交錯する思惑
さて、ここはレジアス王宮内の広間。
今日はここで国王、宰相と四公爵家による重臣会議が開催される。
前回の会議から約半年。
丁度良い頃合いと言えばそうだが、何も無ければ開催されないこともある。
今回は、各公爵家からの強い要請があって開かれるものだ。
「まずは会議に先立ち、皇女リデリア殿下が当家の嫡孫と婚約に至りましたこと、とてもありがたく、光栄に存じております。ルシアン国王陛下には感謝の念に堪えません。」
「ステュアート卿、こちらこそ大変目出度いことと喜んでいる。王家とシンクレア家の繋がりが強まることで、国はより安定する。これからもそちらの働き、期待しておるぞ。」
「まことに勿体なきお言葉に存じます。」
ステュアート・シンクレアの表情は読み取りにくい。
現状では国王派、王弟派のいずれに属すにしても、リデリアとの婚約は好都合なので、機嫌が良いようにも思えるし、同時に、何もこの時期でなくても、といった有り難迷惑な表情にも見える。
「では、本日の議題でございますが。」
「もちろん、今年の実りについてですな。」
「そうですな。他にも色々ございますが、まずはそれからでしょうな。」
「既に聖女様の国外追放について、王家に対する批難の声も聞かれますが。」
「まあまあグレッグ殿。まずは凶作に対する策が優先議題でございましょう。」
「それで、現在行っている対策については、いかがでしょうかな。」
「既に軍糧食の供出を始めており、商人の売り惜しみについても在庫を把握し、取り締まりを強化している。また、ロナスやサリーなどからの緊急輸入についても話を進めている。」
「それで、食料不安は解消されるのですかな?」
「残念ながら、次の夏までは厳しい状況が続くことになる。しかし、何とか持ちこたえるだけの食料は供給できる見込みだ。」
「他国は食料を輸出してくれるのですかな?」
「それは未定だ。しかし、それを除いても来年夏までは何とかする。」
「我が国の混乱は他国にとっては好機ですぞ。」
「しかも我が国は、ジッダルやロナスと必ずしも良い関係ではない。」
「軍糧食が足りなければ、いざという時戦えないのでは?」
「だからといって、民を飢えさせる訳にはいかないだろう。」
「おっしゃるとおりではございますが、そもそもジッダルやロナスは敵国。それも我が国に対する謂われ無き嫉みがその根底にございます。」
「本格的に攻めてこないまでも、こちらの対処能力を推し量る動きは見せてくるでしょうな。」
「即位間もない陛下にとっては、それだけで大きな失点でございますぞ。」
「そもそも聖女様を追放などしなければ、たとえ凶作であったとしても、民がこれほど動揺することは無かっただろう。」
「今は、その話をしている訳では無いだろう!」
「まあまあ陛下。差し当たっては、足りない食料をいかに確保するかが急務でございます。」
「足りないのは麦や芋だけではございませんぞ。」
「肉や野菜は他国から輸入する訳にはいきませんからな。」
「しかも北部街道はハースティングが封鎖していて機能不全でございます。ここは、辺境伯家との関係修復が必要かと存じます。」
「謝罪せよと?」
「ハースティングが面目を潰され、抗議の意志を示し続けていることは事実。聖女の真贋とは別に、辺境伯家の受けた損害と汚名に対する謝罪と補償は婚約を破棄した側として、誠意を持って行うべきではございませんか。」
「そうですな。聞けば北部の状況はそれほど悪くないと聞きます。国が一丸となるべき時に、陛下がそう頑なになってはなりませんぞ。」
「そうだな。謝罪の言葉は慎重に選ぶ必要があるが、確かに騎士の忠誠を蔑ろにしたことについては、謝罪しよう。」
「それでこそ陛下でございます。」
「さて、聖女様についてはいかがなされるおつもりですかな?」
「聖女は関係無い。」
「しかし、教会や信徒はそう考えてはおりますまい。偶然にしては出来すぎたタイミングの凶作ですからな。」
「そうじゃ。まるで見計らったかのようにパタリと雨が降らなくなった。あまりに分かりやすい。」
「人心を安定させないと、食糧不足に輪を掛けて社会が不安定化しますからな。いかにして彼らを納得させるか。」
「とにかく、聖女不在と日照りには何の因果関係も無い。たまたま時期が重なっただけだ。社会の不安を煽るものは住民扇動の罪で裁かなければならない。」
「それで、民が納得しますかな?」
「不安を煽る者さえいなくなれば、人心は安定する。」
「そうですかな?」
「最低限の食糧供給は行うのだ。皆が少しづつ我慢し、一丸となって乗り切る機運を醸成することだ。」
「ところで、他の施策について、進捗はいかがですかな?」
「ああ、築堤は取りやめ、ため池や灌漑水路の建設に変更するように指示している。商業ギルドや地主改革については、できる状況に無い。」
「結局、陛下が即位してから政治が滞っておりますな。」
「グレッグ卿、何が言いたいのだ?」
「いいえ。名君の器と言われた陛下らしくないなと思ったまでのこと。」
「まあまあグレッグ卿。食料は最低限供給すると陛下もおっしゃられておる。差し当たっては、様子を見て、知恵を出し合うしかあるまい。」
「そうですな。では、施策の効果がありますことを、お祈りいたしまするぞ。」
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「クソッ!グレッグめ、言いたい放題言いおって・・・」
「陛下、今回ばかりは致し方ございません。緊急対策を打って間もない訳ですし、会議開催のタイミングが悪うございました。」
「一度自分でやってみると良いのだ。」
「いいえ。それはなりませんぞ。かつて諸侯を政治に参画させたことで宮中が乱れ、それを解決するために、王権の強化を長い年月掛けて進めた結果が今の体制でございます。」
「分かっておる。しかし、大した手腕も持ち合わせていないくせに、揚げ足取りばかりしおって・・・」
「お怒りはごもっともでございますが、ここは忍耐こそ必要でございますぞ。民に忍耐を強いるのであればなおさら。」
「分かっておる。」
「それで、辺境伯への謝罪はいかがいたしましょう。」
「何にしても使者を送り、事前調整が必要だ。」
「場所は宮廷内で行いますか?」
「広く知らしめるには、そうするべきだろう。」
「畏まりました。使いの者を派遣することとしましょう。」
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「旦那様、王宮から使いの者が参ったとの連絡がございました。」
ここは辺境伯家の城内。
執事長のチャーリー・ダウニング、当主のエリオット、息子のアンドリューがいる。
「関所に止めておるか?」
「はい。」
「ならば、そのまま待たせておけ。そのうち察して帰るであろう。」
「交渉は行わないと?」
「交渉する意味が無いからな。レイアの国外追放措置の解除と名誉回復、身の安全の保証が最低条件だが、今の陛下にそれを飲む用意など無いだろうし、形だけの謝罪なら受けるつもりはない。」
「畏まりました。」
「しかし、困ってから仕方無くする謝罪は、受ける気も失せますね。」
「全くだ。何を今さら、といった感想しか出てこんな。」
「教会からも使いが何度も来ているようですが。」
「ええ、全て門前払いしております。」
「それで良い。静観を保つことが今は一番正しい。」
未曾有の危機に際し、それぞれの思惑が交錯する。
それは教会も同じである・・・




