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怒りの矛先と、その力

 ルシアン退位後、しばらくは落ち着きを見せていたレジアスだが、夏を越えてまた不穏な空気が満ちてきた。

 それは、依然として降らない雨、実り無き秋、途絶えた配給、変わらない政治、姿を現さない聖女、冬への不安。


 感じることは様々あろうが、王が替わっても飢えや渇きが癒やされる訳でも無く、多くの民衆は国が、社会が機能していないことを感じ、生きるための行動を起こそうとする。

 そして、食料を求めて各地の領主や行政機関を襲撃し始める。


 これを防ぐ治安はというと、軍もすでに崩壊している。

 高位司令官直属の精鋭部隊はともかく、末端の部隊はすでに食糧が尽き、自ら暴徒化・盗賊化する者まで現れる始末で、治安回復の目処など立っておらず、残念ながら王都の治安も再び悪化の一途を辿っている。


 例外は、デリラ山脈に抱かれ、例年通りの降水がある北部と、海路で食糧供給があり、漁業も維持されている港町ダレン周辺のみである。

 そして、諸侯も多くが北部や南部に避難している。彼らもすでに領地の統治能力を喪失しているほか、王都で要職に就いていない者にとっては、危険な都に居続けるメリットもないのだ。


 そして、この状況はジェラードら新体制の主要メンバーにとっても同じ事である。

 公爵家も領地経営は崩壊状態で、彼らを支えた私兵団もほとんどが逃散している。


 王都防衛軍も食料が尽きた後は、人員削減を繰り返している。

 何とか体裁を維持しているのは近衛騎士団くらいのものである。


 また、地方との連絡も、多くが途絶したほか、役人の多くも職を辞してしまったため、城内は閑散としている。


「しかし、これはどうにもなりませんな。」

「国の統治の及ぶ範囲が、王城のみというのは何とも哀れだな。」

「今できることは、雨を待つことだけだ。」

「外務卿はどうした。」

「はい。ダレンに到着後、そこに留まり続けております。」


「聖女はどうした。」

「はい。国王夫妻の安全が確保できない状況での訪問はできないとの回答があったそうです。」

「まあ、それはそうだな。あんな小国に舐められるのは腹立たしいが。」

「内務卿の方は上手く行ったか。」

「関門を開けてはもらえませんでしたが、ロナスからの食料買い付けはやってくれるようです。すでに資金の護送を開始しております。」

「ついでに賠償金も支払ってやれ。」

「畏まりました。」


「申し上げます。ただ今城下で大規模な暴動が発生。緊急事態でございます。」

「分かった。城門を閉じ、厳戒態勢を敷け。」

「市中はいかがいたしましょう。」

「今の我々に、もうその力は無い。」


~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/


 既に市内各所は、暴動特有の怒号と破壊音で溢れかえっている。

 平民の富裕層からは、もうすでに取れる物などなく、警備が放棄された貴族屋敷もめぼしい物は何も残っていない。

 となれば、食料がありそうな場所は王城とここ、セントラルワース大聖堂だけである。


 暴徒化した市民、いや、一部は甲冑姿の者もいるが、数は千人を大きく超えているだろう。彼らは大聖堂各所から雪崩を打って中に侵入しようとしており、聖騎士団と激しい戦闘になっている。


「枢機卿様、すぐに避難を。」

「ど、どこに、どこに逃げれば良いのじゃっ!」

「やはり、神のおわす大聖堂内ではないでしょうか。」

「そ、そうか。さすがにそこに踏み込むような罰当たりはおらんわな。」

「はい。彼らの目当ては水と食べ物でございます。」

「分かった。そこに逃げ込もう。」


 大聖堂を守る聖騎士は100名程度だ。

 いくら精鋭とは言え、数で圧倒する群衆を抑えることはできなし、ここは城のような防衛施設ではない。

 結局は数で押し切った群衆が敷地内に雪崩れ込み、阿鼻叫喚の騒ぎになる。


 彼らは最初、食料庫や厨房を目指していたが、やがて肥え太った聖職者に逆上したか、これを襲い始め、ついには神具など、金目の物まで略奪するに至る。


「お、おい、ここなら大丈夫なのだよな。」

 既に扉の向こうから怒号が聞こえる。そして扉を強く叩く音が聞こえる。明らかに聖堂内に押し入ろうとしている。


「だ、ダメじゃ!逃げるぞ!」

 ヴァージルら教会幹部は裏口から退避を試みるが、目の前で扉が吹き飛び、向こうから群衆が突進してくる。


「いたぞっ!」

「食いもん出せやコラ-ッ!」

 ヴァージルは胸ぐらを掴まれたと思いきや押し倒される。

 そして、自分を掴んだ男もろとも後ろから来た群衆に踏まれ、押し潰されていく。

「た、たすけ・・・か、み、よ・・・」

 ヴァージルの意識は暗い影に覆われ、やがて限りない静寂に包まれた。


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