光の奇跡
あれから、国王ジュスタールは度々教会に足を運ぶようになった。
王らしからぬ雰囲気の御仁であり、とても好ましい人物であることは確かなのだが、それより、ヤースの信徒がこれで良いのだろうかと思うこともある。
「聖女様、またお伺いしてしまいました。」
「まあ陛下、それはよろしいのですが、お忙しいでしょうに・・・」
「いやまあ、決して暇ということはないですが、大国レジアスに比べればゆとりもございます。」
「そうですか。差し出がましい事を申しました。」
「いや、その疑問は当然のことであろう。気にしなくても良い。」
「ありがとうございます。」
「それで今日まいった用件であるが、良いかな。聖女様に一つお願いがあるのだが。」
「はい。どのようなことでもおっしゃってください。」
「うむ。この国の豊穣を祈って欲しいのだ。」
「この国、ですか?」
「あれっ?普段はレジアスのために祈っておるのであろう?」
「いえ、特にどこの場所ということはございません。」
「ええ、聖教の祈りとは、太陽と豊穣の神に感謝する祈りであって、具体の土地に対して祈るということは行っておりません。まあ、初代聖女リンド様が最初に奇跡を起こされた時は、レヴフォートの地の豊穣を願ったことになるのでしょうが。」
「レイア様、今日は国王陛下の御前でございます。特別にヴォルクウェインのために祈りを捧げてみてはいかがでしょう。」
「やってはいけないということはございませんものね。分かりました。では、今から早速祈りを捧げます。」
彼女は祭壇の前に跪く。
「では、私も隣で祈って良いかのう。」
「陛下もですか?」
「私は異教徒には違いないが、信仰しているのは同じ神だ。神罰までは当たらないのではないだろうか。」
「本当に初代レジアス国王とリンド様のようですね。」
「私もこの地の王として、民の為に祈りたいのだ。ダメであろうか?」
「むしろ、光栄なことと存じます。もし、陛下がご迷惑で無ければ。」
二人は並んで祈りを捧げる。
基本的な作法も聖教とヤース教で違いは無い。
そして一連の所作を終え、二人は繋いだ手を上に掲げる。
「ヴォルクウェインの地に神の光と女神の豊穣を。」
その瞬間、繋いだ二人の手が目映く光りだし、やがて光は祭壇全体を包み込むように明るく広がっていく。
「おおっ!こ、こ、こ、」
「何と・・・」
「すごい・・・」
光は数十秒輝き続け、やがて静かに消えていく。
「聖女様、これは何でしょう。」
「私もこのようなことは初めてでございます。」
「これはまるで、リンドの奇跡のようです。」
「確かに、教典にある初代聖女様がカーディン王とレヴフォートの地で契りを交わした時に起きた奇蹟と同じように思われます。」
「確かに、挿絵にそっくりですね・・・」
「今日は雲が出ておりますし、同じですな。」
「これは一体、何を意味するのでございましょう。」
「まだいろいろ確認しないといけませんので、何とも言えませんが、あれがリンドの光であれば・・・」
「いや、エルマー殿、これは大変なことかも知れません。軽々にご発言されませんよう。」
「た、確かにそうですな。しかし、教会関係者だけではなく、陛下の護衛の方々までたくさんの方が確認したものでございます。」
「そうですな。陛下、このことにつきましてはしばらくの間、他言無用を配下の方にお命じいただく訳にはいかないでしょうか。」
「も、もちろんだ。皆の者、このことについては決して他言してはならんぞ。良いな。」
「はっ!」
この場に居た全ての者が茫然自失といった感じで、なし崩し的に解散することになった。
そして、その夜・・・
「もしかしたら、大変な事になったやも知れませぬ。」
「そうですね。あれは確認すればするほど、リンド様が起こした始原の光に酷似しております。」
「エルマー様、それはお二人がレヴフォートの地にたどり着き、そこで生きる誓いを立てた場面ですよね。」
「そうだよ。言い伝えによると、この光が降り注いで以降、レヴフォートの荒れた大地が女神の加護によってたちまちのうちに豊かな大地になったと言われています。」
「それなら、良いことではありませんか?」
「ただ、問題もあります。一つは、これがレジアス王国以外でも起こることだということが確定した場合、その影響は計り知れません。それが悪意をもって利用される可能性だってございます。それと今後、レジアス王国がどうなるかです。」
「今までと何か違うのでしょうか。」
「分かりません。今までと同じなら問題ございませんが、もし、女神の加護がレジアスからこのヴォルクウェインに移ったのだとしたら・・・」
「レジアスは女神の加護を失うということでしょうか・・・」
「しかし、これらはあくまで憶測の域を出ません。」
「では、教典の分析研究を行い、レジアスの様子を経過観察するとともに、今後起こりうることを予測し、対策を考えねばなりません。」
「そうですな。ただ一つ言えることは、聖女様の力が本物であったということでございます。」




