レジアスからの使者
「お目通りが叶い、大変嬉しゅう存じます。それがし、外務卿を努めますマーク・フィッシャー。伯爵位を賜る者です。」
「遠路大儀であるな。ジュスタールだ。」
今夜は急遽晩餐である。
事前の使者や事務方の協議無しに突然、外務大臣が訪れるというのは外交儀礼上、大変非礼に当たるところだが、残念ながらレジアスとヴォルクウェインでは格が違う。
向こうもそれは承知の上で、伯爵なのに随分堂々としている。
「急なことで、晩餐といっても簡素なものしか用意はできぬが、ご容赦願いたい。」
「いえ、こちらこそ急に来たのは事実。非礼を詫びる。」
「では、小さき国ゆえ、十分なもてなしとはいかないとは思うが、ごゆるりとされるがよかろう。では、両国の発展を祈念して、乾杯。」
ジュスタールはさっさと食事を始める。
もちろん意趣返しの意味もあるが、何よりこちらの益になる話をわざわざ向こうから持ってくるはずがない。この場に限っては、口は災いしかもたらさないのである。
「・・・それで国王陛下、この度の訪問の趣旨でありますが。」
「そうよのう。何かご用の件があれば聞こうか。」
「既にご承知かとは思いますが、我が国は今年、未曾有の不作に見舞われ、いささか食料の不足が予想されておりましてな。それで念のため食料の確保に努めているところでな。」
「そうですか。それにしても、聖女の国で不作とは。」
「ええ。緊急というほどではないにせよ、我々も初めての経験なれば、念のため確保に尽力しているところでございます。」
「そうですか。それは大変ですなあ。」
「貴国では秋の実りはいかがでしたかな?」
「ええ。例年よりは若干良かったようですな。しかし我が国は小さき国ゆえ、余力があるかと言えば、それほどでもございませんが。」
本来、貿易などは商人に任せておけばいい。各国を跨ぐ商業ギルドがあるくらい、彼らに力はあるのだ。それを政府高官自ら、こんな小国に赴くこと自体、苦しい内情をさらけ出しているようなものである。
「そうですか。こちらに支援する余力はあまりないとおっしゃられますか。」
「船が僅かばかりの食料を運ぶ程度では、焼け石に水でしょうな。それに商機なら商人が自主的に動くでしょう。」
「それは確かにごもっとも。」
吹けば飛ぶような小国が、大陸を代表する大国を支援なんてできる訳が無い。
商人に任せておけば莫大な利益とそれに伴う税収があるのだ。
「まあ、商人に声を掛けることくらいはやぶさかではないが、当国の力は貴殿もよく承知のはず。」
「もちろん。念のためでございます。」
「そうですか。お役に立てず何と言って良いものか。」
「いえ。それには及びません。ところで、聖女はいずこに?」
「聖女? ああ、聖教の聖女ですか。さあ・・・何かございましたかな?」
「いえ、我が国の聖女が貴国行きの船にて出国したことは分かっておりますので、その後どうなったかと思いまして。」
「余は敬虔なるヤースの信徒。聖教の聖女などあずかり知らぬ事。」
「それは失礼をば。」
「それで、貴殿はこれからいかがされるご予定か?」
「そうですな。これから海路にて、さらに東のシェンドラ、サリーに向かおうと考えております。」
「そうですか。しかし、海路はシェンドラも脆弱。実際の輸送はロナス経由の陸路になりますな。」
「そこが懸念材料ですな。ロナスが素直に応じるか。」
「いっそのこと、ロナスから輸入するのはいかがか?」
「潜在的な敵国を利するのは考えものですな。」
「そうですか。では、幸運を。いや、私が祈るのはヤースの神ですがよろしいですかな。」
「ええ。」
「では、お祈りしております。こちらに滞在中は東別館に部屋を用意するので、そちらで寛いでいただきたい。」
「貴賓用の客間ではないと?」
「申し訳ないが、客間は改装中でな。先触れがあったならスケジュールを調整したのだが。」
決して嘘ではない。レイアのために壁紙を貼り替え、家具を新調した。
本当のところは、彼女には後宮に入ってもらいたかったが、さすがにまだ婚礼前なので、貴賓室とあいなった。そして、彼らとレイアを会わせる訳にはいかない。
大国の外交使節団に対する応対としては異例であるが、向こうも強くは出てこられないと踏んで強気に出る。
何せ、海上輸送であれば、中継地となるヴォルクウェインの協力は不可欠なのだ。
ジュスタールは相手の足下を探った。そして、フィッシャー外相は足下を見られた。
ただそれだけのことである。
結局、正式な謁見は行われることなく、二日ほど滞在して彼らは次の目的地であるシェンドラに船で向かった。




