船出
「この船ですね。」
ここは、レジアス南部の町ダレンの港。隣国への玄関口である。
そして目の前に停泊するのが隣国ヴォルクウェインを結ぶ定期貨客船である。
船そのものは大きいが、両国間の貿易はそれほど盛んな訳ではなく、この船を含めて4隻しか就航していない。
つまりは、その程度の繋がりしか両国間には無いのである。
「はい。ここから先はレジアスではございません。歴代聖女でこの国を出るのはレイア様が初めてとなります。」
「そうですか。国を追われ、二度と故国の土を踏むことは無いかもしれませんが、新たな船出には違いありませんね。」
「何とも嘆かわしいことです。」
「さあレイア様、騒ぎになってはいけませんので、早く乗ってしまいましょう。」
「そうですね。名残を惜しんでいる場合ではございませんね。」
彼女たちは足早にタラップを上り、船室に入る。
平服の彼女たちに気付く者も見送りもいない、寂しい出港である。
「これで一先ず安心でございます。」
「ヴォルクウェインまでどのくらいかかるのでしょう?」
「一週間ほどと聞いております。」
「そうですか。長い船旅になりますね。」
「舫いが解かれたようです。出港ですね。」
「あっ、あそこに騎士がいるわね。本当に最後まで見張ってたのね。」
「ベティ、あの方も任務だったのですから、致し方ございませんのよ。」
「分かってますけど、あんなのが見送りなんて・・・」
「確かに、あまりに冷たいと言えば、そう感じますね。」
「みんな、大丈夫だったのでしょうか・・・」
「教会なら心配要りません。お父上たちにつきましては、追って知らせがまいる手筈となっております。」
「反逆者の一族となってしまった訳ですから。我が事を心配してはいけないと分かってはいても、心配です。」
「きっと大丈夫ですよ。」
「そうです。レイア様だって追放処分なのですから、ご家族は罪があったとしても、もっと軽いはずです。」
「それに、ハースティング家は、ロナス王国に対する防衛を担う、国内随一の戦力を持っている家でございます。王とて、そう簡単に手出しはできないでしょう。」
「冷静に対処してくだされば良いのですが・・・」
「動き出しました。」
船はゆっくり岸を離れる。
「少し、外に出てみますか?」
「よろしいのでしょうか。」
「はい。乗客も少ないようですし、聖女様のお顔を知る者などいないと思います。」
「みんな、まだ騒ぎを知らないようですし、船の中なら追って情報が入ることはないですよ。」
「では、そうしましょうか。」
三人は甲板に上がり、遠ざかっていくダレンの港を眺める。
海も空も明るく、出港時特有の船乗りたちの喧噪と、カモメの鳴き声が響く中、彼女たちの心だけは落ち着いている。
「もう、あんなに遠くに・・・」
「そうですね。ダレンの教会もあんなに小さくなってしまいましたね。」
「何だか不思議な面持ちです。皆さん、いつもの日常なのに、私たちだけ、全く別の入れ物に入れられてしまったような・・・」
「確かにそうですね。でも、私たちもこれから、新たな日常を造り、その中で生きていかねばなりません。お気を強くお持ちいただければと思います。」
「ありがとうございます。私が弱気になってはいけませんね。」
「はい。せっかく無事に出国できたのですから、これからのことを考えねばなりませんよ。」
「はい。」
「差し当たっては、ポルテンの港に到着後、当地の教会に身を寄せることになります。」
「私たちがお邪魔して大丈夫なのでしょうか。」
「ええ、さすがに先方も驚くとは思いますが、聖女様を蔑ろにはできません。」
「みなさんには大変なご迷惑をおかけしてしまいますね。」
「そうですね。でも同時に、聖女様をお迎えすることは、大変な名誉でもございます。」
「そうです、レイア様。何と言っても教会の象徴なのですから。」
「偽物と言われた私ですが、大丈夫でしょうか?」
「あれは国王陛下個人のお考えでございます。私たちは誰一人、レイア様のお力を疑ったことなどございません。」
「ありがとうございます。私には、祈ることしか出来ませんが、精一杯務めさせていただきます。」
「ええ、明日の希望は失わないで下さい。全ての信徒のためにも・・・」
「はい。エルマー様、ベティ、本当にありがとうございます。」
いつしか船は沖合に出て進路を東に、そして風に乗りスピードを上げていた。
そして太陽は彼女たちを強く見つめる・・・