新たな幕開け
ヴォルクウェインもすっかり春めいて、人々も畑に繰り出して土を起こしている。
既に耕作可能な土地の把握も終わっており、これまで放牧を主体にしていた開拓団も耕作地を広げるようだ。
「さあ、これから活気が出てくるねえ。」
「そうですね。でも、水路や井戸などは計画的に整備しないと、川の無い土地ですからね。」
「レジアスも水路などは多かったの?」
「それが残念なことに、あまり整備が進んでおりませんでした。」
「そうなのか。そうだね。でも、雨に頼りっきりはいけないし、野放図な開拓を防ぐためにも必要な事だね。」
「ところで、新たに開拓した農地はどの領主が管理するのでしょう。」
「ああ、なるほど。そういうことも考える必要があるんだね。ヴォルクウェインは耕作地が小さく、治める旨みのある土地なんてこれまで無かったから、土地は全て王家が管理し、貴族は領地を持ってないんだ。」
「なるほど。そういうことだったのですね。」
「しかし、農地が他国並みに広がるなら、徴税を含めた管理者を置いた方がいいかもね。」
「陛下、それは各貴族の功績や新規農地の広がり具合を見て、数年後を目処に諸侯に示すくらいのスケジュール感でよろしいかと存じます。」
「そうだね。野放図に与えても、彼らだって領地経営は未経験だしね。」
「国境の確定は終わったのでしょうか。」
「既にロナスと交渉しているけど、向こうも突然草が生え始めた土地を欲しがってはいないみたい。まあ、天の気まぐれと考えたか、国境地帯の住民も気味悪がって近付いて来ないみたいだし、幅約50kmの緩衝地帯を残して当国の領土として確定する線で動いているよ。」
「緩衝地帯ができるのですか?」
「我が国が領有を宣言しない土地は、元の荒れ地に戻っていくはずだからね。」
「だといいんですが・・・」
「肝心の聖女様が一番自信なさげだねえ。」
「私にそのような力があるとは思えないのです。」
「きっと聖女リンド様に負けない力があると思いますよ。」
「それで、種まきは大丈夫なのでしょうか。」
「最近、ポルテン港にかなりの食料が入って来ているからね。穀物類については問題ないと思うよ。でもそうだなあ。これを機に、各国の作物を取り入れて、我が国でも栽培できるようにしたいなあ。」
「それは素晴らしいですね。」
「聖女様がいれば、きっと新たな作物であっても育ってくれるはずです。」
「そう上手く行くものでしょうか・・・」
「レジアスは農地の広さもそうですが、その農地が大変肥沃で、他国に比べても収穫量が非常に多いことが知られております。何故そうなのか、という部分は解明されていませんが、きっと、その解明されない部分こそが加護なのだと思います。」
「そうであればよいのですが。」
「まあ、とにかく楽しみな春が来ます。」
「しかし、他にも色々整備しないといけませんからな。」
「そうだね。まず道路がないし、新たに開拓に出る人たちは生活環境から整えないといけないからね。騎士団だけで無く軍も創設するつもりだし、それに水路や井戸、ため池となると、本当に王も臣下も国民も、みんな手が足りない。」
「贅沢な悩みですけどな。」
「でも何だろう、ワクワクしてるんだよね。」
ジュスタールはそう言って、目の前の二人に笑いかける。
摂政は今日も上機嫌だ。
「それもこれも皆、レイア様のお陰でございます。」
「もしそうであればいいなとは、思います。」
「相変わらず謙虚でございますな。それはそうと、挙式まであと1ヶ月でございます。準備の方は抜かりないでしょうな。」
「うん。でもレイア、本当にヤース教会で挙式してもいいの?」
「ガレ枢機卿が良いと申しておりましたし、聖ポルテン教会でも事前にこっそりやるのでよろしいかと。」
「まあ、マクベス大司教はまさかレイアが聖女だとは思いもしないだろうけど、知ったところで聖女の挙式を取り仕切ったとなれば、喜びはしても怒りはしないだろう。」
「とてもビックリなされると思います。」
「肝心の聖女様がこれだもんな。」
三人で笑う、休憩中の執務室。
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「土の具合はどうだい。」
「ああ、とても初めて鍬を入れたとは思えない柔らかさじゃのう。」
ここはポルテン地方最北端、今年初めて耕作する予定の土地である。
「別にこのまま種を播いても構わねえ勢いだな。」
「いや、一応畝は立てろよ・・・」
「しっかしまあ、どこまで続いてんだ、これ?」
「国境までって王様は言ってたみたいだぞ。」
「歩いて何日だ?」
「さあ、一週間か10日くらいじゃねえか?」
「いくら何でももっとあるだろう。」
「それ全部畑になるんかなあ。」
「掘ってみれば分かるよ。」
「でも、ロナスやレジアスはそうなんじゃろ?」
「人ってすげえな。」
「馬鹿言ってねえで、早くやるぞ。」
「雑草さえすき込めば畑ができるなんて、じいちゃん聞いたら笑いながら怒るだろうな。」
「ジェフじいさん頑固だからな。」
「しっかし、こんなワクワクすること、今まで無かったな。」
「いきなり大金持ちになれるかも知れないんだからな。」
ヴォルクウェインの民も、すぐそこまできている春を待ちわびている。




