次の春を待ち焦がれる
寒さもいよいよ本番を迎え始めた12月。
特に今年のレジアスは、春を待望する者が多いだろう。
とにかく、食糧不足は深刻で、既に食品の価格は例年の6倍。
北部の商人などは平気で一つゼロを加えて販売している。
こうなると、貧困層だけでなく、一般の庶民、中流層まで食料の確保に窮する事態に陥る。
また、軍による配給も続いているが、とても国民の腹を満たすことなどできない。
加えて、量の不足だけで無く、品数も日に日に減り続けており、野菜に続いて肉、卵、ミルクなども店で見ることが無くなって久しい。
例年通りの供給があるのは水産業と製塩のみであるが、これらで不足を補うことはとてもできない。
さらに困ったことに、冬になっても例年と異なる異常気象は終わらない。
少ないながらも、雨は一応降っているが、とにかく寒さが尋常では無い。
常春と賞された王都レヴフォートで、連日氷点下を大きく下回る寒さが続いている。
「しかし、今年は寒いな。」
「はい。例年であれば、冬であっても寒さに強い作物なら栽培は可能なのですが、氷点下が続くようではどうにもなりませんな。」
「野菜どころか、肉まで消えたそうだな。」
「追い詰められた者達は、飼料でも食べているようですからな。家畜の数は急速に減っております。」
「飼い葉・・・雨が降らなければ、それもないか・・・」
「深刻なのは軍馬の維持でございます。」
「軍でもどうにもならんか。」
「飼料の備蓄はございませんので。」
「しかし、馬まで消えると物流が途絶えるぞ。」
「今まさに、そうなろうとしております。」
「それでも暴動が起きないのは、さすが我が民だな。」
「他国の例であれば、売り惜しみしている商人に対する焼き討ちがあるようですが、商人も持っていない状況では、それも意味がございません。」
「北部の商人は危ないぞ。」
「焼き討ちは無くとも、街道の治安が悪化すれば、商人の姿は消えてしまうかも知れません。それと・・・」
「何だ。」
「そういった暴動を飛び越えて、ある非突然、王家に対する抗議の暴動が起きる懸念がございます。」
「現在、食料を持っているのは政府だけだからな。」
「その意味でも、他国からの輸入は急がなければなりません。」
「そうだな。幸い予算ならある。多少、足下を見られてでも、他国の食料を買い付けるべきだな。」
「はい。」
「それと、南部はもう少し暖かいのでは無いか?」
「それでも、あまり収穫は期待できないでしょう。」
「これほど春を待ち望んだことは無いな。」
「はい。この寒さが収まることを願うばかりでございます。」
「輸入食料は入って来ているか。」
「はい。商機ですから。既にシェンドラやヴォルクウェイン産の穀物はダレンに入って来ております。しかし、量はやはり期待したほどではございません。」
「問題は船か。」
すると、遠くから甲冑特有の音が近づいて来る。
どうやら急を知らせる伝令のようだ。
「申し上げます、東部アル地方の複数の町で暴動が発生。軍の配給所が襲われたそうでございます。」
「何と、軍に対して暴動を起こしたのかっ!」
「はい。幸い、戒厳令下にあり、軍もそれなりの数が市中で警戒に当たっていたため、大半の備蓄食料は無事でしたが、それでも怪我人多数の模様。」
「まずいな。」
「ええ。治安強化のため、全軍を中規模以上の町に展開しますか。」
「それより、再発防止策はあるか?」
「見せしめのために、東部の配給を中止するか、民の不満を和らげるために、配給量を冬の間増やすかですな。」
「前者では民の反発が強まろう。後者でやむ無しだな。一つの賭けだが、春以降の配給予定分を前倒しで渡すしかないだろう。」
「分かりました。では、5月で当初の配給量を全て出す方向で指示いたします。」
「他国からの輸入を何としても間に合わせよ。それと、ハースティングにロナスからの食料買い付けを命じろ。」
「畏まりました。」
これにより、ルシアンは当初の配給計画を見直し、7月までの配給計画を5月で切り上げる代わりに、前倒しで供給することに決め、即時実行された。
一時的に配給量が増えたことにより、年は越えられるという安心感は醸成されたが、実際は何の保証も無い博打に過ぎない。
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一方、こちらはハースティング辺境伯領・・・
「旦那様、関門前に多くの民が押し寄せているようです。」
「都から避難してきた者たちだろうか。」
「そうですね。老人や女子供もおり、とても商人や旅人には見えません。」
「父上、皆着の身着のままといった風体です。野宿の支度もできていないような者ばかりです。」
「門を開ける訳にはいかんが・・・」
「しかし、この寒さでは死を待つばかりでございます。」
「数はどれほどいる?」
「千は下らないかと・・・」
「取りあえず、通関は認められないから立ち去るように命じよ。心苦しいが、今後もっと増えるであろう。皆の面倒を見ていては共倒れだ。」
「では、そのように伝えます。」
アンドリューは関門に取って返す。
「しかし、着の身着のままとはどういうことだ?」
「一時避難のつもりか、馬を持たないから荷馬車が引けないかのいずれかでしょう。」
「馬・・・そうか、馬も維持するのは大変だからな。」
「それと、街道の治安が急速に悪化し、盗賊なども出没しているようでございます。」
「では、商人たちに注意喚起せよ。元より、自己責任ではあるがな。」
「ええ。安全なのは関門前で商売することでしょうが。」
「まあそうだな。それと至急、北部の諸侯と避難民対策について協議したい旨、各家に伝えてくれ。」
「そうですな。誰かが受け入れた途端、全員で共倒れということもあり得ますな。」
「しかし、流民が出るほどとはな。」
領民では無いとはいえ、民を見捨てる形になるのは、領地を預かる者としては無念なことである。
しかし、北部諸侯の余力では国内はおろか、都の救援すら難しい。
そして、一人認めれば全員認めざるを得ない。
領民を優先せざるを得ないエリオットとしては、こういう非情な決断を取らざるを得ない。
彼は拳を握りしめながら立ち上がり、窓の外に聳えるデリラの高嶺を見やる。
「これほど春の到来を願ったことなど無いな・・・」




