躍進を続けるヴォルクウェイン
季節は初夏。
いや、日差しだけならすっかり夏の装いといえるこの日、国王夫妻はポルテン地方の遙か西、レッセル荒地に近い国境地帯を視察している。
ここは元々、開拓団も入っておらず、道すらきちんと整備されていない荒野だったのだが、今は何も無いながらも荒野ではなく、雄大な草原が続いている。
「道は無いけど、逆にどこにでも行けるなあ。目印を付けないと迷ってしまうほどに。」
「ここに人は住んでいないのですか。」
「全く住んでいないことは無かったけど、村ができるほどではなかったね。」
「ここを森にするのですね。」
「誰も所有権を主張する前に国有地として確定し、広大な森林にする。叔父上が徹夜で考えた新しい国土利用計画の柱の一つでもあるよね。」
「皆さん、ここが森だと認識して下さるでしょうか。」
「今、王家の紋章入りの石標を大量生産中だよ。勝手に開墾したら土地を没収の上で罰金を科す。そして、この森を大小数百箇所設定する。」
「大変ですね。」
「完成するまでに何十年かかることやら・・・」
「でも、楽しみですね。」
「そう。森が出来ると目印にもなるし、木材も輸入に頼らなくて済むようになる。種や苗も近隣から輸入を始めたしね。」
「聞くところによると、所々に沼ができたそうですね。」
「ああ、これだけ雨が降ると、水はどこかに自然と溜まるものだからね。それを拡大整備してため池にするも良し、開拓の拠点にするも良しだね。」
「向こうに見えるのが、かのレッセル荒地ですか?」
「実は私も見るのは初めてなんだよね。ここは既に雑草なんかが生え始めているけど、向こうの小山は岩そのものだよね。」
「あの遙か向こうがレジアスのアル地方になるのですね。」
「でも、越えるのはちょっと無理だよ。」
「はい。そんなことはしません。」
「それにしても、こうも両極端なのは、不思議だよね。」
「数年後には、さらに違いが明確になりますね。」
「そうだレイア。またあの時と同じように、二人でお祈りしない?今度はそう・・・ここに立派な森ができますようにって。」
「今度は光らないと思いますけど・・・」
「いいさ。ここを訪れた記念だ。そして、これから訪れる多くの地で、共に祈ろう。」
「とても素晴らしいことです。つい、嬉しくなってしまいますね。」
二人は西に大きく傾く夕陽に向かう形で跪く。
そして、あの人同じように手を繋ぎ、祈りを捧げる。
繋ぐ二人の手は、確かに茜色に輝いていた。
さて、こんな所に宿などないので、野営である。
そして、空は満点の星、周りは護衛の兵士が立てる音のみの世界である。
「星空って明るいんだな。ここには星しか無い。でも、星だけを見るってこと、あまり無いよね。」
「私は時々見ますよ。そして星にお祈りします。」
「聖女様は星にも祈るの?」
「星に祈るのは家族の幸せです。いたって個人的なものですよ。」
「そうなんだね。てっきり太陽にしか祈らないものだと思ってた。」
「太陽には大地への恵みをお祈りしていますね。」
「レイアらしいよ。」
「大事なお仕事ですから。」
「今は、国中がその仕事で忙しくなってるよ。みんなあんなに開墾して管理しきれるのかなあ。」
「凄い勢いですものね。」
「でも、食べ物の値段は確かに安くなったし、見栄えも味もこれまでに無い出来だ。豊穣の女神の力をまざまざと見せつけられたよ。」
「そうだといいのですが。」
「それ以外に考えられないよ。放牧される家畜もかなり殖えたようだし、それで色んな産業が新たに根付くことになると思う。」
「ミルクやチーズ、羊毛などですね。」
「そして更に豊かになる。元々国土は広いんだから。」
「人も増えるといいですね。」
「この恵みがこれからも続くと人が確信した時、一気に増えると思う。」
「そしたら、もっと笑顔が増えますね。」
「ああ、この満点の星空に負けない数の笑顔が生まれるよ。」
「私は祈ることしかできないのですが。」
「そんなことは無いよ。その笑顔は私たち二人も含まれているし、きっと将来は、私たちの家族も増えているはずだ。」
「頑張ります。」
そして、二人が特別な祈りを捧げた地は、驚きの早さで森へと進化していくことになる。
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視察から戻ると、マクベス大司教とガレ枢機卿が謁見を願い出ていたので、すぐに迎え入れる。
場所は玉座の間では無く、通常は晩餐が催される広間である。
「両人ともよくぞまいられた。それに、ここでガレ殿とお会いするのは初めてであったな。」
「はい。教会の中庭では幾度もお会いいたしましたが。」
「それにしても陛下はお人が悪い。王妃様が聖女様だとおっしゃってくれればよかったのに。」
「それは申し訳ない。王妃の身の安全を図るため、あの時点では身上を明かすべきでは無いと考えていたのだ。」
「まあ、目出度いことでございますし、名誉なことでもありますからな。」
「それで、今日は二人揃ってどうしたのだ?」
「はい。私ニコル・マクベスは、この度ヤース教会から枢機卿を賜ることになりまして、そのご挨拶に窺うと共に、これを機に、聖ポルテン教会との縁を深めるべく、ここに参上いたしたところでございます。」
「それは目出度いことだな。この小さき国にヤースの枢機卿が常駐するなど、例が無い。」
「ええ。これも聖女様のお陰で。」
「そうなのか?」
「はい。本部からはよくやったと。何か、本部を騙したみたいで恐縮ではありますが。」
「良いのではないか?卿も私に騙されていた訳だし。」
「そうおっしゃっていただけると、気が楽になります。」
「それで、ガレ殿のところとの連携とは?」
「はい。これからは同じ神を信奉する者同士、垣根を無くし、互いの信者が自由に行き来できるように、そして、祭礼なども合同で行うように、双方合意したものでございます。」
「それは重畳。思ったよりも深く結びつくことができるな。」
「はい。これからは仲睦まじい陛下ご夫妻のようになれればと。」
「それで、ガレ殿はよいのか?」
「はい。当方も、総本山が混乱している今、これまで同様の活動を行うためにはヴォルクウェイン・ヤース教会の助力が不可欠ですし、互いに力を合わせれば、これまで以上に幅広い活動が可能となります。」
「互いに利があるのだな。承知した。どんどんやるがよい。」
「とても喜ばしいことですね。」
「全てはそなたがもたらしたものだ。」
「レジアスにいた頃は、想像も付かなかったことです。」
「そうだね。それに、たまにはヤースの教会で祈ってもいいんじゃないか?」
「いいのでしょうか?」
「同じ神だしな。」
「それもそうですね。」
「普段はうちで祈っていただけると・・・」
「もちろん。日々の祈りは聖ポルテン教会で行いますよ。」
広間にも笑顔が溢れ、王宮内とは思えないような柔らかな空気が満ちる。
ヴォルクウェインは他とは違う、新たな発展を始めるようだ。




