厳しい冬
季節は冬を迎えた。
食糧事情は深刻さを増し、配給以外の供給はほとんど見られなくなったし、店先からも食べ物の姿は消えた。
農村部ではまだ蓄えがあるだろうが、そもそも農民自身が作物を現金に換える行為を止めてしまったに等しい状況なのだ。
そんな中、直接の餓死者こそ出ていないが、貧困層を中心に病気による死者が急増しているようだ。
庶民の栄養状態は深刻なレベルになっているだろうし、風邪などの疾病も増える時期だ。
また、都だけでは無く、各都市でも毎日のように配給支援拡大を要求するデモが行われているが、幸いな事に、まだ暴動に至ったという報告は入っていない。
そもそもが、これまで政情と人心が非常に安定した模範国家だったのだ。
人々は温厚かつのんびりした気風を持っており、社会を安定的に維持しようとする力が自然と働く国民性なのだろう。
しかし、これがいつまでも続くとは限らない。
追い詰められた人が起こすのは理性ではなく本能的な行動だからだ。
そんな中で、寒さは日々厳しさを増し、腹は満たされず、暗鬱たる空気は日を追って濃くなっていく。
「戒厳令を発令して半年が過ぎたか。」
「しかし、夜間外出禁止令が出されていて本当に良かったです。」
「ああ。そうでなければ都の治安は既に崩壊していたな。」
「皆、よく耐えてくれております。」
「最近は少し雨も降るようになってきたからな。」
「まだ、川も井戸も水位が回復するほどではございませんが、雨が降っているということが、どれほど民に希望を与えているか、ですな。」
「全くもってそのとおりだ。まだ砂地に水を撒く程度だが、それでも大きな違いだ。」
「最近は桶や樽がよく売れているようで。」
「城内でも雨水を溜めているな。」
「はい。沸かせば何とか使えますので。」
ルシアンは窓の外を眺める。
二日前にも雨は降ったが、今日は冬晴れである。
「しかし、食糧事情は悪化の一途だな。」
「はい。冬は耕作ができませんので、ひたすら我慢でございます。」
「北からは僅かに食料が供給されるようになったが、商人が儲けるばかりだ。」
「元々、北は山がちで穀倉地帯ではありませんので。」
「他国からの輸入は目処が立たぬか。」
「どこも売ってはくれますが、元々我が国より食料価格が高かった国ばかりでございます。その上、足下を見られるとあっては、かなり財政的にも苦しいですな。それに加えて長距離輸送を余儀なくされますので、実際、どれくらい状況の改善に寄与するかは分かりません。」
「ジッダル王国の状況はどうだ。」
「あの国もベレル川の水位が著しく下がった影響で、深刻な水不足に見舞われております。」
「そうか。ベレルも本流支流を問わず、ほとんどが我が国を流れている訳だからな。」
「はい。その影響で、彼の国も当てにならないどころか、弱体化の懸念まである始末。」
「ジッダルがある程度弱ってくれるのはありがたいが、異民族に対する防波堤の役割まで喪失してしまうのは困るな。」
「その通りでございます。」
「ヴォルクウェインはどうだ?」
「収穫は例年より若干良かった程度で、我が国の民の腹の足しになるほどの助けにはならないだろうとのことでございます。」
「聖女がいても、その程度の違いしか無いのか?」
「報告によると、彼の王家は聖女の所在を把握していないようですな。」
「まあ、ヤースの民だからな。それで、他の国も似たような状況か?」
「はい。どこも輸出そのものはしてもらえるのですが、ロナスを避けるなら海路しかないのが足枷になりますな。」
「輸送用の船が必要か。」
「はい。しかし、すぐにできるものでもございませんので。」
「船の建造を急がせろ。」
「畏まりました。」
そうこうしているうちに、側仕えの者が茶を運んできた。
これも、最近まで一時的に飲むのを控えていたものである。
「やはり、茶を飲むとほっとするな。」
「ええ。水の有り難さを実感しますな。」
「そう言えば、婚約者の件はどうなっている。」
「はい。ナターシャ様につきましては、サリー王家の承諾を取り付けました。公表はいつでも可能ですが、戒厳令発令中は好ましくないでしょう。」
「それは他のご令嬢も同じだな。」
「はい。このため、婚儀は遅れることが予想されます。」
「そうだな。本格的に飢饉の影響を脱するのは、来年の夏以降だろうからな。」
「ええ。それから急いでも婚礼の儀は再来年の春以降かと。」
「一年半先か。前回の婚約破棄を考えれば、良い頃合いではないか?」
「ええ。私もそのように考えます。」
「それでは、その線で進めよ。」




