ジェラード、教会と手を結ぶ
さて、ジェラードと彼を支持する諸侯は、グレッグ公爵邸に戻って来た。
国王の前で大見得を切ったジェラードも、疲れた顔をしているものの元気だ。
「殿下、さぞやお疲れでしょう。ごゆるりと休まれるがよいでしょう。」
「ああ、済まない。ああいう場はほとんど初めてだったからな。」
「いいえ。お若いのに大変見事でしたぞ。」
「そうでございます。殿下こそ名君の器でございます。」
「今日はもう、褒めても何も出んぞ。しかし、あれで良かったのか?」
「はい。さすがの陛下も防戦一方。そのように見えました。そして、あの謁見場に集まった者にこちらの正当性を訴え、さらに支持を広げるのが真の目的ですので。」
「まあ、あの兄上が易々と王位を明け渡すとは考えていないしな。」
「その意味では、成功したと言って良いでしょう。」
「だが、個人的には本当に退位されても困るのだがな。」
「そうは言いましても、民の意を汲むなら、糾弾だけして殿下が即位しない、という訳にはいかない空気となっております。」
ジェラードは、出された茶を飲みながら考える。
もう、賽は投げられた。先日までの自分では考えられないような、思い切った行動である。実は今でも足は震えている。
しかし、担ぎ出された結果とは言え、覚悟は決めないといけない。
ならば、次の一手は・・・
「それで公爵、これからどうする。」
「まずは、訴状を町中に掲示いたします。すでに沢山の複製を作ってございます。」
「糾弾したことを民に知らせるか。煽動罪だな。」
「敗れた場合はそうなりますな。」
「まあ良い。どうせこうなった以上、勝つしかないのだ。だが、広く知らせれば味方が増え、支持が広がることは頷けるが、教会との関係も明確にしないといけなくなるぞ。」
「ええ、もう遠慮はいりません。堂々と教会を結ぶがよいでしょう。」
「ならば、枢機卿に会い、今後の事を決めねばならんな。」
「ええ、まず彼らをどのような役割を期待し、利用するかでございます。」
「もちろん、信徒の扇動だな。」
「聖女の加護が揺るぎないということになれば、信徒である軍人や騎士の多くもこちらに靡く可能性がある。そして何より、殿下と聖女が一緒になるとなれば、王としての正当性を主張できますぞ。」
「私は別に、聖女と結婚することは構わんが、教会の影響力が強くなりすぎるのは困る。」
「聖女の加護が本物だということになれば、一時的に教会の力が増すのはやむを得ません。また、将来的にも聖女認定を教会が行う以上、全くその影響を排除することは不可能でしょう。ただし、政治から遠ざけることは十分可能でございます。」
「そう都合良く行くものであろうか。」
「ええ。教会との交渉窓口として、内務卿の下に宗教思想担当官を置きます。たとえ相手が枢機卿であっても、政府の交渉窓口をその担当官にさせれば良いのです。」
「つまり、教会のトップであっても、王はおろか、内務卿にすら面会できないということか。」
「その程度、ということでございます。」
「奴ら、怒りはせんか。」
「なに、聖女さえ手に入ればこちらのものですから。」
「それに、思想も担当させるのか?」
「はい。他国の、例えば国内のヤース教信者も含めて、宗教思想担当官の業務としてしまうのです。つまり、数多くある教えの一つであることを、分からせてやるのです。」
「どうやら、兄上の方が公爵より優しい御仁だったらしい。」
「これは滅相も無い。」
「だが、それが上手く行くのであれば、教会の力を借りることに懸念は無いな。」
「是非、お任せあれ。」
こうしてベッドフォード侯爵を窓口として調整が行われ、翌週に枢機卿ヴァージル・スレイドとの会談がセットされた。
「これは枢機卿殿、ようこそまいられた。」
「殿下におかれましては、先日の謁見と糾弾、まことに立派でございました。私も長らく殿下にお会いしたく、幾度も連絡を取らせていただいておりましたが、こうしてやっとお会いでき、光栄に存じます。」
「うむ。こちらも水面下で準備せざるを得なかったため、表だって教会支持を打ち出すことが出来なかった。遅くなった事と礼を失したことについては詫びよう。」
「とんでもございません。このヴァージル、念願が叶っただけで満足でございます。これから、共に手を携え、正しき社会を取り戻さなければなりません。」
「正にその通り。そのためには、聖女様がこのレジアスにお戻りいただけるよう、種々の取り組みをせねばならん。」
「はい。まずは国王陛下に対する糾弾が、いかに正しいことであったかを信徒に広め、陛下に協力しないことを徹底させます。」
反乱を起こすと言わないあたり、少しは知恵がある御仁のようだ。
「それで、聖女様は今、どちらに。」
「ヴォルクウェインにある、聖ポルテン教会に匿われております。当教会からも、定期的に資金援助を行っており、恙なくお暮らしいただいております。」
「それは何よりだ。事が成功次第、すぐに帰国いただき、民を安んじなければならん。」
「殿下、それで聖女様のお立場はどのようになりましょうか。」
「従前の通りだ。帰国次第、聖女様と会見し、すぐに婚約を行う考えだ。」
「すぐにレヴフォート入りさせても良いと考えますが。」
「いや、今すぐ天候が好転すれば、兄の追い風となる。時期についてはもう少し見極めが必要だ。」
「確かにそうですな。」
こうして会談は成功し、ジェラードはと聖教会は同一歩調を取ることで合意した。
教会は信徒への教導と聖騎士団の戦闘準備を進め、ジェラードたちは、表向きは次回の謁見に備える姿勢を見せつつ、クーデターの機を窺うことになる。




