重臣による御前会議
さて、レジアスは絶対王制の国であり、議会などは無い。
行政のトップとして内務、外務、財務、軍務の大臣、宮中取締や諜報を管轄する宮中伯はいるが、その権限はごく限定的で、国の舵取りはほぼ国王が行っていると言っても良い体制である。
もちろん、国王一人で膨大な件数の判断をできる訳も無いので、宰相、あるいは国王が長期に亘り執務ができなかったり幼い場合には摂政が置かれることもある。
ただし、王が完全に独裁かというとそうでもなく、国内に四つある公爵家の当主と国王、宰相らが議論を交わす重臣会議は存在し、これが国王に対する信任、あるいは牽制を行う場となっている。
そしてこの日は、ルシアンの即位後初となる会議が開催されている。
「まずは陛下、見事な即位式でございましたな。おめでとうございます。」
「ありがとう、アーヴィング公爵。王としてはまだ若輩ではあるが、よろしく。」
「しかし、即位間もない時期にまた、とんでもないことをされましたな。」
「グレッグ公爵、世の中を騒がせてしまったようだな。」
「あまり良い事ではございませんな。ただでさえ、王の即位は国の大事というに。」
「グレッグ卿の言うとおりですな。世の中を落ち着かせるのがまず第一でございましょうに。」
「何だ。アーヴィング卿も反対の立場か。」
「国を第一に思えばこそでございます。」
「それで、マーティン卿はどう考える。」
「私は元々聖女様の奇跡には懐疑的、いや失礼、決してリンド様や先々代の王妃様に不敬を働く意図は無く・・・」
「ハハハッ!不敬になど問うものか。聖女など単なる称号に過ぎん。それで民を扇動し、不当な利益を上げなどしなければ見逃すこともできたろうに。」
「しかし、笑い事ではございませんぞ。教会と聖女の力はとても大きく、民の信仰の力を侮ってはなりません。」
「そうです。恐れながら陛下の行為は、神への冒涜に他なりません。もし、民の心が王家から離れることがあれば、必ずそれに乗じる者が出てきます。」
「そうで無くとも、しばらく国内が落ち着かないのは避けられないでしょう。」
「産みの苦しみは想定の内だ。それに、こういうものは誰かがやらねばならなかったことだし、時間が解決する。そして落ち着けば教会の力は徐々に落ちていくことになる。」
「確かに、それはそうかも知れませんが、前代未聞のことゆえ、影響がどこまで、どれだけの大きさになるかが全く見えません。」
「もちろんだ。そのためにいくつか行うべきことがある。まずは国の重鎮たる我らが一枚岩であること、これが必須だ。次は諸侯の中で有力な者をこちら側に付ける。そして三つ目が民の慰撫、これらは硬軟両方で行う。つまり、政治的、軍事的に推し進める。」
「軍、ですか。」
「最悪は戒厳令ありきだ。しかし、実際は王家が圧倒的な戦力を保有しているので、ちらつかせるだけで諸侯は収まるだろう。」
「ハースティングを除けば、ですな。」
「確かに辺境伯は私に刃向かう動機も実力もあるが、それでも辺境伯だけならさほどの脅威にはならん。」
「確かに、軍事的には有数の力を持っていても、中央への影響力は皆無と言ってよいでしょうからな。」
「そういうことだ。すでに密偵を放って動きを探らせている。」
「問題は、辺境伯を焚き付ける者、若しくは辺境伯を反主流派に引き込もうとする動きです。」
「宰相殿、具体的にはどなたか?」
「いえ、具体の情報を現時点で持っている訳ではございません。しかし、即位間もないこの時期が最も危険なのは言うまでもありますまい。」
「ですから、この時期に聖女の追放は悪手だったのでございます。」
「グレッグ殿、既に賽は投げておる。」
「そうですな。今さら聖女様の追放を無かった事にはできまい。ならば、その上でどうするかを考えねばなるまい。」
「しかし、そうは言っても、民の動揺を予想することは難しい。」
「いや、むしろ誰かが意図的に扇動を行った場合に何が起こりうるかを考えるべきだ。」
「教会ですかな。」
「いっそ、このまま教会を潰した方が・・・」
「マーティン卿、それはならんぞ。教会が余に歯向かうならともかく、訳も無く攻撃するならそれは暴君だ。そんな者からは民の心は容易く離れる。」
「そのとおり。そうなった民は恐怖で押さえ込むほかなくなり、軍事的なコストが増大するばかりか、その軍に怯えて粛清を繰り返し、結果として軍事力以外の国力を喪失することになる。」
「むしろ、教会と結びそうな諸侯を押さえる方がよろしいと考えます。」
「そうだな。余もアーディング卿の意見に賛成だ。」
「では、時間をかけて様子を見つつ対処。これを基本として沈静化を図ることでよろしいですかな。」
「今のところ、そうするほかはあるまい。」
「すでに聖女はおらぬ。拠り所の無い敵の結束は弱い。人々も過去より将来が重要だということに気付けば、無益な混乱と争いに加担することはないだろう。」
「いささか楽観的とは思いますが、そうあって欲しいものですな。」
「心配いたすな。余は善政を敷き、国を今以上に豊かにする。それが余の回答だ。」
「承知いたしました。陛下のお心のままに。」
こうして、ルシアンは何とか初の重臣会議を乗り切った。