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アーノルド・チェスター

 ファンバステンは10月14日、ダレン港に降り立つ。


 既に外交担当らがジェラード側と事前交渉を行っているが、やはり難航している。

 元々、常識的にあり得ない話だし、相手が聖女の力を疑問視しているのだ。むしろ上手く行かないのが当たり前である。


「摂政様、事務方の協議が長引いておりまして、大変申し訳ございません。」

「構わぬ。どうせ最初から整う望みは薄いのだ。明日の非公式協議には私も出よう。」

「よろしいのですか?」

「本来、トップは全ての段取りが済むまで出るべきではないが、そんなことに拘っていては助かるものも助からん。」

「相手はフィッシャー外相でございます。」

「うむ。心してかかろう。準備するものもあるからな。」


 翌日、チェスター伯爵が所有する別宅にて交渉が行われる。


「久しぶりでございますな。外務卿殿。」

「こちらこそ、遠路お越し下さり嬉しゅう存じますぞ。摂政殿。」

「それで、我が国からの提案については、既にご存じのことと思いますが。」

「とても信じられない提案でございます。誇り高い我が国が他国の風下に立つなど。」

「しかし、貴国を救う手立ては他にございません。」

「聖女様をお返しいただければ、全て解決するのです。」

「それができないことは、ご理解いただけているものと考えておりますが、違いますかな?」

「しかし、我が国が無くなってしまうなど・・・」


「よくお考えなされ。まず、現状のままでは王都レヴフォートを中心とする国土の大半は荒地化し、人が住むに適さない土地となりまする。今の国民のほとんどは餓死することになります。」

「天候はいずれ回復するはず。」

「ならば聖女は必要ございませんな。次に、国力の低下はロナスの介入を呼び込むのではありませんか。いつ回復する分からない天候を待ちますかな?」


「昨年も冬は少し降雨があった。」

「作物を作れない時期の降雨は、あまり意味をなさないかと。次に、セントラルワース大聖堂は焼け落ち、すでに聖教の影響力は無きに等しい状態とのこと。聖女の受け皿がこの国にはございません。つまり、聖女様が居ても活かせないのが現在の貴国の状況です。しかし、依然として聖女信仰は根強く残っていることでしょう。人心の安定と治安の回復には、聖女様の力が必要なのでは?」


「それは、確かにそうだが、併合を受け入れるほどのものでは無い。我々は先王を退位させ、処刑したが、それによる新王への支持と治安向上の効果はごく一時的あった。やはり、まやかしでは無く、実際に目に見える違いを感じないと、民は安心しない。」


「ここにお持ちしたのは、ここ最近我が国で収穫された作物でございます。どうですかな。これが聖女の力でございます。我が国はこれまでにない豊作に沸き、船にも大量の食料が積まれている。卿も実際に見て知っておられよう。」

「しかし、それでも首を縦には振れぬ。」

「それは、陛下や宰相閣下も同様のお考えか。」

「まだ、決心はついておりません。」

「ならば、我々は交渉を打ち切り、帰るほかございません。」

「もう少し、お待ちいただく訳にはいかないでしょうか。」

「来れば断り、帰ろうとすれば引き留める。果たして、卿の本心や如何に。」

「難しいのだ。こちらの事情も参酌されたい。」


「では、次にお会いする時まで、ご健勝であることをお祈りしております。」

 もちろん、ファンバステンも外相に期待していた訳では無い。

 交渉の終了を宣言すると、その足でチェスター伯爵の本邸に向かう。

 今や、レジアスで一、二を争う実力者である。


「これは摂政様、このような所に、よくぞお出で下さいました。」

「帰国前に、これまでの御礼かたがたご挨拶に来たまでのこと。あまり堅苦しくなさらぬよう、お願いしたい。」

「ありがとうございます。それで、それがしはあまり詳しく交渉内容を存じていないのですが、どのような内容なのでございましょう。」

「外交交渉ゆえ、詳しい話は差し控えさせていただくが、天候回復を祈願するために、聖女様をここダレンに派遣することを骨子としております。」

「何と。しかし、それが難航するとはいささか不可解ですな。」

「実は、聖女様の加護は国家単位のようなのです。つまり、この地に聖女様の加護を再び取り戻すには、この地がヴォルクウェイン王国になる必要があるのです。」

「何と・・・」

「レジアス全てを元に戻すということは。」

「レジアス王国が消滅するということですな。」


「我々も無理強いはいたしませんし、この国の王、諸侯、国民皆が諸手を挙げて歓迎することでないことは承知しております。我々はただ、飢える民を救いたい。ただそれだけなのでございます。」

「確かにそれなら難航するのも当然でございますな。しかし、このままでは我々も生き残ることができないのは確かです。」

「そこで、我々がご提案させていただいているのが、まず、このダレンの地のみ、併合宣言を行った上で祈りを捧げ、その効果を観察するというものです。それを見た上でご判断いただければ良いし、ご承諾いただけない場合は、併合宣言を取り消します。」

「それならば、それがしに異論は無い。」

「しかし、陛下を始めとする首脳は、この条件を飲むつもりは無いようです。」


 チェスター伯爵はソファの背もたれに身を預け、目を閉じた。

 そうして、しばし考え込んでいたようだが、起き上がって摂政に向き直る。

「その話、確かに承りました。たとえ王が反対しようと構いません。私、アーノルド・チェスターとその領地領民は、これよりヴォルクウェイン王国の一員となりましょう。」

「よろしいので?」


「このままでは、我が領地も持ちこたえることはできません。領民の暮らしを考えれば、やむを得ない判断です。もし、陛下が反対されるなら、国外に退去いただくほかはございません。」


「よくぞ申された。ただし、我が国の国王陛下夫妻の警備については、万全を期す必要がございますし、我が軍兵の上陸もお認めいただく必要がございます。」

「もちろんです。異論はございません。」


「それと、陛下に対する事前説明は必要でしょうか。」

「それは私からしましょう。ダメならレジアスから離脱しますよ。」

「随分、思い切ったことをするもので。」

「いざというときに保身に走り、我が身を捨てる覚悟ができない主君なら、こちらから願い下げです。」


 こうして、伯爵との協議は整ったことから、外交担当はダレンに残しつつ、ファンバステンは帰国の途に就く。


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