだろう。




