ダレンの奇跡
船は一週間ほどでダレンに到着する。
すでに先行する船から下船したヴォルクウェイン兵が護衛する中、二人は港に降り立つ。 向こうには、国王ジェラードやグレッグ公爵らが居並ぶ。
「ジュスタール陛下、レイア王妃殿下、よくぞお越しになられました。ご来訪、歓迎いたします。」
「陛下自らの出迎え、感謝します。」
「レイア妃殿下も、お変わりないようで何よりです。」
「ご迷惑をお掛けしましたが、夫や皆さんのお陰で、恙なく過ごすことが出来ました。また、この地を訪れることができて嬉しく思います。」
「では、長旅お疲れのことでしょう。このような状況で、大した歓待はできませんが、伯爵邸にご案内いたします。」
チェスター伯爵の先導で、港にほど近い伯爵邸に入る。
摂政から、レジアスの逼迫した状況は聞いていたが、ここダレンに限っては人々も落ち着き、騒乱の気配はない。
伯爵邸も、交易で栄えたダレンの領主らしく、一つ格上の大貴族を思わせる白亜の大変立派なものである。
「では、聖女様の祈りに先駆けて、種々の決め事などを協議いたしましょう。」
「そうですな。事は急を要する。」
「まず、このチェスター伯爵領のヴォルクウェイン王国への併合宣言を行った後、豊穣の祈りを捧げるという段取りでよろしいのですな。」
「構わない。その後、経過観察を行うとともに民を慰撫し、この地が以前の姿に戻ったと確認できれば、同様のことをレヴフォートのセントラルワース大聖堂で執り行っていただきたい。」
「もし、効果が現れない場合は、伯爵領はお返しし、我らは帰国いたします。」
「それで構わない。夫妻の安全はこのジェラードが約束する。」
「ありがとうございます。」
「とは言っても、信用してはもらえないのだろうが。」
「そのようなことはございません。信じております。」
「しかし、王妃殿下もお変わりになられましたね。以前お会いした時より、自信に満ちあふれているように思える。」
「ありがとうございます。多くの方に支えられ、試練を乗り越えてまいりました。」
「それと、前国王の振る舞いについては、正式に謝罪する。本当に申し訳なかった。これから民に知らせる中で、聖女の名誉回復も行っていくつもりだ。」
「それは是非ともお願いしたい。」
「それと、ルシアン前国王陛下におかれましては、何と言ってよいものか。」
「ご心労をお掛けしました。兄は最後まで信念を貫き、堂々としておりましたぞ。」
「そうですか。いつも民を思い、強いお方でしたものね。」
「はい。その民に何もできなかったことを、ただただ悔やんでおりましたが、彼なりに全力で王の務めを全うしようと運命に抗ったことは間違いございません。」
「そうですね。ルシアン様なら、きっと。」
「まあ、聖女様の加護については、最後まで全く疑ってなかったようでしたが。」
「それは、私の力不足でもございますので。」
「それでは、お疲れでしょうからごゆっくりお休み下さい。そして明日はよろしくお願いします。」
「はい。全力を尽くします。」
次の日、町の中心にある教会前広場に祭壇が設けられ、両国軍の厳重な警備の中、祭祀が執り行われる。
大きな賭けであるが、多くの市民にも見せようということでこの場所が選ばれ、レジアス側の宣伝により、多くの市民がつめかけている。
そして、目の前のダレン教会で支度を済ませた二人は、教会から祭壇に向けて歩み出す。
「大丈夫?緊張してない?」
「とても緊張して、胸が張り裂けそうですが大丈夫です。一応、慣れておりますので。」
「やはり、私の妻は最高だね。」
「カーディン様とリンド様もこのような会話をしていたのでしょうか。」
「間違い無い。違いは見物客の有無だけだと思うよ。」
二人は祭壇の前に跪き、あの日と同じ祈りを捧げる。
そして、二人は顔を見合わせ、少し微笑んだ後、両の手を繋ぎ、高く掲げる。
「新たにヴォルクウェインとなった、このダレンの地に神の光と女神の豊穣を。」
その瞬間、繋いだ二人の手が目映く光り始め、あの日と同じ光景が再現される。
目映い光は祭壇全体を包み込むように明るく広がっていき、明度ををさらに上げて白い光に変化していく。同時に、光の粒が吸い込まれるように空高く舞い上がる。
それを見た全ての人たちから驚きとどよめきの声が上がる。
そして、空はたちまち雲に覆われ、雨粒が降ってくる。この季節ではあり得ない、夏のスコールを思わせる強い雨だ。
人々は、濡れるのも厭わず天からの恵みに歓喜し、警備の兵達に構わず抱きついて喜びを表している。
「上手くいったね。」
「びしょびしょになってしまいましたが。」
「これは良いびしょびしょだ。」
「まあ、陛下ったら・・・」
「寒くないかい?」
「とても暖かみのある雨ですね。」
「季節外れでもあるが・・・」
歓喜の輪を賞賛の声はいつまでも続いた。
しばらくして雨が上がると、太陽を囲むような虹が現れ、さらに人々を驚かせた。
これを後に人は「ダレンの奇跡」と呼ぶことになる。




