併合宣言
最早、誰も聖女を疑う者などいない。
懐疑的だったグレッグ公爵ですらだ。
リンドの奇跡の再現を受け、チェスター伯爵領のヴォルクウェインへの併合が正式に決まり、さらにレジアス全土の併合も決まった。
そして、ダレン教会において調印式と併合宣言が執り行われる。
ジュタール、ジェラードの両国王が祭壇前に立ち、今正に調印が行われるところだ。
「では、私から。」
そう言って、ジェラードがサインし、次いでジュスタールが署名する。
そして二人は壇上に立ち、教会内に集まった両国政府首脳らを前に宣言する。
「ただ今、ヴォルクウェイン王国へのレジアス王国領土の編入に調印し、正式にこの地はヴォルクウェイン王国となった。これにより、レジアス王家は解体され、名実ともに、聖女の国はヴォルクウェインとなる。最後の国王としては、力及ばず悔やむ気持ちはあるが、これから国土の再建に向け、各々の持てる力を尽くして欲しい。最後に、これまで王家を支えてくれた全てのレジアス国民と、これを救ってくれた全てのヴォルクウェイン国民に感謝する。」
湧き起こる拍手を制止して、ジェラードは静かに祭壇を降りる。
「先ほど、ジェラード陛下が申されたとおり、再びこの地に太陽と豊穣の神の祝福を与えるため、両国の併合について合意したことを宣言する。これからも、しばらくは苦難の道のりが続くだろうが、希望を捨てることなく互いに力を合わせ、必ず幸せを掴もう。私も皆のために全力を尽くすので是非、力を貸して欲しい。」
「ジュスタール国王陛下万歳!」
「ヴォルクウェイン王国の未来に幸あれ!」
教会内に大きな拍手が沸き起こり、調印式は成功のうちに終了する。
そして翌日、早速王都レヴフォートに向かうことになる。
レジアス全土の併合は完了しているので、このままでも天候は回復するかも知れないが、治安の回復と新統治者の周知は最低限、行う必要があるとの判断だ。
国軍のバーケット将軍を先頭にマンスール前騎士団長が後方を守る形で、長い隊列が続く。
「ヴォルクウェインの国旗を持ってくればよかったですね。」
「まあ、ここの民にはレジアスの旗の方が馴染みがあっていいんじゃない?それに、そんなにたくさんの国旗、持ってないからね。」
「そうでした。でも、これから作らないといけませんね。」
「国土は単純に倍、人口はきっと10倍にはなっただろうからね。」
彼らの乗る馬車には、ジェラード大公も同乗している。
「しかし、他に方法が無かったとは言え、殿下には申し訳ないことをしてしまった。」
「いいえ。全ては兄が行ったことに端を発したもの。それを残った者が負うのは当然のこと。私は、命があっただけでありがたいと思っていますよ。」
「しかし、レイアを奪還しようとは思わなかったのですか?」
「お二人がご結婚されていると知る前は、我が妻にと考えておりましたし、クーデター時には奪還も試みました。しかし今では、そんなことをしなくて良かったと思います。やはり、レイア様の隣はあなたが相応しい。」
「ありがとうございます。私も彼女に比べればいたって不出来な男ですが。」
「そんなことはありません。先日の奇跡は、きっと私では起こせないものです。二人の神がいてこその恵みですから。」
「そう言っていただけるとありがたい。」
「問題を残したまま、陛下に後を託すことになりますが、よろしくお願いします。」
「大公殿下にも、これから西部ローウェン地方の統治をお任せしますよ。」
「はい。ジッダルも今は我が国同様、国力が著しく低下しているようですが、程なくして勢いを取り戻すでしょう。せっかく救っていただいたのですから、今度は私の手で、ベレル川以東の地は守ります。誰にも奪わせたりはしません。」
「それと、ロナスが動き始めておりますが。」
「彼らのことです。きっと攻めて来ます。いや、すでに衝突しているかも知れません。既にバーケット将軍から各地の将軍に北部救援を命じております。」
「しかしこの時期に厄介な敵です。」
「でも、レジアスの民は負けません。強いのですよ。」
「もちろん、勝利を確信しておりますよ。」
そうして一行はレヴフォートに入り、セントラルワース大聖堂を目指す。
「しかし、随分激しかったのですね。」
「お恥ずかしながら、これが王家の失政と聖女を失った国の姿です。」
「大聖堂も焼け落ちてしまっています。」
「守り抜くことができず、申し訳ありません。」
聖堂前でファルマン司教の出迎えを受ける。
「レイア様、お元気そうで何よりでございます。」
「枢機卿様、よくぞご無事で。」
「もう枢機卿ではございませんぞ。レイア様。」
「いいえ。私にとってはファルマン様こそ枢機卿様です。」
「頑固なところは相変わらずですな。このような状態で、何もお迎えする準備などできていないのですが、とにかく中にお入り下さい。」
彼女はファルマンに伴われて聖堂内に入る。
「では皆の者は、祭礼の準備を始めよ。すぐに行うので、近隣の民も集めよ!」
「しかし、ここにいた時よりお元気そうで。」
「決して、怠けていた訳ではありませんの。」
「存じております。レイア様に限って、怠けるなどということは考えられません。」
「ヴァージル様が枢機卿になったと伺いましたが。」
「ここが焼き討ちに遭った際に、他の枢機卿とともに、命を落とされました。」
「大変な事になりました。」
「ええ。ここはカーディン様とリンド様が初めて奇跡を起こしたとされる伝説の地、このように汚してしまい、慚愧の念に堪えませんが、聖女様は戻ってきてくれました。もう大丈夫と安堵しております。」
「レジアスの聖女では無くなってしまいましたが。」
「どこの聖女かは関係ございません。神の恵みを民に届ける。これがあなたの役目なのですよ。」
ファルマンは優しくレイアを抱きしめる。
「よく頑張りました。私に力が無かったために、余計に苦労をかけてしまいました。」
「いいえ。今の私があるのは、全てファルマン様のお陰です。」
「ささ、祈りまでしばし、ごゆっくりおくつろぎ下さい。」
そうしているうちに、大聖堂前に即席の祭壇が設営される。
全てを略奪された総本山に十分な資材は残ってはいないので、これが今できる精一杯だ。
そして二人は祈り、ダレンの奇跡は再来する。
光が天を目指して舞い上がると同時に、ファルマンらが大聖堂の鐘を鳴らす。
レヴフォートの市民は聖女の帰還と、目の前の奇跡に歓喜する。
「これがリンド様、いや、レイア様の奇跡か・・・」
そして、先日と同様、雲が湧き起こり、待望の雨が降り注ぐ。
「まさかこれを、本当に見ることが叶うなんて・・・」
ファルマンは呆然としながら、小さく鎮まりゆく光をただ見つめていた。
この雨は翌日も続き、道路にこびりついた血も、町に漂っていた焼け焦げた臭いも全て洗い流していった。




