二人の決断
ブリストル枢機卿との夕食を終える頃、城からエルマーが帰ってきた。
そして夜になって、今度はレイアが単身、城に戻る。
今後の協議を行うためだ。
「しかし、これは想定して無かったね。」
「はい。レジアスがそこまで追い詰められた状況であることも、新国王の立場がそこまで危ういことも、王弟殿下が聖女様との婚姻を考えられていることも。」
「何より、あれだけ盤石だった王国が・・・」
「それで、総本山の枢機卿はすぐにレジアスに戻るようにとのことだったのですか?」
「いいえ。ジェラード殿下の勝利が固まったらとおっしゃっておられました。」
「レイア。まず最初に言っておく。私は妻を愛する夫としても、この国を預かる王としても、君を手放すつもりは無いよ。君が祖国を想う気持ちも、信徒を救いたい気持ちを強く持っていることも承知の上で敢えて言うよ。私の権限で、私の我が儘で、君をレジアスには渡さない。君が私を憎もうと、許してくれなくても、それは変わらない。私は大切な人を手放すような真似はしない。これは知っておいて欲しい。」
「・・・分かり、ました。」
「それで叔父上、私たちの関係を公表した方が良いのか。隠した方が良いのか。どう思う。」
「もし、王弟派がレイア殿下の召還を行う場合はレジアス王国としてでございましょう。場合によっては正式な外交ルートを通じたものになるはずです。」
「ならば、公表しておかないと不味いな。」
「はい。我が国には国籍に関する法が存在しませんが、レジアスにはジッダルからの流民がいるため、国籍法があったはずです。この場合、ヴォルクウェイン国民であることを証明できるのは婚姻関係のみであり、公表していない場合、レイア殿下はレジアス国民と見做されますので、殿下を守り切れません。」
「婚姻はしてあるんだがなあ・・・分かった。では、すぐに公表するのが良いか、時期を見計らった方が良いか。」
「それは・・・難しいですね。判断しかねます。」
「では、すぐに公表した場合、どのような影響が考えられる?」
「国王派、王弟派のいずれにも大きなダメージがあるでしょう。国王には、聖女を我が国に奪われた怒りの矛先が向くこと、王弟派は糾弾の説得力の低下が予想されます。また、ロナスの動向にも注意を払う必要が出てきます。」
「その場合、レイアの身の安全については、どうなると思う?」
「国王派は手を出せないでしょう。」
「暗殺の危険性は無いのか?」
「確かに、聖女が亡くなれば、次の聖女がレジアスに現れると彼らは考えるかも知れませんね。しかし、聖女を亡き者にする王が聖教の信徒に支持されるとは思えませんし、一国の王族の暗殺など、国際的な信用を失います。特に、我が国経由で輸送している食糧がレジアスに入ることは無くなります。」
「そんなリスクは取らないな。」
「はい。王弟派は、諦めるかも知れませんし、それでも殿下の奪還に動くかも知れません。これは事態の推移次第でしょう。」
「五分五分ということか。」
「我が国に奪われたものは取り返せばいい、となれば硬軟交えて奪還に動く可能性はございます。」
「他国はどうだ?」
「他国は単純に誘拐でしょう。しかし、王族を誘拐するのは余程のことですし、レジアス以外の国は差し迫った危機に直面しておりません。」
「特に、ロナスに通じるルートは限定される上に、どこも道路事情が悪い。」
「海路だと、第三国を経由しますしね。ただし、国境までの陸路は、数年後には開拓者が勝手に整備してしまいます。」
「確かにそれはそうだな。それに、たった数年でロナスに手を出されないような軍事力を手にすることはできない、か。」
「他国との同盟を急いではおりますが、それも我が国が同盟相手に相応しい力あってのものでございます。」
「では、今すぐ公表しない場合はどうだろう。」
「当面は現状維持でしょうが、ロナスはすでに感づいているかも知れません。」
「当然、聖女様が国外追放されたことも、レジアスの飢饉も、我が国国境付近で雨が多いことも知っているだろうからな。」
「はい。それに、我が国が公表していない以上、誘拐であれ、暗殺であれ、かなり手を出しやすい状況が続くと考えられます。」
「隠すメリットは無くなったか。国内はどうする。」
「まずは義理を立てて、マクベス卿には事前に説明しておくべきですな。諸侯は後日で構いますまい。」
「やるべきことはたくさんあるな。しかし、明日やることは分かった。枢機卿を城に招待し、全てを明かそう。」
「そうですな。」
「では、レイアは教会に帰らず、城内で休みなさい。明日は私から話をするよ。」
「はい。陛下・・・」
レイアは席を立つ。
「あの・・・陛下・・・私は・・・この国の王妃です。いかなる覚悟も決めております。」
「知ってる。ありがとう。」
彼女は静かに微笑み、退室していく。
「しかし陛下、大変ご立派でしたぞ。」
「そうかな。」
「はい。陛下も良き王になられた。兄もさぞや喜んでおられることでしょう。」
「私の我が儘なのはその通りだし、王としての強権を発動したことも事実だ。自慢はできないよ。」
「しかし、ああおっしゃったことで、レイア殿下の気持ちがどれほど楽になったことか。」
「ああでも言わないと、彼女は良心の呵責に耐えられないよ。場合によっては敢えて耐えない選択をしかねないし。」
「そうですな。大変心根の優しい方ですからな。正面から受け止める以外の選択は取りそうにありませんな。」
「これでいい。後悔はしないよ。」
ジュスタールは笑みを浮かべながら、グラスに入った酒をあおる。
その顔には、確かな自信と彼女への信頼が覗えた。




