聖女とは
ポルテン教会に帰ってきたガレ枢機卿は、皆を集める。
「長旅、お疲れ様でございました。」
「留守中、オジェにも面倒を掛けたな。」
「とんでもございません。それで、レジアスはどのような状況でしたか?」
「ああ、酷い荒れようだったよ。どうやら、記録的な少雨で凶作は決定的な状況らしい。総本山もファルマン枢機卿が失脚し、ヴァージル・スレイド大司教様が新たな枢機卿となっておられた。」
「まあ、ファルマン様が・・・」
「何とおいたわしい・・・」
「心配はいらない。ファルマン様は司教ではあるが、元気そうであられた。」
「良かったです。」
「それで、民の様子はいかがでございましたか?」
「町は落ち着きが無く、不穏と表現しても良い状況だった。皆、王が次に何をするか、固唾をのんで見守っているといった感じだ。」
「まあ、ルシアン陛下はとても冷静で知的なお方ですのに。」
「上手く行かない時は、人間誰しもそうなってしまうものだ。特に、王などのように挫折を味わう機会の少ない者にとっては。」
「今の陛下はそのような状態なのでしょうか。」
「町には戒厳令が敷かれ、兵の姿も多く見かけた。各方面に対する締め付けも行っているようだったし、教会も緊張していた。とても豊かな大国の姿には見えなかったよ。」
「そうですか。」
「まあ、レイア様を追い出したんだから、それなりに報いを受けてもらわないとね。」
「ベティ、言い過ぎですよ。」
「だって・・・」
「そうですぞ。天災で苦しむのはいつでも民なのですから。」
「そうでした。申し訳ございません。」
「それで、調べ物は見つかりましたでしょうか。」
「奇跡が何かを研究したような書物は無いようでございました。」
「そうですか。リンド様が何かを書き記したという話は聞いたことがございませんでしたから。」
「むしろ、カーディン王の手記や建国初期の役人が記録した書物の方が望みがあるようにも思えましたな。」
「それは、王宮ですね。」
「しかし、ファルマン様と話をしたことで、考えがまとまった部分もございます。」
「さすがは教典の解釈において第一人者と呼ばれているだけのことはございます。」
「それによると、晴れの日の祈りは光と大地、雨の日は降水に深く関与しているのではないかというものでございます。」
「確かに、晴れの日と雨の日の絶妙なバランスこそ、豊穣の秘訣とも考えられます。」
「そして、祈りの及ぶ範囲は、共に祈った者の治政が及ぶ範囲ではないかと。」
「それは、どういう意味でございましょう。」
「リンド様が奇跡を起こされたとき、周辺には既に国家があり、誰も統治者がいなかった今のレジアスの領域に加護が与えられ、そこが新たな国になったと考えられます。」
「既に誰かの土地になっている所には加護は届かないのですね。」
「理由は分かりませんが、そこには既に別の王がいるから。もしくは、別の神や依り代がいるから、ということなのかも知れませんね。」
「それで、結果的に国を単位とする領域を加護することになったと。」
「そして、結果的に契約者は王となる。」
「なるほど。確たることはきっと謎のままなのでしょうが、整合性は取れているように思います。」
「では、先日の出来事は、加護がレジアスからヴォルクウェインに移ったということなのでしょうか。」
「恐らく契約者が変わり、陛下の領域、つまり、ヴォルクウェイン王国が加護を受ける対象になったと考えることができます。」
「次の聖女様はレジアスとヴォルクウェイン、どちらに現れるのでしょうか。」
「まだ分かりませんが、今までの考察からすれば、ヴォルクウェインであろうと思います。」
「そうですね。あくまで推論ですが、そういう前提でレイア様をお守りする必要がございますね。」
聖堂内に集まった全員が息を飲む・・・
皆が緊張感に包まれるのは当然だ。セントラルワース大聖堂と違い、ここは一教会に過ぎない。
聖女を守るにはあまりに脆弱な体制しかないのである。
「やはり、レイア様には王宮にお移りいただくほかはございますまい。」
「そうですな。いずれにせよ、総本山もレジアスの民も、早晩気付くことになりましょうし、聖女様を連れ戻す動きも出てくるでしょう。」
「しかし、ルシアン陛下が私の帰還を許可するとは思えませんが。」
「いいえ。陛下個人のお考えと政治は別物でございます。」
「しかも、ルシアン陛下と祈りを捧げない限り、レイア様がレジアスに戻っても状況は好転しないと考えられます。」
「レジアスのために祈れば、ヴォルクウェインを見捨てることになりますね。」
「すでに聖女様はこの国の王妃になることが決まっております。」
「お辛いご決断になりますが、事ここに至っては、ヴォルクウェインのためにそのお力を発揮するほかございません。」
「レジアスの皆さんには、とても申し訳ないことをしてしまいました。」
「いえ、聖女を失った国は、どのみちこのような末路を辿ったと思いますぞ。これは聖女様の責任では無く神罰だと考えられます。どうぞ、お気を安らかに。」
「ありがとうございます。」
すぐに王宮に使いが出され、翌日、レイアはヴォルクウェイン城に移ることとなった。




