恵みの雨
ヴォルクウェイン王国は、比較的雨の少ない季候である。
特に夏場の降水は少なく、暑さの割に凌ぎやすくはあるのだが、農作物の恵みはあまり多くない土地である。
しかし、今年は例年とは全く様相が異なり、週に1~2度は雨が降る。
もちろん、この地方は降雨量の少ない土地であり、農業や生活様式もそれに対応したもので、雨が多いことが全てにおいてメリットになるとは限らないが、少なくとも水は人の生活でまず必要なものである。
適度に雨が降るに越したことは無い。
という訳で、一部作物は例年より味が落ちるかも知れないし、川に近い家屋は多少の浸水がが発生するかも知れないが、大半の人たちにとっては恵みの雨である。
「今年は雨が多いのう。」
「遠くから水を運んで来なくていいから、作業も楽だよな。」
「その変わり、雑草がよう生えるのう。」
「だが、水を運ぶ苦労に比べればどうということは無いぞ。」
「そうよのう。例年に比べると収穫も期待できそうだし、このまま嵐など来なければ嬉しいのう。」
ポルテン郊外の畑では、近年稀に見る豊作が予想されるような状況であり、農民たちの表情も明るい。
「しかし、三日に一度くらいは雨じゃのう。」
「こんなに雨が多い夏は生まれて初めてだのう。」
「何があったんじゃろうか。」
「そんなこと、ワシらに分かるわけないぞ。でも、水の心配が無いのは何よりじゃ。」
「それに、例年より苗の生長も早いぞ。」
「やっぱり、雨かのう。」
「不思議なことに、これだけ雨が多いのに土がフカフカなのじゃ。」
「言われてみれば不思議なことじゃのう。雨が降ると土はこうなるのか?」
「いや、普通は雨降って地固まるものじゃぞ。」
「井戸の水位も高いから汲むのも楽だしのう。」
「いくらでも使い放題なのはいいのう。」
「どっちにしても、豊作は間違い無いじゃろう。」
「今年は楽に年を越せそうだな。」
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「それでガレ様。調べの方は進んでおりますでしょうか。」
ここはヴォルクウェイン教会の一室。
枢機卿やエルマー、レイアを交えて、先日の奇跡について知恵を出し合っている。
「いや、リンド様の起こした奇跡については、教典に記載されている以上のことが分かりませんので。」
「総本山であれば、他の資料があるとは思いますが。」
「やはり、私がセントラルワース大聖堂に赴くのが良いのでしょうな。」
「確かに、枢機卿様自ら出向けば、総本山も機密資料を見せて下さると思います。」
「ただ、総本山には今回の奇跡については知らせない方が良い。」
「そうでしょうな。」
「では、総本山に知られずに資料を見せていただける方便が必要になりますね。」
「そのために、情報を整理し、ある程度推理しておく必要がございます。」
「ではまず、あれがリンドの光の奇跡だったのか。」
「あれはリンド様と初代国王カーディン様のお二人で成した奇跡でございます。」
「そして今回は、聖女レイアと現国王ジュスタール様の二人でございます。」
「同じような状況下で起きたものと考えられますし、沢山の証人もおります。」
「たとえそうでなかったとしても、一国の王が本当だと言えば通用してしまうほどには特異な現象であったと思います。」
「では何故、あのような事が起きたのでしょう。」
「リンドの光とは、神と王の契約なのではないかと推測します。ですから、神はカーディン王の威光が届く範囲に祝福を与えたのではないかと。」
「ということは、ガレ様は国単位で祝福されるものではないとお考えなのですな。」
「ええ。国では無く王です。」
「なので歴代聖女のほとんどは王家に嫁いだと。」
「恐らくそうなのだと思います。そして、そういった資料は総本山にはあるのではないかと思われます。」
「なぜ、広く伝わっていないのでしょう。」
「聖教の教典はヤース教のものをほぼそのまま流用しておりますし、まさか聖女様が国外追放されるなどといった事態は想定されていなかったのではないかと。」
「確かに、私が初めてですね。」
「それに、例え聖女様が国外追放されても、今回のように追放先で奇跡を起こさなければ、数十年後には再びレジアスの地に聖女が降り立ったはずです。」
「では、神の加護がレジアスからヴォルクウェインに移ったとお考えなのですね。」
「ええ。実際にこのままなら、今年の当地は歴史的な大豊作でしょう。」
「レジアスは分かりませんが。」
「枢機卿様が総本山を訪れれば分かるはずです。」
「その上で、リンドの光の秘密を調べると。」
「ええ。リンド様は様々な奇跡を起こしたと言われておりますし、その後の聖女誕生の秘密や何故判定に水晶玉を使うのか。様々な謎があります。」
「分かると良いのですが。」
「それと、先日も言ったとおり、これがレジアス限定で起きる奇蹟でないとしたら、世界中から聖女様が狙われる危険性を孕んでおります。」
「聖女がレジアスから出なかったことも、聖教がレジアス以外への布教にほとんど関心を持たなかった理由も分かるかもしれませんね。」
「実際にこれだけの恵みの雨が降っているのです。それに陛下も既に気付いておられることでしょう。」
「同じくレジアス側も。」
「急いで総本山に出向いた方が良いようですな。」




