辺境伯の逡巡
さて、ルシアンが使者を派遣したのは東だけではない。北にも派遣している。
そう、辺境伯エリオット・ハースティングとの交渉である。
こちらは関門を通過するだけでも困難を極めた。
エリオットの怒りと苛立ちは、ただ謝罪が無いことだけではない。
王家の図々しさに辟易していた部分も、王家の要求してくる内容の予測も、そして、それが領民生活に与える影響も加味されたものである。
一週間近く通す通さないの押し問答を経て、ようやくこの日、使者との会談が行われる。
使者は内務卿デニス・ダナーである。
「辺境伯よ、そなたの怒りはもっともだが、少々不敬が過ぎるのではないか?」
「別にこちらが招いたわけでは無いぞ。伯爵。」
「今日は内務卿として来ている。」
「内務卿にとやかく言われるような領地経営はしておらんが?」
「なあエリオット卿、そろそろ曲げたつむじを元に戻したらどうだ?」
「そなたが娘を国外追放したら考えよう。」
「私も個人としては十分分かっている。しかし、今は危急の時。国を想う気持ちはお互い同じだろう。」
「デニス卿よ。」
「内務卿だ。」
「お主も頑固だな。かつての幼なじみ相手なら話をしてやっても良いのだが。」
「公務で来ている以上、私は大臣だ。」
「お前こそ相変わらずだな。」
そう、エリオットが閉ざしている関門の南側は、ダナー伯爵領である。
隣領の次期当主ということで、幼い頃から交流のあった二人である。
「私で無ければ、関門で追い払われた時点で処分ものだぞ。」
「お前で無ければすぐに都に帰ってくれていただろうに。」
「残念だったな。自邸が近かったから、何日門前払いをくらっても支障無かったぞ。」
「それで?内務卿として来たというなら私に諌言するために来た訳ではあるまい。」
「お主も知ってのとおり、国内は今、未曾有の食糧危機に喘いでいる。」
「ああ知っている。しかし、山がちな北部に国を救う余力が無いこともまた、知っているだろう?」
「もちろんだ。しかし、この街の民と都の民を比べるまでも無い。それほど状況は逼迫している。」
内務卿はこの年齢で大臣の職に就いているほどだ。
決して無能などではない。
「しかし、内務卿は中央官僚。それがしは地方領主だ。それがしが優先すべきは我が領民。これを譲ることはできん。」
「そこを何とかできないか。少しでいい。このままでは暴動に発展する。」
「我が娘を追い出さなければ良かったのにな。全くもって余計な苦労だ。」
「それを言うな。結果論だ。」
「娘の国外追放を結果論で片付けられたくは無いがな。」
「申し訳ない。しかし、今は他に頼るところがない。」
「陛下がまず範を示すか、責任を取るべきだな。私から言えるのはそれだけだ。」
「たとえそうであったとしても、今日明日飢える民にとって必要なのはそこでは無いだろう。」
「それは貴殿らの仕事であり責任じゃないのか?こんな冷たいことを言うのは本意ではないが、原因は明らかだ。こちらに転嫁されても困るぞ、内務卿。」
「だからこうして来ている。少しは出せるだろう。」
「ここから街道を北に行けばロナス王国がある。そこなら売るほど食料があると思うぞ。」
「ロナスが助けてくれると思うか?」
「それこそ中央政府の出番だぞ。それに隣国との関係改善や中継地としての交易など、我が領にもメリットがあるしな。」
「分かった。それも努力しよう。しかし、一義的には国内問題だ。」
「いろいろ大変だな。」
「他人事みたいに言うな。」
「内務卿に対しては、そう言うほかあるまい。」
「そうだな。しかし、無理なのか?」
「足りない訳ではないが、出せると胸を張れるほどの余裕は無い。これは内務卿なら職務上知っているはずだ。」
「それでいい。」
エリオットは考える。
この地の冬は厳しい。自領の民を飢えさせないための蓄えは必要だし、国内が不安定化すると必ずロナスは軍事的な圧力を強める。
領兵を動かすのであれば、その分余計に食料は必要だ。
「やはり、余力はほとんど無いと言わざるを得んが、商人が都で商売する分には構わんだろう。」
「関門を開けてくれるのか?」
「関門は陛下への抗議の意味で閉ざしているものだ。解決しない限り開けぬ。あくまでカーク子爵領を通じてだ。」
「しかし、商人への販売を再開してくれるのは有り難い。」
「ただし、高く付くと思うぞ。」
「商機だからな。」
エリオットも、都との往来を禁止したことで各方面から非難されてはいるのだが、それは言わない。
そうして内務卿は都に帰還する。




