過酷な暑さ
「陛下、ついに軍が備蓄の供出を拒否すると申し出たようです。」
ルシアンは一瞬、驚きの表情を見せた後、静かに立ち上がり、窓の外に目を向ける。
「軍を責める訳にはいくまい。ついに底をついたか。」
「配給計画を幾度も見直し、供給量を当初より増やしましたからなあ。」
「それ以上に厳しいのはこの天候よ。昨年と全く同じだ。」
「はい。ほとんど雨も降らず、水不足は昨年以上に厳しいです。」
「城内の井戸も、籠城用の地階のものしか使えないと聞いたが。」
「そのとおりでございます。農地もすでに耕作が放棄されたものばかりでございます。」
「万事休すか。」
「はい。水や食料だけでなく、あらゆる物資が底をついております。」
「臭いもきついな。」
「はい。城の堀もロットホック川も、僅かな汚水が残るだけで、酷い悪臭を放つのみでございます。市内の衛生環境も著しく悪化しております。」
「国内の他の地域、河川はどうなっている。」
「詳細な情報は入ってきておりませんが、似たような状況かと。」
「それすら情報が掴めなくなったか。」
「はい。各都市に行くだけで命がけでございます。」
「水が無いならそうかも知れんな。」
「それで皆は何を食べているのだ?」
「木の葉や木の皮、根、虫、犬猫など、ほかにも申し上げにくいものを食べて、どうにか生きているようでございます。」
「多少は輸入食料が入って来ているだろう。」
「輸入量は秋にならないと増えない見込みでございます。」
「北部はどうだ?」
「これと言った情報は入ってきておりません。」
「そうか・・・」
ルシアンはソファに倒れ込むように座る。
彼の顔は疲労感に溢れていて、顔色もすこぶる悪い。
「ここから挽回、いや、生き残りを考えないとならんな。」
「しかし、一年半近く、少雨傾向が続くなど、為政者の策が通じる範疇を超えておりますからな。」
「そうだな。雨が降らないだけで、水や食料はもちろん、商売、物流、工業、備蓄、軍、治安、流民と、多くのものが崩壊してしまった。」
「しかも先が見えません。」
「ああ、冬も厳しかったが、夏も厳しい。昨夏と同じような酷暑少雨に見舞われたら、今度こそ乗り切れまい。」
そう言うと、ソファ深く身を沈め、天井を見上げる。
最近はそれほど忙しくない。
いや、持ち込まれる書類そのものは依然として多い。
特に各地から支援を求める書状は引きも切らずに来るが、解決策も実行手段もないため放置され、積み上がっていく一方なのだ。
そして、重臣会議も一年近く開催されていない。
四公爵が揃わないこともあるが、揃ったところで議論する材料すらないのだ。
そんな中、ルシアンは逡巡する。
私はどこで、何かを間違ってしまったのかと・・・
後悔は無いのかと・・・
この国はどうなってしまうのかと・・・
「私が目指したものは、こんなものでは無かったのだが。」
「陛下、お心を強く持たねばなりません。試練の時は、どの王にも巡ってまいります。」
「そうだな。しかし、私に課せられた試練は特大だな。」
「乗り越えられるから試練なのでございますぞ。そして、優れた者にはそれだけ大きな試練が立ちはだかるものでございます。」
「随分、理不尽なのだな。」
その時、ドアをノックする音が。
「失礼いたします。」
「騎士団長か。入れ。」
「はっ!」
「それで、王都の治安はどうだ。」
「今は平穏といっていいでしょう。この暑さです。多くの者は外出を控え、体力を温存しているものと思われます。」
「暴れる気力も残ってないか。」
「それは分かりません。配給が止まれば騒ぐ市民も出てくると思われます。」
「軍は撤収を始めているか。」
「まだでございますが、配る食料もありませんので。」
「近日中には撤収するかも知れんな。教会もジェラードも動きはないか。」
「はい。理由は分かりませんが、ここ数週間は動きがございません。」
「我が方との睨み合いは長期に及ぶが、打って出てくる気配は無いか。」
「はい。小康状態と言えます。」
報告を聞いて安堵する自分に苛立ちながら、再び立ち上がったルシアンは考え込む。
最近はさすがに疲弊し、表情も乏しくなってはきたが、まだ諦めていない。
「ジェラードでは乗り越えられまい。」




