二つの秋
すでに空は秋の気配が漂う。
嵐などの予期せぬ災害さえなければ、目の前の実りは確実に人々に恵みをもたらすことになる。
ジュスタールはポルテン地方の西端にある村を訪れている。
秋の実りを視察するため、毎年この時期は各地に赴いてはいるが、今年は隣に婚約者がいる。
「私もいろんな所を視察したが、こんな実りを見るのは初めてですよ。」
目の前は一面の黄金色。ヴォルクウェインではまずお目にかかれない光景だ。
「そう、なのですね。」
「特に腕がいい農夫の畑か、水場に近い条件の所ならともかく、見渡す限り実入りが良い畑など、私は見たことが無い。」
「そうでございますな。特に何かやり方を変えたわけでもないのですが、例年の三倍以上は収穫が見込めます。」
案内役の村長も顔がほころぶ。
「麦以外の作物はどうかな?」
「はい。瓜も葉物も根菜も、驚くような収穫でございます。ただ多いだけで無く、どれも素晴らしい味と色合いでございます。」
「それは目出度いことであるな。」
「ええ、この畑の向こうは特に耕作をしていなかったのですが、来年に向けて畑を広げようと、皆で話し合ったところなんでございます。」
「それは素晴らしいな。しかし、ここより西は一面の荒れ地。放牧を行う開拓村が僅かにあった程度ではなかったか?」
「はい。しかし、今年は雑草の生え具合が尋常では無かったもので、皆で調べましたところ、いつの間にか畑に負けないような土まであったのでございます。耕すのにあまり苦労は無さそうですし、種もこの実入りならいくらでもございます。雨がこのまま続くなら冬の間に畑を広げてしまおうかと思っております。」
「それは凄いな。それで、人夫は足りるのか?」
「近隣の村からも雇おうかと考えております。今年は懐の心配も要らないと思いますので。」
「レイア殿。これが聖女様の力なのだな。」
「いいえ。今年だけということもございます。」
「いや、今年だけでも尋常な変化ではないだろう・・・」
「もう少し、様子を見る必要がございます。」
「しかし、来年もこの状況が続くなら、いっそのこと公表してしまった方が良いのではないかな。」
「そうですぞ聖女様。そうなれば聖教の信者も増えるのではないかと。」
「でも、ヤースの教会と対立するのは避けたいと思います。」
「いっそのこと、ヤースと合流してはいかがか?それなら私の結婚の障害は何も無くなる。」
「まあ、陛下まで・・・」
その後、春まで荒れ地だった場所も視察する。
「確かに、これを放置するのは勿体ないな。」
「そうでございましょう。取りあえず、今の村民で耕せる広さは畑に、それ以外は放牧地にして西の開拓村と合流しようかとも考えております。」
「しかし、向こうが見えない・・・」
「ええ、皆、摩訶不思議な現象に驚いております。」
「そりゃあ、レジアスがあれだけ豊かな訳だ・・・」
「陛下、あまりにも簡単に信じすぎではございませんか。」
「レイア殿。そなたは以前のヴォルクウェインを見たことがないからそう言うが、春からの雨と秋の実り、そして我々の知識では説明できない奇跡と事象の数々。これを聖女様の力で無いと考える方が難しいではないか。」
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「今年の収穫は絶望的じゃ・・・」
「これほど雨が降らぬと雑草すら生えん。」
「土もカラカラで砂のようだ。」
ここは王都レヴフォートに近い村。国内でも特に豊かだった地域だ。
「全く実りが無いから、種も無い。」
「たとえ種まきしても、これでは芽は出ないな。」
「畑にやる水より、まずワシらが飲む水を何とかせねばのう。」
「後は村長さんとこの井戸だけか?」
「新しい井戸を掘らねば、村中が干上がってしまうのう・・・」
農民たちは恨めしそうに空を見上げる。相変わらず今日も快晴だ。
「雨が降りそうな気配すら無い。」
「聖女様がいなくなられてからか?」
「ワシら、これからどうすれば良い。」
「どこも似たようなもんじゃと言う。何処に行っても同じじゃ。」
「移りたくとも金はないし、家も土地も捨てる訳にはいかぬ。」
「どうすれば良いのじゃ・・・」
「まず、こんな状況で何を植えればいいのかさっぱりじゃ。」
「これだけ土が乾ききってしまうと、何を植えても無駄じゃ。」
「何で、聖女様を追い出してしまったのじゃろう。」
「全くだ。王様も随分酷いことをなされる。」
「雨が降らないようにしておいて、井戸を掘れとは・・・」
「全く、そのとおりじゃ!」
民の不満は本格的に高まっていく。




