国家の崩壊
「陛下、セントラルワースの方角から、火の手が上がっております。」
「ついに、あそこも落ちたか。一体、どのくらいの数の暴徒がいることやら。」
「そうですな。聖騎士団もいる訳ですから、警備は強固なはずですが。」
「あれが城に向かってきた場合、防ぐことは出来るか?」
「軍と騎士団併せて約500で守っておりますし、大聖堂よりは防御に優れますので。」
「しかし、ここに攻め入った際に門扉は破壊したからな。」
「はい。兵をそこに集中配置するほかないでしょう。」
「分かった。では、全軍の指揮を将軍に。私の警護を団長に任せる。」
「畏まりました。」
夜になり、市内各所に上がった火は、王都を彩る。
不謹慎ながら幻想的でとても美しいと感じながら、ジェラードはしばし見とれている。
「陛下、戦火が迫って来ております。」
「そうだな。聖堂が焼き討ちに遭ったなら、次は城だな。」
「ええ。ここなら食料がありますからな。」
「ほとんど空に等しいぞ。」
「しかし、それでも王都民2食分くらいはあるかと。」
「申し上げます!」
「良い。報告せよ。」
「はっ。聖教総本山で複数の火の手を確認。暴徒は更に数を増やし、略奪の限りを尽くしております。」
「ここにも間もなくやって来るんだろうな。」
ジェラードはグレッグ公爵、バーケット将軍、マンスール騎士団長を呼ぶ。
「最早、これまでだ。」
「何をおっしゃいますか。ただの暴徒ですぞ。」
「いや、我が国民の精神的支柱たる大聖堂が焼き討ちに遭ったのだぞ。ここまで人心が荒廃したら、もう国として存立することは不可能だ。」
「しかし、北部やダレンはそうではございません。」
「そうでございます。それに、どれほど人心が荒廃したとしても、リーダーは必要でございます。」
「騎士団長の言う通りでございます。」
ジェラードは大きなため息を一つ吐く。
「奴らはそのリーダーたる王を否定しているのだがな。」
「陛下、万が一の場合は、城外に退避していただくことになります。」
「逃げる場所などあるのか?」
「しかし、陛下に万が一のことがございますれば、王族がリデリア殿下のみとなってしまいます。」
「不甲斐ない兄を持ったばかりに、苦労が多いな。」
「そのようなことを言っている場合ではございませんぞ。今なら闇と群衆に紛れて王都脱出も十分可能でございます。」
「この城以上に安全な場所もなさそうだがな。」
「いえ、ここが最も危険でございます。」
「では、城内の者に退避命令を出せ。そなたらはハースティングかチェスターを頼るが良い。」
「分かりました。では陛下はどちらにまいりますか?」
「私はここに残るよ。兄も敵に背を見せなかったのだ。後を託された弟が無様を晒す訳にはいかん。」
「しかし、リデリア殿下で」
「最後の王は私だ。リデリアにこんなことさせられるか。」
「恐れながら、申し上げます。」
「副団長か。申せ。」
「はい。南門前に群衆が集結しております。その数およそ四千。」
「陛下、今すぐお逃げあれ。」
「バーケット将軍、マンスール騎士団長に命じる。今すぐ配下を率いて撤退せよ。」
「陛下!」
「命令だ。背くことは許さん。」
「陛下、ここに印綬と王冠がございます。これさえあれば、王室の正当性は守られます。」
「グレッグ公爵家とアーヴィング公爵家には、王家の血が流れているな。」
「そういう問題ではございません。」
「しかし、王家の威光と支持はすでに地に落ちている。」
「暴徒が国民の全てにあらず。そして、暴徒は指導者にあらず。」
「その通り。暴徒は暴徒にございます。王が敵兵ですら無い者に討たれてはなりませんぞ。」
「将軍のおっしゃるとおりでございます。ここで死なぬことこそ、王の責務でございます。」
「我は、まだ王か?」
「あなた様以外にはおられませんぞ。陛下。」
「分かった。では、参ろう。」
こうしてバーケット将軍を先鋒、マンスール騎士団長が殿として強行突破を試みる。
城内の食料や宝物は残念ながら略奪者の手に落ちるだろう。
「我こそは二十年戦争の生き残り、ジャック・バーケットである。名も無き暴徒の分際で我と相まみえること、誇りに思いながら死ね!」
「おぅ!」
さすがは、王国一と名高いバーケット直属の精鋭達である。先頭を走ってくる暴徒数人を弾き飛ばし、さらに密集陣形で敵中に突撃を敢行する。
暴徒は、この鬼気迫る兵たち見て横に避ける。
さすがにあれにぶつかるつもりは無いようだ。
こうして、死地を脱したジェラードたち総勢約600は、王都郊外に出ることができた。
「さすがに強いな。」
「まだまだ若い者には負けませんぞ。」
「しかし、国を失ってしまった。兄との約束を果たせなかったのは悔しいな。」
「何をおっしゃいますか。死ななければ負けではございません。」
「盗られた物は取り返せばよろしいのです。」
「これから、どこに行くのが良い。」
「本来なら、ロナス国境に進み、これを守備すべきところ。しかし、水と食料を持たぬ我々は、距離的に近いダレンを目指すしかございますまい。」
「なるほど。確かにそうだな。」
「後は、何人か使える将軍に心当たりがあるので、彼らを集結させ、国土回復時の主戦力とせねばなりませんな。」
「しかし、みんな元気なもんだな。」
「戦に負けはつきもの。武人にとってはどうということはございません。」
「そうですな。落ち込んでも仕方ありませんぞ、陛下。」
「グレッグ殿も、何だか憑きものが落ちたみたいな顔をしているな。」
「はい。全てを失い、すっかり落ちましたな。」
「私も、城を出たら、気分が変わってしまった。」
「では、ダレンまで油断せずにまいりましょう。」
「出立!」
亡国の軍は南を指して移動を始める。
しかし、この極限状態にもかかわらず、彼らの表情は明るさを失っていない。
それを見たジェラードは大いに励まされていることを感じる。
「兄上も、外に出れば良かったのにな・・・」




