兄と弟
誤字報告を下さった皆さん、誠にありがとうございました。
その夜、ジェラードは単身、ルシアンの部屋を訪れる。
「何だ、まだ私に用があるのか?」
「そう邪険にしなくても、よろしいのでは?」
「まあいい。入るが良い。」
二人はソファに座る。
大国の国王の私室としては、いたってシンプルで、調度品も最低限の物しか置かれていない。
元々あまり芸術に関心のある兄ではないし、物欲などもそれほど無かったように思う。
「しかし、改めて考えて見れば、こうして話すのは久しぶりだな。」
「はい。少なくとも、父上が倒れられてからは一度も・・・」
「そんなに仲が悪かった記憶は無いが、そなたが内部抗争を懸念して、さっさと身を引いてくれたからな。あれは助かった。」
「しかし、サバサバしているというか、冷静というか、さすがは兄上、と言ったところでしょうか。」
「己の不明は恥じているぞ。」
「いいえ。私もまさかこうなるとは思いませんでした。いや、誰も予想できなかったのでは?」
「そう願うよ。それで、宰相はどうする。できることなら助命願いたいが。」
「ええ。罷免せざるを得ませんが、彼の命が欲しいとは思っておりません。」
「済まんな。あと、アーヴィング家とマーティン家はどうなる。」
「モーガン卿とデズモンド卿のお二方は、挙兵当日に拘束しております。何も罪はありませんが、私から見れば反体制派。侯爵に格下げが妥当と見ております。代わりにベッドフォードとテンセルを昇格させ、これに充てます。」
「そうか。後は騎士団の処遇だが、できることなら彼らも助命願いたい。」
「彼らは職務を全うしたまで。単にこれからは忠誠を誓う対象が変わるだけです。」
「ならば良い。」
「それにしても、団長のオリバーは凄い御仁ですな。私もロナルドも危うく首が飛ぶところでした。残念ながら、マシューは命を落としましたが。」
「そうか。オリバーは勇敢に戦ったのだな。」
「彼も拘束しております。」
「そうか。生きているか。ならば、あとはリデリアだが、良い所に嫁がせてやってくれ。」
「ええ、もちろんです。」
「ならばもう、思い残すことは無い。」
「随分、張り合いの無いことでございますな。」
「ああ。あまりの完敗に茫然自失といったところだ。」
ルシアンは立ち上がると、戸棚から酒とグラスを持ってきた。
普段、酒も嗜まない兄にしては珍しいが、もう城内でも茶を準備する余裕は無いのだろう。二人は初めて酒を酌み交わす。
「それで、何故、聖女を追放されたのですか?」
「確かに、国外追放は失敗だったな。辺地に幽閉でもしておけば良かった。」
「ええ、今にして思えばその通りですね。お陰で今はヴォルクウェインの王妃です。手の出しようが無くなってしまいました。」
「そうか。幸せになったのかな?」
「ええ、心配は要らないようです。しかし、私にとっては大きな痛手です。人心の安定に彼女ほど力を持つ者はおりませんので。」
「そうだな。」
「どうしてあのタイミングだったのです?」
「そりゃあ、結婚する前の方がいいだろう。」
「それはそうですが、兄上らしくもない。」
「自信過剰で躓いた。ただ、それだけのことだ。お前の方こそ、最悪のタイミングで挙兵したな。苦労するぞ。」
「ええ、挙兵する前から後悔してますよ。」
「お前らしいな。それで、教会はどうするつもりだ?」
「教会は聖女を失いました。権威は失墜し、政治力も喪失するでしょう。」
「彼女抜きでこのまま天候が回復すれば、聖女の加護が嘘だったことが確定するからな。」
「それでも、国内にいてくれた方が遙かに良かったですよ。」
「済まんな。私は王になってから、何一つ成さなかった愚王だが、その中でもあれは一番の失策だった。」
ルシアンはグラスを傾け、琥珀色の酒を一度眺めて口に運ぶ。
その顔は、どこまでも穏やかだ。
「後悔はなさそうにお見受けしますが。」
「全力を尽くしたからな。ただ、何も全く通用しなかったよ。」
「兄上で通用しないのなら、私が最後の王になるかも知れませんね。」
「そうならないために、この首を使え。」
「容赦無いですね。」
「私にはもう、それしか価値が無いからな。それに、例え王でも、国を危急に追い込めば、死をもって購うほかない。」
「そのお覚悟、存分に利用させていただきます。」
「ああ、とても難解なパズルだ。心してかかれ。」
「しかし、こんなことなら、もっと兄上と酒を酌み交わせば良かった。」
「私も、弟がこんなに有能だと知っていたら、もっとこき使ってやれば良かったと思っているよ。」
二人は笑い、語らい、静かに朝を迎えた。
そして翌日、ルシアンは弟から渡された毒を躊躇無く飲み、静かにこの世を去った。




