レジアスからの知らせ
さて、初夏のある日。レイアはいつものように教会で勤めを行っている。
彼女は王妃なのだが、あの小さい城に王妃としての仕事はほとんど無く、今まで通りの生活が続いている。変化した事と言えば、部屋が客室から後宮に移ったことくらいである。
そんな彼女の元に、セントラルワース大聖堂から使者が来た。
彼女はガレ枢機卿やエルマー司祭とともに、使者に応対する。
「聖女様、お久しぶりでございます。枢機卿のジョン・ブリストルでございます。」
「これはブリストル様、お久しゅうございます。」
彼は、セントラルワース大聖堂に四人いる枢機卿の一人であり、実質No3といった立場である。
同じ枢機卿のガレとは比べものにならないほどの権力者である。
「それにしても、お変わりないご様子にこのブリストル、安堵しております。ガレ殿においても、感謝の念に堪えない。」
「これは、勿体ないお言葉でございます。我ら聖ポルテン教会一同、当然のことをしたまでにございます。」
「いやいや、聖女様のご様子を見れば、恙なく過ごされたことは明らかです。本当に感謝いたしますぞ。」
「ありがとうございます。これも、総本山からのご支援あってのこと。我らも感謝しているところでございます。」
「それで枢機卿様。本日お越しになられたのは、いかようなご用件でございましょう。」
「聖女様のご帰還についてでございます。」
「・・・・」
ブリストル以外の者は息を飲む。
正直、帰国が叶うなんて想像したことも無かったし、あの光の奇跡さえ起きなければ、正直に喜んでいたであろうが、すでにこの地の国王と結婚した上、神の加護がこの国に移ったことをまざまざと見せつけられた後である。
ヴォルクウェイン出身のガレも、エルマーとベティも、この思いもよらない申し出に言葉が出ない。
「今、レジアスはどのような状況になっているのでしょうか。」
「うむ。まず、昨夏からつづく日照りにより、水も秋の実りも無かったレジアスでは、軍備蓄の取り崩しでどうにか冬は越すことが出来た。しかし、多くの餓死者と流民が発生し、レヴフォートの治安も悪化し、各地で盗賊が跋扈しているような有様だ。春になって天候の回復を期待したが、今のところ十分な雨が降らず、このままでは昨年と同じだ。しかし、もう食料の蓄えは無い。もう我が国は半年と持ちこたえることができないであろう。」
「そんなに酷い状態なのですか。」
「すでに店先に食べ物など無い。家畜は潰され、肉も卵も野菜もない。あるのは僅かばかりの麦と芋だけだ。それももう、尽きかけている。」
「陛下は何か策を取っておられるのでしょう?」
「食糧配給や暴動鎮圧を行ってはおりますが、信徒の生活は日々窮乏の色を濃くし、ジェラード殿下が反旗を翻し、教会もこれを支持して立ち上がったところでございます。」
「既に大規模な反乱が起きるような状態だったのでございますか。」
「ええ。まだ本格的な内戦までは至っておりませんが、それも時間の問題と考えております。」
「しかし、そのような状況であっても、あの陛下が罪を許し、聖女様の入国を認めるとはとても思えませんが。」
「ええ。しかし、ジェラード殿下は実権を掌握次第、速やかにご帰還できるよう取り計らい、聖女様との婚約を進めるお考えでございます。」
レイアは目眩を覚える。
レジアスの現状も惨憺たるものだが、自分を取り巻く状況も、知らないうちに急変していたのである。
「それは、今すぐという訳では無いですよね。」
「はい。聖女様がレジアス入りすれば、すぐに天候は回復するはずです。そうなれば陛下が勢いを盛り返し、事をし損じる可能性がございますので、少なくとも殿下の勝利が確定的な状況になってからのことだと考えております。」
「状況は分かりました。しかし、私が戻っても天候が回復しなかった場合のリスクを、総本山はどのようにお考えなのでしょう。」
「総本山では、今回のことを神罰による天変地異と考えております。聖女様のご帰還で神に許されれば良いのですが、それでは済まないことも十分考えられます。その場合は、原因を作った王家に責任をお取りいただくほかございません。」
「分かりました。」
「ちなみに、聖女様のご実家のある北部一帯は、不思議なことに例年とあまり変わらず雨が降っているようです。」
「父と母は恙なく暮らせているのでしょうか。」
「ご安心ください。皆さんご健在でございます。」
「そうですか。安心いたしました。」
「では、積もる話もございましょうが、枢機卿様も長旅でお疲れのことでしょう。お部屋をご用意いたしますので、しばしそちらでおくつろぎ下さい。」
「お手数をお掛けする。」
こうして、ブリストル枢機卿はオジェ助祭に伴われて客室に下がる。
エルマーは急ぎ城に戻り、ジュスタールに状況を説明するとともに、城からベティがやって来た。
事実を知らないのはブリストルだけだが、これをいつまで隠し通せるか。
本当のことを知らせる場合でも、いつ、どのような形で行うか、難しい判断を迫られている。




