王国と聖女について
レジアス王国は、大陸の南西部に位置する有数の大国である。
この国は「聖女の国」と呼ばれており、初代国王カーディンが初代聖女であるリンドとともにこの地に降り立ち、以来500年余りに亘って繁栄を続けてきた。
季候は温暖で土地は肥沃。隣国と幾度か戦争になったことはあったものの、一貫して発展を続け、人心も政情も非常に安定した模範的な国家である。
首都は、国にほぼ中央にある人口約20万の町、レヴフォート。
そして国内にいくつかの大都市を持つ。
また国内は、首都のある中部セントラルワース地方を中心に北部ディエル地方、南部ハンティット地方、東部アル地方、西部ローウェン地方と大きく5つの地方に分かれており、それぞれに中心的な都市があり、街道も整備されている。
現国王はルシアン・ホールディッシュ。弱冠18才の若き王である。
先代王ハワード2世が急逝したため、第一王子であった彼が後を継いだものである。
ちなみに、第二王子ジェラードと第一王女リデリアという二人の直系王族がいる。
次に王国周辺の状況であるが、3つの国と国境を接している。
まず、東に隣接しているのがヴォルクウェイン王国である。
ただし、両国の国境付近はレッセル荒地という不毛な大地が広がっており、領国を陸路で繋ぐルートは存在しない。
移動は、レジアス南部の港町ダレンと、ヴォルクウェインの首都ポルテンを結ぶ海路のみである。
北に隣接するのが、レジアスと並ぶ大国であるロナス王国である。
この国とは過去、幾度となく戦をした強力なライバルである。国境のほとんどは北に聳えるデリラ山脈によって隔てられており、街道は北部ハースティング辺境伯領を通る一つだけである。
西に隣接しているのがジッダル王国で、国境はベレル川で隔てられている。
この国は、この河川沿いを除くと降水が少なく、国土は広いがほとんどは荒涼とした平原が占める。
当然、都は川を挟んだ対岸にあり、和平と対立を繰り返している。
特に西方の異民族による影響を強く受け、両国で共に戦ったり、異民族と手を結んだ隣国と戦うはめになったりと、何かと厄介な存在でもある。
さて、レイア・ハースティングが籍を置く聖教であるが、別名を聖女教とも言われる比較的新しい宗教である。
初代聖女リンドに端を発する宗教であり、周辺国にも影響を及ぼしてはいるものの、信徒のほとんどはレジアス国民である。
このため、総本山もセントラルワース大聖堂なのである。
聖教は男女一組の神を最高神として崇めており、男性が太陽神、女性が豊穣神である。
太陽は、毎日天から光を与え、女神は聖女を依り代に豊穣をもたらすとされており、聖女が朝日に向かって祈るのは日課である。
聖女は当代に一人であり、空白期間はあっても同時に二人存在したことはない。
つまり、聖女がレジアス王国以外に存在したことは無いのである。
このため、この宗教はほぼレジアス限定といっても良い状況になっているが、枢機卿はロナス、ヴォルクウェイン、ジッダルにもいて、それぞれの都には教会もある。
また、聖女の特徴として、彼女らは身分年齢を問わず、突然その力に目覚めるため、その認定は困難を極める。
認定は各地の教会に設置された水晶玉で確認できるものの、聖女が亡くなる度に、国内の全女性を調べることになるのである。空白期間の多くも、それが原因で生じたものである。
その他、初代聖女以来の伝統により、彼女たちは身分を問わず王家に嫁ぐことが慣例となっており、先代の聖女も先々代の王妃であった。一部の例外はあるが、おおむねそのような高い身分に属すことになる。
今代の聖女は、北部ハースティング辺境伯家の長女レイアであった。
彼女は6才で覚醒が確認され、先代聖女から8年の空白を経て聖女となり、つい先日までこの国の第一王子と婚約していたのである。
最後に、王家と教会の関係であるが、これはある種の緊張関係にあるといってよい。
初代聖女リンドは様々な奇跡を起こしたと伝えられ、この国の繁栄の基礎を築いた伝説上の人物である。
これを神格化して崇める者が出てくるのは当然のことで、王家にとってもそれは決して悪い事ではない。初代王妃が崇められるのと同じだからである。
しかし、政治と宗教の対立は、半ば宿命である。
どちらもピラミッド型の権力機構であり、同じ民からの税と浄財を奪い合う間柄である。
現枢機卿デミストリー・ファルマンは穏健派に属し、王家に対しても協調姿勢を取っているが、これまで政治介入や政争を繰り広げた歴史は変わらない。
王家はこれを排除し、集権化を進めようとし、教会がこれに反発するのはこの国に限らず、どこにでも起きている事象である。
このような流れの中で、今回の騒動が勃発し、たまたまその当事者となった二人の若者が、これからそれぞれの運命と対峙していくことになる。