ジュスタール、急に忙しくなる。
ヴォルクウェインは小国である。
しかも、隣接する北のロナス、西のレジアスとは荒地で、東のシェンドラとは海で隔たっており、あまり魅力ある土地で無かったがために、他国から戦争を仕掛けられることもなく、のんびりと独立を保ってきた国である。
いや、つい先頃まではそうだったのであるが、聖女様が来て以降、あまりに急速な変化が起きており、これまでどおりのんびりしてはいられなくなったのである。
「叔父上、新たな外交方針書はこれでいいかな。」
「はい。まあ、そうは言ってもロナスとレジアスを始めとする各国との関係強化しかありませんので、大変シンプルな内容ではございますが。」
「そうだな。我が国に隣国に対抗しうる国力など無いし、これまでどことも疎遠だったからな。」
「今まではそれで良かった。いや、それゆえ狙われることが無かった訳ですが、北の荒れ地はともかく、西のレッセル荒地まで草が生えている状況では、早急に外交と国防を整える必要がございます。」
「そうだな。隣国との正確な国境線すら決まっていない状態だからな。」
「しかし、ガレ枢機卿の解釈では、豊かに変化した土地が聖女様の加護の及ぶ範囲とのことですので、そこまでが我が国の領土ではないかと。」
「通常、その場合はどこを落とし所とするのだ?」
「いえ、そのような決まりはありません。両国で協議することになりますが、まどろっこしい言い方を抜きにすれば、力の強い方が総取りです。」
「まあ、そうだろうな。しかし、枢機卿の説が正しければ、レッセル荒地をレジアスに渡した途端、あそこは元の荒れ地に戻るのだろう?」
「そうなると、持っている意味は無くなりますな。」
「いっそのこと、レッセル荒地の領有権を放棄すれば、レジアスとの軍事衝突の可能性は未来永劫、無くなるのではないか。」
「それは名案ですな。」
「しかし、レジアスとロナスは対立関係だ。どちらかに付かざるを得ないと思うが。」
「それならレッセル荒地を放棄した上でロナスに付くべきでしょう。そうすれば、ロナスからの軍事的脅威も無くなりますし、レジアスは聖女様の奪還を試みてくる側でしょうから。」
「なるほど、決定的な対立はしないまでも、外交方針としては親ロナスで行くということだな。」
「はい。レッセル荒地の放棄はすぐに宣言するとして、北の荒れ地には早急に開拓団を派遣して占有し、国境確定作業を有利に進めましょう。」
「まあ、国境が決まった途端、ロナス側は元の荒れ地に戻るけどな。」
「そうなれば、将来の領土紛争も起きません。それでも、これまでより緩衝地帯は大幅に狭くなりますので、軍備増強はやむを得ないかと。」
「そうだな。財力も人口も少ない我が国にとっては重い負担だが。」
「これからは小さき国、と言ってばかりはいられません。政治・行政のシステム、法整備など、国の近代化に本腰を入れて取り組む必要がございます。」
「忙しいな・・・」
「今までのように好きな時に街歩き、という訳にはまいりませんぞ。」
「レイア殿との時間が減ってしまう・・・」
「結婚すれば自ずと共に居る時間は増えます。」
「そうか。そうだな。」
「それで、婚礼はいつにいたしましょうか。」
「別に、派手にする必要も無いし、他国の賓客も呼ばなくて良いなら、すぐにでもできるのではないか?」
「陛下、せめて我が息子の婚礼よりは贅を尽くしてくだされ。」
「そうか。でもサルマンは婚約したのか?」
「まだ・・・でございます。」
「どうせ、毎日遊びほうけているのだろう。羨ましい。」
「自由ですな・・・」
「私も自由が欲しいが・・・」
ジュスタールは窓の外を見やる。
元々自由な気風の強い王族である。その例に漏れない彼は、執務の合間に眺める町が好きだ。
そして、最近の町は優しい光に包まれてキラキラと輝いているように見える。
気のせいかも知れないが、そんな些細な変化に目を細める自分がいる。
「私は決して怠惰な訳では無いぞ。」
「ええ、弟君やうちの愚息に比べれば、働き者でございます。」
「では、次は何に手を付けるべきかな。」
「新たな開拓計画と、新たに農地を広げた者の土地所有に関する報告書が参っております。ご決裁を。」
「叔父上、これでどれだけの農地が増えるのだ。」
「昨夏の2割増しです。」
「そんなものなのか?」
「一度にそんなに増えるものではございません。土地を耕し、種を播くのはあくまで人でございます。」
「放牧地は分からないのだな。」
「恐らく、春に生まれた家畜の成育状況次第でしょう。」
「それもそうだな。場所の棲み分けは大丈夫かな。」
「それは実際に入る農民に調整させます。」
「灌漑水路の建設も必要だな。」
「当面は自然降雨と井戸で賄う必要があります。まだ我が国には大規模な公共投資を行う財力がございませんので。」
「分かった。この案でよろしく頼む。それで、これが軍備拡張計画か・・・私にはサッパリだが・・・」
「皆、手探りですが、必要経費から逆算すると現在の倍。一万は必要かと。」
「随分だなあ。大丈夫なのか?」
「当面は税が入った先から消えていく状態が続きます。」
所謂、自転車操業である。
「しかし、忙しいというのは、良いことなのだろうな。」
「はい。聖女様様でございますな。」
「レジアスの王はいつもこれほど忙しいのだろううか。」
「こんなものでは無いと思いますぞ。」
「私にできるかなあ・・・」
そうぼやくジュスタールの顔を、午後の日差しは優しく照らす。




