神の恵みを受けて
夏の日差しに秋の色が混ざってくる9月。
ヴォルクウェインでは収穫の喜びに包まれている。
麦も昨年と並ぶ大豊作で、他の作物についても同じように順調であった。
野菜などは、種類を変えてすでに複数回収穫を行った畑もあり、農地が拡大したことも重なり、市場には様々な食材が溢れている。
また、畜産も去年以降に生まれたものが急増し、こちらも生産量が拡大している。
そして、農業生産の急拡大や新規開拓は他の産業にも影響を与えており、輸送、交易、土木建築なども活況を呈している。
そしてこの日は、ジュスタールとレイアたちが多くの護衛を引き連れて、北部の開拓地を視察している。
「ここは今年初めて耕作した畑かい?」
「ええ。春先に麦を植えたところです。私たちは今まで麦専業でしたので。」
「レイア、レジアスではいつもこんな感じだったの?」
「そうです。でも、ここの方々はとても明るいお顔をされておりますね。」
「確かに、レジアスの人たちはこれが当たり前の光景なんだろうからねえ。特に感慨は無いのかも知れないね。」
「私は30年畑を耕してきましたが、一面麦の穂が風にそよぐ景色など、見たことがございませんでした。」
「私だって、この規模の畑、初めて見ますよ。」
「それで、来年はいかがされるのですか?」
「この村の今の力では、これが精一杯では無いかと思います。一部の農家では、町に働きに出ていた次男坊らを呼び戻すところもあるみたいですが、さあ、戻って来てくれるものなのか。」
「なるほど、開拓し放題ですもんね。」
「しかし陛下、今は町の方でも人手不足が表面化していますね。」
「確かにね。それに食料価格が暴落する危険もある。」
「最近はシェンドラへの輸出を始めましたね。」
「どうやら聖女様がヴォルクウェインに移ったことがバレちゃったみたいでね。普通なら、こんなに早く他国の貿易商が動くなんてことはないと思うんだけどね。」
「安く買い叩かれないように、気を付けないといけませんね。」
「そうだね。まあ、ここで買い付けてそのままレジアスに運べば、とんでもない利益になるんだから、うちからは多少色を付けて買って欲しいよね。」
そして視察の帰り道に、今度は野菜を栽培している畑を視察する。
「ここは・・・」
農夫の一人が畝に生えている葉を引き抜く。見事なニンジンだ。
「これ・・・デカいね。」
「そうですなあ。去年から突然、こんなになってしまいましてな。ワシらも何が何だかさっぱりでございます。」
「そうだね。ニンジンに対する認識が変わってしまうね。」
「それで、ここ全てニンジンかい?」
「いや、去年ニンジン作った畑はカブを育ててます。」
「レジアスではニンジン畑は毎年ニンジン畑でした。」
「さすがだね。連作障害知らずなんだ・・・」
「連作・・・ですか?」
「確かに、毎年豊作のレジアスなら、そういったことを知らなくても無理はないね。普通は同じ作物を何度も連続で栽培しないものなんだよ。そしてたまには畑を休ませる。」
「そうなのですね。知りませんでした。」
「でも、レジアスの生産性の高さの秘密が、少し分かったような気がする。」
「畑もお休みが必要だったのですね。」
「これからはヴォルクウェインでも必要なくなるかも。少し試してみるのもいいかも知れないね。」
「敢えて試さなくても、よろしいのではないですか?」
「いや、それも聖女の加護の証明になるでしょ?」
「緊張、します。」
「まあ、試すだけだよ。レジアスのような農業をするつもりはない。みんなが長年培って来た知恵と技術はそのまま継承していけばいいんだからね。」
「試すだけなら、いいと思います。」
「やっと許可を出してもらえた。」
「それで、どのような作物が輸出されるのですか?」
「うん。実は私も詳しくないけど、農業担当によると、麦、芋、タマネギ、豆で全体の9割って言ってた。」
「ニンジンはダメなんでしょうか?」
「レジアスなら一週間で陸揚げできるから、売れるかも知れないね。やっぱり心配?」
「そうですね。王都は無理としても、せめてダレンで売れれば、少しは助けになると思います。」
「そうだね。でも、買える値段で商人が売ってくれるかどうかだよね。」
「はい。いくらレジアスがお金持ちとは言っても、日々の食料があまりに高いと大変でしょうから。」
「そうだね。大量の農民が失業状態にあるということは、経済状況がかなり悪いはずだからね。そこで食材の価格高騰は、いくら豊かなレジアスと言っても厳しいね。」
「何とか安く輸出できる手立てがあると良いのですが。」
「ついこの間までのポルテンの町ですら、今にして思えば厳しかったんだからなあ。」
「そうなのですね。それと、これだけ農業が変わると、逆にいろいろなトラブルが起きることが懸念されます。」
「すでに保管場所が足りなくなってるよ。後は道路を整備しないと卵やミルクは困る。それに加えて食肉加工も人出、設備ともすでにパンクしてる。」
「陛下、笑っている場合ではないと思いますけど。」
「みんな、一生懸命頑張ってるんだけどね。」
やはり、このどこかのんびりした所がヴォルクウェインの気質なのだなあと思うレイアであった。




