混乱の予兆
さて、聖女追放から数日。
レジアス王都では徐々に噂として市民に広まり、町はこの噂で持ちきりとなっている。
国を統べる新国王と、長らく信仰の象徴であった聖女の大スキャンダルである。
噂好きの野次馬根性丸出しの軽い口調のものから、国を憂う重いものまで様々であるが、まだ半信半疑といった感じだろうか。
新国王ルシアンは、このような町の喧噪と混乱とは裏腹に、既に通常の公務を始めている。
「では、本年度の予算編成を大幅に見直すことにする。」
「それは、どのような理由でしょう。」
「正直、父はこういったことは野放図であったからな。予算全体を見直し、無駄を省くことが必要だ。そうして捻出した予算は新規事業を立ち上げるとか、備蓄に回すとか、有効に活用せねばならん。」
「具体的にはどこでございましょう。」
「城内の催事、王族への支出、教会に対する支出、公共事業だ。」
「身を切られるのですかな。」
「これほどの贅沢をしなくても死にはせぬ。それに、教会なんぞに金をくれてやるくらいならもっと他にやるべきことがあるだろう。そして、公共事業は不正の温床だ。」
「なるほど、全体にメスを入れるのですな。」
「そうだ。すぐに財務卿、内務卿、宮中伯にこのことを指示し、素案を提出させよ。」
「畏まりました。ところで、やはりあの件はやはり、市民の間で混乱を生じ始めておりますが。」
「そうだろうな。だが、それは想定の内だ。」
「しかし、これからさらに都から国全体に動揺が広がって行く事になりましょう。」
「そうだな。何せこれまでずっと信仰の対象だったものを突然、否定したわけだからな。それで、具体的にはどのような論調か?」
「はい。まだはっきりと論調が定まっている訳では無いと思われますが、主にはやはり聖女が眉唾であったのか、というものと、聖女を追放した王家を非難するもの、聖女を守り切れなかった教会を非難するものに別れているようです。ただし、まだ市民は半信半疑といった雰囲気のようでございます。」
「そうだな。まだ三日かそこらではそうだろうな。よろしい。では、市中の見回りを強化し、扇動あるいは不穏な動きをしている者の取り締まりを強化しろ。」
「畏まりました。」
「それと、軍の出動準備も進めておけ。」
「軍でございますか?」
「不測の事態を想定してのことだ。こういったことは初動が重要だ。最初に最大の力をもって混乱を封じ込める。」
「畏まりました。軍務卿にはそのように伝えておきます。それで、教会はいかがいたしましょう。」
「王家に明確に歯向かうなら容赦しないが、そうでなければ静観し、沈静化を図ると良い。場合によっては共に事態を鎮めることもあり得る。」
「承知仕りました。」
「それと辺境伯の動きはどうだ?」
「はい。既に領地に帰っております。」
「そうか。では、今回の婚約破棄に対する措置はもう少し落ち着いてからにするとして、密偵を領地に潜らせ、動向を把握しておくように。」
「それも宮中伯に指示しておきます。それで、次の婚約についてはいかがなさいますか。」
「もうか?まだ事態が落ち着いてからで良かろう。」
「いえ、国王に婚約者すらいない状況はよろしくございません。」
「しかし、それではあまりに軽薄だ。たとえ相手が罪人とは言え、その者と婚約していた責任は余にもあるぞ。」
「確かに、通常であればある一定期間を設けて次の婚約者を発表するのが常でございますが、まだ陛下が即位して間もないこの時期、婚約者の座を巡って、あるいは陛下を追い落とそうとする不届きな輩が出てこないとも限りません。発表は日を置くとしても、候補者の選定は進めておくべきです。」
「分かった。それはそちに任そう。」
「御意。」
「しかし、突然婚約破棄するような者に、今さら手を挙げる者などおるのか?」
「将来の王妃ともなれば、その座を狙う者はおりましょうし、他国の姫という選択もございます。どうせなら側妃も迎え、諸侯との関係を固めることもお考え下さい。」
「そうだな。どんなに善政に務めても、結果が出るには時間が掛かるし、その政策が劇薬であればあるほど、有力者からの反発は大きい。邪魔されたくも無いし、早く国内を落ち着かせねばならんからな。」
「その通りにございます。」
「分かった。では、側妃も含めて進めてくれ。」
「では、そのように。」
「しかし、余は早く種々の改革に着手したいが、なかなかスタートラインに立てないものだな。」
「こういったことは、いつの間にか立ち、いつの間にか進み始めているものでございます。様々なことが同時に起き、それに対処していくのが常でございます。」
「そういうものか。」
「はい。なかなかパズルのようには行きません。」
「しかし、パズルなのだろう。」
「ええ、その通りでございます。」
「ならば、余の全てをもって、見事に仕上げてみせようぞ。」
「さすがでございます。陛下。」
こうして、彼の治世は始まる。