秋は深まり・・・
「どうですかな聖女様、城での暮らしは。」
「はい。大変立派で、その、畏れ多いことと存じます。」
「そんなに畏まらないで欲しい。その、こ、婚約者なのですから。」
ヴォルクウェイン城の食卓には豪華な食事が並ぶ。
いかに小国とは言え、ここは王城である。
長らく教会暮らしをしてきたレイアにとっては、とても豪勢な食卓である。
「はい。堅苦しくて大変申し訳ございません。その、こういうことに慣れておりませんので・・・」
「ルシアン陛下とは、こういった機会はあまりなかったのでしょうか?」
「はい。婚約期間こそ10年近くございましたが、共にお食事など数えるほどでございました。特に、先代の陛下が床に伏されてからは一度も・・・」
「私は毎日お願いしたいのですが。」
「はい。緊張はいたしますが、とても嬉しく思います。」
「それで、不便など掛けてはいませんか?」
「はい。本当にこんな快適な暮らしで良いのかというほど、皆様に良くしていただいておりますし、教会にも毎日通えております。むしろ、私の朝が早いばかりに、世話役の方々にご無理をさせて、申し訳なく思うばかりでございます。」
「気になさる必要はありません。彼らも元々早起きが仕事ですから。」
「ありがとうございます。陛下。」
「う~ん、何だろう。やっぱり固いよね。」
「申し訳ございません。私はいつもそう言われます。」
「いや、無理はしなくていいんだ。本来はとても良いことだから。でも、できればジュスタールと呼んで欲しい。」
「あの、では、私もレイアとお呼びいただければ。」
「照れるね。」
「はい。」
「ウウンッ!」
「これは叔父上、随分と大きな咳払いで。」
「仲睦まじくて大変よろしいかとは存じますが、陛下がオドオドしていると、聖女様が不安に感じられるのではないでしょうか。」
「そうは言うが、私だって女性とお付き合いするのは初めてなのだ。少しくらい、お手柔らかに見てくれてもいいだろう。」
「その、陛下は過去にお付き合いした女性はおられなかったのでしょうか。」
「うん、まあ・・・」
「ご覧の通り、大変ヘタレでございます。これまで数多のご令嬢を紹介しましたが、今回やっとお付き合いする気になっていただけました。聖女様には感謝の気持ちで一杯でございます。」
「そうなのですね。こんな私ですが、よろしくお願いします。」
「私の方こそ、至らぬことばかりとは思うが、よろしく頼みます。」
「まあ、初々しくて良い事とは思いますが・・・」
「そ、それで、食事の方はどうだろうか。レジアスとは多少、食べ物も違うが。」
「はい。大変美味しくいただいております。」
「それなら良かった。どうしてもレジアスの宮廷料理に比べれば、見劣りするだろうから、不満が無いか、心配しておったのだ。」
「そのようなことはございません。どれも大変手の込んだ素晴らしいお料理かと。」
「特に今年は作物の出来映えも良かったし、肉も魚も良い物がたくさん取れていると聞いている。きっとこれも、聖女様のご加護のおかげだと思う。」
「ありがとうございます。そうであることを願っております。」
「ところでその、レイア殿、と、お呼びしても?」
「はい・・・ジュスタール様・・・」
「叔父上、そんな顔するな。」
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「まだ本格的な雨は降らぬか・・・」
「はい、先週僅かに降雨がございましたが、その後はまた晴天続きでございます。」
そう、ここレジアスの王都レヴフォートでは、先週お湿り程度の雨が降り、皆で喜んだのも束の間、それをあざ笑うかのように、翌日からは無情の快晴が続いている。
「秋の種まきは進んでいるだろうか?」
「恐らく皆、雨を待って行うのではないでしょうか。」
「そうか。それと外は随分埃っぽいようだな。」
「はい。乾燥もここに極まれり、といった感じですな。」
「このままでは、ロットホック川が干上がるのも時間の問題だ。」
「もう川の水も飲用には不適なほど、水質が悪化しております。」
「井戸に頼るほかないが。」
「はい。王城の井戸はかなり深いため、まだ何とか大丈夫でございますが、庶民の家などは相当困っていることでございましょう。」
「ダレンなどはどうだ?」
「彼の地も状況は深刻です。」
「国内は全てそうなのだろうな。」
「いえ、デリア山脈沿いは、例年と同じような状況だと聞いております。」
「それで、辺境伯から返答は来たか。」
「いえ、まだでございます。」
「意趣返しか?」
「それ以前に、伯の怒りは相当なものかと存じます。」
「辺境伯以外の北部諸侯からの援助は期待できそうか?」
「少しは可能かと思いますが、あそこは辺境伯家の分家も少なからずおりますし、全国民の飢えを何とかできるほどの余力も無いでしょう。」
「エリオットを放置したのは失敗だったか・・・」
「いかがいたしましょう。」
「余が自ら出るしかないか。」
「しかし、使者が領内に入ることさえ拒否されている状況では、望みはございますまい。」
「誰か使者に適任の者はいないか?」
「公爵かジェラード殿下クラスの者なら、あるいは・・・」
「公爵に頼むとしよう。」
こうして、親ルシアン派の重鎮、モーガン・アーヴィング公爵が辺境伯領に派遣されることとなった。




