夜に蠢く
「それで、リデリアはシンクレア家で決まったのだな。」
「ええ、奇しくもこちらの思惑と同じでした。」
「ああ、兄上もシンクレアを確実に取り込みたいのだな。」
「お手並み拝見、といったところですな。」
ここは王弟ジェラードの私室。
最近は侯爵マシュー・ベッドフォードが頻繁に訪れている。
「元々、ステュアート卿も陛下に対しては懐疑的だったし、リデリアが嫁ぐとなれば、彼女に付いていた者共が地滑り的にこちらに付くことは間違い無いだろう。」
「おっしゃるとおりでございます。そして、彼らがシンクレア家に働きかければ、表向きはともかく、裏ではこちら側に付くのは間違い無いでしょう。」
「そうだな。シンクレアの取り巻きは少ないが、それでも公爵家だ。」
「はい。分家などを含めれば、決して軽んじることはできません。」
「それと軍や近衛はどうなっている。」
「半々といったところですな。近衛の切り崩しは困難ですが、あれは王に忠誠を誓うものですからな。殿下が王になれば何も問題ございません。」
「相変わらず気が早いな。今はまだ駆け引きの時だ。陛下は依然として強い求心力を保っている。」
「失礼をば。しかし、こちらも馬鹿に出来ない程度には、支持を集めることができましたぞ。」
「まあ、将軍の過半がこちらに付いてくれるなら、そう簡単に負けることはあるまい。」
「ええ、その辺は抜かりなく進めて参ります。」
「教会はどうだ？」
「新しいヴァージル枢機卿は陛下と対立する側ですので、こちらが旗揚げすれば確実にこちらに付くでしょう。」
「まだ働きかけは行ってないのか。」
「はい。何分、強硬で動きの分かりやすい御仁ゆえ、今の時点で接触するにはリスクが高い人物と見ております。」
「そうだな。こちらの思惑が陛下に知られては不味いからな。しかし、教会の動きはつぶさに捉えておくように。いつ暴発してもおかしくない。」
「はい。逆に彼らの暴発具合によっては、その時点で表だって行動を起こさないといけなくなるかも知れませんので。」
「褒められたことではないが、そういうケースもあり得るな。」
「はい。それまでは多数派工作に専念するつもりでございます。」
「それで、我が方の諸侯に対して陛下や教会が働きかけている実態は無いのか？」
「ええ、グレッグ様や私めの所にも、既に教会から接触がございます。それとなくはぐらかしてはおりますが。」
「それで良い。隙だけは見せぬように。」
「はい。お任せ下さい。」
「辺境伯家はどうだ。」
「彼らは頑なですな。陛下であろうが教会であろうが一切の接触を断っているようでございます。恐らくは、こちらの誘いにも乗ってこないのではないかと。」
「靡かぬ代わりに裏切りもせぬか。まあ、あの辺境伯ならそうだろうな。他国はどうだ？」
「ロナスやジッダルは劇薬でございます。逆に彼らが動く前に勝負を決めなければなりません。」
「そうだな。ジッダルはともかく、ロナスは我々が制御できるような相手ではない。」
「しかし幸いな事に、ロナスが何をしようとも、辺境伯が抑えてくれるでしょうから、介入される心配だけはありません。」
「そうだな。陛下も他国の協力などアテにはしないだろうからな。」
「ええ、奴らはとても危険な存在ですので。」
「後は、陛下がどのような方策で民を手懐けようとしているかだな。」
「商業や農業改革、公共事業、汚職の取り締まりなどを行っております。正直、貴族にとっては困りものではありますが、名君の器と言われれば、否定はできませんな。」
「そうだな。かなり急進的ではあるが、これまでにない目新しい施策や民衆受けの良い物を推し進めているな。」
「はい。聖女追放さえなければ完璧なスタートですな。」
「確かに、陛下の資質に疑いを差し挟む余地はないが、ああいった頭のキレる人間はしばしば他人もそうだと思い込むクセがある。」
「実際、陛下の施策を理解できる人間が少ないにもかかわらずですか。」
「おそらくな。」
「しかし、当面は付け入る隙が無いことに変わりはございません。」
「そうだな。聖女追放は稀に見る失策であったが、その支障が具体的に現れない限り、糾弾はできない。」
「ええ、その際には大きな武器になるでしょうが。」
「今はまだだな。」
「はい。」
「では、情報収集を行い、陛下の失策については細大漏らさず把握するようにな。」
「はい。もちろんでございます。」
