糾弾の声
ルシアンの弟、ジェラード殿下が自派の旗揚げを行ったことで、教会は勢いづいている。
ジェラードの後ろ盾であるグレッグ公爵や腹心のベッドフォード侯爵の采配により、まだ教会と積極的に連携した動きはとっていないが、互いに利害は一致しており、双方黙認したまま、それぞれが反ルシアンの言動を繰り返している。
王都レヴフォートは、バーケット元将軍派の防衛軍が優勢であり、本来なら反乱を鎮圧すべき各方面軍も王都に出て来られるだけの余力は無いため、王都に限ればジェラード派優勢である。
しかし、王都防衛軍も備蓄に底が見え始めており、思い切った軍事行動はできない状況にある。
そして、ジェラード派は民衆の支持を高めるため、現体制に批判的と思われる暴徒の取り締まりには消極的である。
そんな中、教会は意気軒昂であり、連日、聖女帰還を訴える集会を開き、原因と責任の追及を叫んでいる。
そして、本来これを取り締まる騎士団も、暴徒鎮圧に忙殺されており、教会を止める余力は無い。
そんな中、ジェラード殿下が動いた。
糾弾のための訴状を持って、ルシアンに会見を申し入れたのだ。
「ここに来てジェラードが動いたか。」
「公式な謁見を申し出ておりますな。」
「しかし、アイツが命の危険も顧みず、そんなことをするとは考えにくいが。」
「そうは言いましても、殿下に手を出せば、完全に我々は大義も支持も失ってしまいます。」
「そこまで計算してのことか。」
「勝算もあると踏んでのことでしょう。」
ルシアンも内心は穏やかでは無い。
王位継承レースこそ、早々に降りてしまった弟だが、慎重で冷静、決して無能だったわけでは無い。
彼は自分より二つ年下だが、逆の立場なら、ジェラードが戴冠していただろうと考えられる。
それだけの相手だからこそ、あれだけの支持者がいる訳だし、何より今はタイミングが悪すぎる。
「だからといって逃げる訳にはいかんな。」
「しかも、対峙するなら早い方が良いでしょう。」
「そうだな。時間が経つほど、こちらに不利だな。では、事務方に日程調整させよ。」
「畏まりました。」
「その間に、各大臣に命じて、想定問答を作成させよ。」
「では、そちらもお任せください。」
こうして、ジェラード側との交渉が行われ、二日後に公式の会談形式で両者は相対することとなった。
決して不仲というほどではなかった両者であるが、ルシアン即位後に会うのは初めてである。
玉座の間には、宰相や各大臣をはじめ、四公爵や行政官など、国の重鎮が揃った。
「ジェラードよ、久しぶりだな。」
「兄上もご健勝そうで何よりでございます。」
「しかし、まさかそなたが私に反旗を翻すとはな。」
「全ては国を憂いてのこと。平にご容赦を。」
「許すかどうかは、そちら次第だな。」
「訴状を持って参りましたので、決別ですかな?」
「では、受けて立とうか。」
対面する二人は、互いを冷ややかな目で睨み合う。まるで観察するかのように。
「ではまず、私ジェラード・ホールディッシュは本日、国王ルシアン・ホールディッシュを糾弾するために登城した。訴状を読み上げるゆえ、よく聞くがよい。」
「うむ。始めよ。」
「今、我がレジアス王国は天候不順による水不足、それに起因する飢餓に見舞われ、都を始めとする全土で餓死者や流民が急増し、治安も著しく悪化している。民も軍兵も疲弊し、経済は崩壊し、国の維持すらままならぬ状況にある。これは、我が国500年の歴史で類を見ない危機的状況であり、それは国王ルシアン即位後に始まったもので、王の失政であることは明らか。そして、その原因は聖女レイア・ハースティングの国外追放であり、その責任の所在も明らか。よって、第33代国王ウォーレスⅡ世が第二王子、ジェラード・ホールディッシュは、第34代国王ルシアンに対してその責任を糾弾し、退位を求めるものである。」
ジェラードの張りのある声が響いた後、しばし沈黙の時間が過ぎる。
「なるほど、書状としてはよく書けているな。それに流して聞く分には理屈が通っているかのように聞こえるな。しかし、いくら文章の体裁を整えても、内容が伴わなければ、一国の国王を退位させるなどということはできんぞ。」
「陛下こそ、それらしいことを返しているかのようですが、苦しそうですぞ。」
「まず、今回の危機については我が国の歴史上、未曾有の規模であるが、これは天変地異によるものである。また、ジェラードは聖女の追放をその原因に挙げているが、聖女と天候不順の因果関係は証明されていない。そして、食糧配給や戒厳令発布、騎士団や軍を動員した治安維持に努めており、王としての責務は十分果たしている。逆に、そなたらは何をしている?民の救済をしているのか?」
「まず、聖女についてであるが、追放後に記録的な日照りを記録し、過去に例の無い凶作に見舞われたことは事実だ。しかも、農地の土壌の劣化も報告されている。これは、豊穣をもたらすとされる聖女の加護の伝承と一致する。そして、国民のほとんどがそれを信じているにもかかわらず、その声を一切聞くこと無く、独断で追放を決めたことで、民の王家に対する怨嗟の声が高まっている。もし仮に、聖女の加護が迷信であったとしても、聖女が追放されていなければ、人心がここまで乱れることは無かったであろう。それは王が判断を誤った結果である。」
「それは単なる結果論だ。後からなら何とでも言える。」
「その結果に対して責任を取るのが王の努め。失政を認め、潔くその座を去るべきかと。」
「確かに、よく口が回るようになったな。しかし、危機に際して適切な策を講じて被害を最小限に抑えてきたことは事実であり、ジェラードには一切の実績はない。今まで何もしてこなかった者に、とやかく言われる筋合いは無い。」
「私は、陛下にできないことができます。」
「ほう?私はそちに劣る部分は無いと自負しているが。」
「聖女レイアを赦免し、我が国に召還させることができます。何なら、正妃に迎え、人心を安定させることもできます。また、諸侯の約半数と多くの将軍、教会の賛同も得られます。今まで何もしていないのと、何もできないのとは違いますぞ。」
「私も若いが、そちはその私より未熟だ。政治はそんなに簡単なものではない。」
「しかし、即位直後に聖女を追放するなどという悪手は打ちませんぞ。」
「悪手かどうかは証明のしようがあるまい。そのような曖昧な理屈は王の立場と権力を揺るがす理由にはならん。」
「国家の危機を招いた上、一切の責任を取ろうとしないのは王として失格では?」
「私は日々職責を果たしている。食料の配給や暴動の鎮圧は、全て私の責任において行っている。そしてそれは、私以外の人間ではこれほど上手くできないかっただろう水準で機能している。」
「この状況で上手く行っていると言える厚顔無恥さだけは、陛下に敵わぬ部分でございます。」
「言いたいことだけは良く分かった。しかし、その訴状、非科学的な根拠に基づく非論理的なものであり、受け取る価値は無い。もっと皆がうなずけるような物ができたら、会見に応じてやる。本日のところは下がれ。」
「逃げるのですかな?」
「私は科学的証明に基づく因果関係が明確な事象については責任を取れるが、神の加護だなんだという迷信に振り回されるつもりはない。そんなものは教会が何とかすべき部分だ。そこが噛み合わない以上、そなたと議論になどならぬ。出直して来い。」
「時間は問題を解決してくれませんぞ、陛下。」
そう言ってジェラードとその一派は謁見場を去る。
ルシアンは、玉座から去りゆく弟の背中を見つめる。
決別などしなければ、よき補佐役になれただろうに、と思いながら。




