農民と飢餓の民
「春になっても十分な雨が降ってくれんのう・・・」
ここはレジアス南部、ダレン近郊の畑である。
特に季候の温暖なこの地では春も早く、3月に入れば種まきが始まるはずなのだが・・・
「土もカラカラじゃからのう。雨が確実に降ってくれると分かっているなら、種を播いてもよいのじゃが。」
「ワシのところも、種芋と麦はこれが最後じゃから、絶対に失敗できん。」
「ワシとこも同じじゃ。しかも、いつもの半分もない。」
「みな、食ってしもうたからのう。」
「野菜の種は少しばかりあるが。」
「しかし、何でこんなことになったのじゃ。」
「そりゃあ、聖女様が国を出たからじゃ。それ以外、考えられんじゃろう。」
「王様は何ということをしてくれたんじゃ。」
「じゃあ、聖女様が戻ってくれば、元の生活になるのか?」
「王様にその気はないみたいじゃぞ。」
「ワシらはどうなってもよいと言うのか?」
「そりゃあ、王様は下々のことなんか、どうでも良いじゃろう。」
「じゃあ、ワシらも王様のことなんてどうでもいいわな。」
「そうじゃそうじゃ。税なんて払わんぞ。」
「じゃあ、野菜だけ真面目に作るか。」
「いや、こんな天気じゃあ、何が育って何が育たんか分からんからのう。できるだけいろんな物を作っといた方がいいじゃろう。」
「そうじゃな。安全に行くほかあるまい。」
そんな彼らの元に、見知らぬ男たちが近づいて来る。
「何じゃ、お前えらは?」
「そこにある食べ物をよこせ。」
「だから誰じゃと聞いておる。」
「誰でもいい。食料をよこせ。」
「これは食料じゃない。これから畑に植える予定の種芋じゃ。」
「嘘をつけ!そうやって百姓は食料を隠し持ち、売り惜しみしているのだろう。その証拠に、我々より血色が良いではないか!」
「ワシらも毎日腹を空かしておるワイ。実ったら売ってやるから帰れ。」
「そんなこと信じられるか!貴重な水だって無駄に土に撒いてるだろう。」
「水がないと作物が育たんだろう。馬鹿なのか?」
ついにとっくみあいが始まる。
農民たちは何とか追い払うことに成功するが、種芋はいくらか強奪されてしまった。
「こりゃあいかんぞ。」
「そうじゃな。こんなことじゃ、種芋を植えても掘り起こされてしまう・・・」
「やっぱり、野菜かのう。」
「収穫前に盗まれるぞ、絶対・・・」
「だからといって植えなければ、ワシらもすぐにアイツらと同じ流民じゃ・・・」
「どうするよ。アイツら強盗と同じじゃ。」
「自警団を組むしかあるまい。」
「ワシらだって、去年の実りが無かったからギリギリじゃというのに。」
このようなことは、特に流民の多い南部で頻発しはじめた。
これを受けて、ダレンの領主であるエルヴィン・チェスター伯爵は流民排除に舵を切り、武力をもって彼らを他領に追い立て始めた。
南部の民にとって流民は「招かれざる客」であり、彼らが南部に押し寄せたからと言って、他の地方から軍備蓄の追加支援がある訳では無い。
どこもそんな余裕がある訳では無いし、既に物流も麻痺状態なのだ。
そして、これはチェスター家だけでなく、流民が多く押し寄せている地域の領主もこの動きに続くだろう。
~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/
「そうか。春になってついに、農作業に文句を言う者まで現れたか。」
「しかも、よりによって南部でございますからな。」
「まあ、既に数え切れない数の流民が押し寄せているだろうからな。さすがのチェスターも堪えきれなかったか。」
「しかし、それがまた、体制批判に繋がります。」
「だからといって、チェスターを罰したら、それこそダレンは無政府状態になるぞ。」
「そうですな。あれでもそこそこ力は持っておりますからな。」
「これ以上、軍の負担を増やす余力はない。各地の領主には踏ん張ってもらわなくてはな。」
「では、チェスターの処分は保留ですな。」
「気に入らん所も多々ある御仁だが、今は仕方あるまい。今ヤツにつむじを曲げられても困るからな。」
「御意。」
「それで、春の農作業はどのような状況だ?」
「北部以外はそろそろ始まる時期でございますが、農民の中にも流民はおりましょう。」
「春を迎えて、多少は元いた土地に戻る動きは無いのか?」
「治安の悪化が著しい都市住民は戻らないかもしれませんな。それに、流民化している農民は、そもそも蓄えの無い者達でございます。戻ったところで・・・」
「ということは、作付面積は昨年より減ると考えた方が良いな。」
「残念ながら。」
「そうか・・・せめて雨が降ってくれれば、危機的な状況からは脱出できようが・・・」
「しかし、昨年と比べても、春の雨は少ないのではないかと・・・」
「天候だけは、人の力でどうにかできるものではないからな。」
ルシアンたちの顔が晴れることは無い・・・




