聖女を失った者達
誤字報告いただきました皆さん、本当にありがとうございました。
さて、ブリストルはセントラルワース大聖堂に戻り、ヴァージル枢機卿に顛末を報告する。
彼らにとっては痛恨事であり、対応を誤れば、信徒の批判を一身に浴びかねない最悪の状況である。
「まさか、そのようなことになるとは・・・」
さすがのヴァージルも顔面蒼白で震えている。
怒りと驚愕がない交ぜになったような表情だ。
「聖ポルテン教会のガレ枢機卿にも確認しましたが、間違いございません。」
「何故じゃっ!何故こうなった。」
「私も俄には信じられませんでした。レイア様は特に清貧で従順な方でしたので。」
「だからこそとも言えるが、聖女が異教徒の妻になど・・・」
「しかし、同じ神を信じる者同士ですし、別に教義に反している訳でもありません。」
「だから余計に困るのじゃ。しかし、我々はどうするべきなのじゃ。」
「相手は小国とは言え王家。取り戻すことは無理なのでは。」
「ブリストル卿。これは我が聖教会の存亡にかかわる一大事じゃ。しかも、このままでは聖女様はレジアスではなく、ヴォルクウェインの聖女ということになってはしまわないか?それで信徒にどう説明するのだ。」
「現状ではどうすることもできないと考えられます。」
「何が何でも取り戻すのじゃ。説得でも、離婚でも、とにかく何でも良い。あの従順な正直者が相手なら、何か方法はあるだろう。」
「だからこそ、逆に難しいとも言えますが。」
「ならば、ヤースの総本山に異議を申し立てるほか無いだろう。」
「分かりました。一応申し立ててみますが、聖女を取り込んだヤース教が異議を認めるとは考えにくいと思われます。」
「では、正規に外交ルートを通じて返還を求めることは。」
「それも殿下に依頼しますが、現状で正式文書を発行できるのはルシアン陛下のみ。それに、聖女の奪還は教会が行うべきことと存じます。」
「そんなことは分かっておる。しかし、現状では何も方法が無いではないか。」
「よりによって現地の王と結婚とは・・・」
「ガレは何をしておったのじゃ・・・」
「あの小さな教会が王命を拒むことなどできますまい。それに、レイア様もまさかレジアスに帰らねばならない状況になるとは思っていなかったようで。」
「次の聖女の到来を待つしかないのか・・・」
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その報は、すぐにジェラードにももたらされる。
「最悪だな。」
公爵の執務室に詰める者、全員が一様に頭を抱えている。
聖女が戻ってくれば、すぐに天候が回復するなどと本気で考えている者はいないが、それでも王を追い詰める最も有効な切り札を失った落胆は大きい。
「はい。我々は聖女と神の加護を信じる者たちに支えられております。」
「そうだな。兄上と対立するための軸だからな。」
「外交ルートで調整はできると思うか?」
「いいえ。残念ながら我々はまだ、暫定政府としても認められておりません。」
「そんなもの、自称してしまえばいいじゃないか。」
「先方が認めなければ何の意味も持ちません。」
「なら、多少強引な手を使ってでも入国させる手立てはないか。」
「それをやると、ヴォルクウェイン経由の食料は途絶えます。」
「ならば、暗殺はどうだ。次の聖女さえこちらが確保してしまえば良いだろう。」
「次の聖女が認定されるまで、数年はかかるでしょう。その間、どうやって信徒の支持を繋ぎ止めるかですな。それに、結果と影響の予測が不可能です。」
「リスクが高すぎるか。」
「はい。むしろ、今のままではヴォルクウェインがロナスに狙われる可能性が高いと脅して、彼の国をレジアスの属国にしてしまうのが、最もあり得る手ですな。」
「戦争をして奪い返す・・・無理だな。」
「ただでさえレッセル荒地を越えられないのです。現状では兵が皆、餓死してしまいます。」
「一時帰国だけでも叶わないだろうか。」
「ヴォルクウェインが乗ってくるとは思えませんが、交渉してみましょう。」
「結婚相手が王でさえなければ・・・」
「油断しましたな。」
「何せ、連絡手段すら覚束ない遠方の地だからな。」
「しかし、諦める訳にはまいりませんな。」
「当然だ。拉致してでも取り戻す必要がある。教会はどうするつもりなのだ?」
「ヤース教の総本山に異議申し立てを行うようです。」
「どうやら、ヴァージルも手詰まりのようだな。」
「むしろ、ヤースは手を叩いて喜んでいるでしょう。」
「それで、いかがいたしますか。」
「それも、兄上の失策として利用するほかあるまい。」
落胆が激しいせいか、その後は誰も妙案が思い浮かばずに沈黙する・・・




