二人の枢機卿
さて、ヴォルクウェインを発ったガレ枢機卿は、セントラルワース大聖堂に到着後、聖堂地下の書庫に籠もっていた。
もちろん、聖女の秘密を解き明かすためである。
暗い書庫には蝋燭の明かりだけが灯されている。
「ガレ殿、毎日精が出ますな。」
「これは枢機卿様、お目にかかれて光栄に存じます。」
「いやいや、私はすでにその座を追われた者。今はただの司教でございます。」
「しかし、私は今でもあなた様こそが枢機卿に相応しいと思っております。」
「いや、これで良いのだ。聖女を守り切れなかった者としては軽すぎる罰だ。」
「しかし、これまで真摯に神と向き合い、教典の神髄を探求してきたファルマン様に対して、今の教会幹部たちはあまりに無慈悲で頑なに感じます。」
「このような状況に至っては、彼らの考えも致し方ない部分もあろう。それで、初代聖女リンド様のことについて、何か分かりましたかな?」
「はい。約500年前にカーディン様とともに北からこのレヴフォートの地にたどり着いたリンド様は、二人でこの地に根付く決心をして、神に祈りを捧げた。これは広く知られることでございます。」
「リンド様は神に、この荒涼たる大地に行き年行ける者への慈悲と恵みを願い、カーディン様の手を取り、祈ったという。」
「その時、お二人の繋いだ手が光り、天から光が降り注いだというのがリンドの奇跡でございますな。」
「リンド様はその後も、レヴフォートの地を鎮め、移り住む人の幸せを願い、聖教の発展のため、幾つもの奇跡をこの地で起こしたと伝えられる。」
「そしてカーディン様はこの地の王となり、王国の基礎を作るとともに、リンド様を王妃として今のレジアスの繁栄をもたらしたのが、私共の知る、聖教とレジアスの歩みでございます。」
「その通りですな。それで、肝心のリンドの奇跡について、何か新たに分かった事がおありですかな?」
「はい。リンド様の最初の奇跡は、荒れた大地を豊かな地に変えるものでございました。ヴォルクウェインでも、最近は目立って雨が多くなっております。こういったことが500年前にも起きたのではないかと考えております。」
「そして、レジアスは近年稀に見る干ばつに苦しんでおる。やはり、これはレイア様の追放と無関係ではありますまい。」
「私もそう考えております。しかし、下手にこのことを公表すると、レイア様の身の安全にもかかわります。」
「その通りですな。しかし、教会関係者であれ民であれ、もう既に気付き始めております。レジアスとヴォルクウェインがこの先どうあれ、我々はまず、聖女様の身の安全を確保することこそ与えられた使命でございます。」
「まさにファルマン様のおっしゃるとおりでございます。差し当たってできることは、ヴォルクウェイン王家に聖女様の保護をお願いすることでしょう。」
「そうですな。教会に住まわすのは、いささか危険ですな。」
「私もここで考えを纏めたら、早急にポルテンに帰ろうと考えておりますが、ファルマン様はいかがなされるおつもりでしょう。」
「私はこのセントラルワースの僕です。たとえ責を果たせなかったとは言え、それは変わりません。」
「では、ここに残ると。」
「はい。たとえ、この国の行く末が暗鬱たるものであったとしても、ここに生き、ここで死ぬことこそ、私に残された命の目的ではないかと考えております。」
「それは、あまりに過酷な・・・」
「私もガレ殿のお手伝いをしたいと考えておりますが、謎解きの手がかりでも掴めましたかな。」
「ヴォルクウェインやジッダルの歴史や風土とも照らし合わせる必要がございますが、500年前以前のこの地の気候は、それらと近似したものであったのではないかと考えます。」
「確かに、ここだけぽっかりと違う気候なのは不思議ですな。」
「ええ、荒涼な大地との記述がありますので、これは奇跡による変化とみて、間違いございません。」
「しかし、気候だけではございませんぞ。今のレジアスは肥沃な土地です。」
「ええ、豊穣の神の加護は、単に雨を降らせるだけでは無いと思います。むしろ、雨の日に雲に祈りを捧げる行為が降水に影響しているのでは無いかと。」
「確かに、奇跡の起きた日は、この地に珍しく雲が出ていたとありましたな。」
「ええ、あくまで仮説ではありますが。」
「つまり、大地の豊かさは太陽神の光によってもたらされている。」
「もしくは、女神の依り代たる聖女様の加護ではないかと。」
「なるほど。それでは何故レジアスだけが加護を得られたのでしょう。」
「500年前にはすでに、ジッダル王国とヴォルクウェイン王国は成立しておりました。ロナスは前身のヴァセル王国ですが、南の国境は今と同じデリラ山脈です。」
「つまりレジアスに加護が与えられたのでは無く、誰の土地でも無かったのがレジアスだったと。」
「はい。いずれにしても国単位ではあると思いますが。」
「民が増えたのは・・・」
「教典には当然、そのことについて記述はございませんが、西の異民族に追われた者やロナス建国時の混乱による避難民が多かったというのは事実です。」
「それで、このことは?」
「はい。目撃した教会関係者と王家の関係者には口止めしており、ここでもファルマン様だけでございます。」
「それが良いであろう。今は火種を落とさぬ方が良い。」
「では、ファルマン様も。」
「もちろんだ。今度こそ聖女様を守ってみせようぞ。」
「ありがとうございます。」
「ガレ殿はすぐに戻った方が良い。必要な書物があればこちらから送るし、私の方でもっと詳しく調べてみよう。」
ほどなくして、ガレ枢機卿はダレン港から船でポルテンに戻ることになる。




