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枢機卿の更迭

「それで、此度の騒ぎ、城からは何と言ってきておるのだ。」

 ここはセントラルワース大聖堂内の一室。

 部屋の中にいるのは、ヴァージル・スレイド大司教と、彼を支持する教会関係者である。


「はい。この度の暴動の原因は、これまで長きに亘って聖女なるものを祭り上げ、民から謂われも無い浄財を吸い上げ続けてきたことによる民の怒りだと。」

「あの若造め・・・言いたい放題抜かしおって!」

「しかし、この件を皮切りに、王家が教会の締め付けを強くするのは必定でございます。」

「そうだな。たとえ白いものでも無理矢理黒にするのが王だからな。」

「かといって、全面衝突では、残念ながら勝ち目はございません。」


「ううむ・・・どうする。反王家の連中を糾合するか。」

「しかし、今の枢機卿様がそのようなことをお許しになるか・・・」

「そうは言っても、教会の腹が決まらねば、誰も動くまい。」

「となれば、やはり・・・」

「しかし、ヴァージル様が枢機卿になったとて、諸侯が靡くとは限りません。」

「そうです。ファルマン様を支持する貴族も多いと考えられます。」

「確かにな。儂も決して自惚れている訳では無い。しかし、残念ながらファルマン様ではこの危機を乗り切ることはできまい。このまま、ファルマン様が枢機卿を続けた場合、教会はどうなると思う?」

「真綿で首を絞められるように少しづつ弱められ、抵抗する力を無くしたとき、一気に潰されると思います。」

「儂もそう思う。確かにファルマン様は人徳者であり、諸侯からの信望も篤い。平時ならそれでも良いが、今は存亡の危機だ。戦えるトップで無いとダメではないか?」

「そのとおりでございます。」


「ならば、まずは諸侯に対する多数派工作だ。彼らに、今のままでは王国繁栄の基礎たる信仰と価値観が壊される。競争に敗れた者は二度と救われず、立ち上がることのできない世の中が生まれようとしている。そういった危機感を煽って、できるだけ多くの支持を集めよ。」

「畏まりました。早速、諸侯への接触を図ります。」


「うむ。それで、陛下はこちらに何か要求してきているのか。」

「民を慰撫し、彼らに誠心誠意向き合えと。」

「フンッ!自分のことはすっかり棚に上げておるな。」

「ヴァージル様、王宮の者の耳に入るといささか不味いことになりまする。」

「自分は婚約破棄などという不誠実極まりないことをしておきながら、誰に向かって誠意を説いておるのだ。」

「まあまあ、そのくらいに・・・」


「まあよい。それで、ファルマン様を失脚させる策であるが。」

「それは、諸侯よりまず教会内の多数派工作が重要でございます。」

「そうだったな。それと、ファルマン様に対する糾弾書については、そなたらで原案を作成せよ。」

「畏まりました。」


 こうして、ヴァージル大司教を支持する者たちは、教会や諸侯に対する支持集めを始める。

 そして僅か数日で大聖堂内のヴァージルに考えの近い者、聖女追放に憤っている層を取り込み、数を増やした大司教派は、ファルマン枢機卿に詰め寄る。


 通常、こういった工作は水面下で時間をかけて行うものであるが、今は聖教始まって以来の危機である。これを煽って決断を迫れば、すぐに靡く者が続出するのである。


 ヴァージル大司教は支持者らとともに、ファルマン枢機卿の執務室に押しかける。

「これは大司教殿、いかがなされた。」

「枢機卿様、早速ではございますが、先日、王家から送り付けられた糾弾状に対して、どのように対処されるおつもりか、お伺いしたく参った所存。」

「そうか。それで皆、これほど来たのであるな。」

「このままでは教会は潰されてしまいます。王の望みは教会の富、教会に対する民の支持、そして教会の持つ権威を我が物にすることでございます。それに対し、我々は立ち上がるのか、全てを奪われるのかの瀬戸際に立っております。枢機卿様のお考えやいかに。」

「宗教に対する圧力というものは、古今東西枚挙に暇は無い。しかし、神の教えは不変不屈であり、そのような圧力に耐えてきた。今の陛下はまだお若い。妥協することをお覚えあそばせれば、必ず流れは変わる。」

「あの陛下が妥協ですと?甘いですな。第一、妥協とは、する気が一切無い人とはできないのですぞ。」

「ヴァージル卿、今は我慢の時じゃ。嵐が去るのを待つほかない。」

「あの陛下は長ければ50年は在位しますぞ。それまで我々も信徒も、耐え続けねばなりませんか。」

「そうです。我々年寄りは再び太陽の下に出られず終わってしまいます。」

「若い者は、神を知らずに年老いてしまいますな。そうなれば王の勝ち、教会の負けでございます。」

「それに、此度の暴動についても、その責任を全て教会になすりつけて来ております。陛下は教会を潰す気でございます。」

「そうじゃっ!元はと言えば自分が起こした騒動なのに。」


「大司教様、糾弾書を。」

「そうじゃな。」

「私を糾弾すると?」

「では、聖教会枢機卿にして、聖教総領である信徒、デミストリー・ファルマンをここに糾弾する。一つは、聖教の象徴であり、神の代理者たる聖女を守る事無く、国外に喪失したる罪、王家におもねり、教会の地位を貶めたる罪、信徒の離反に対して無策の罪これあり。よって、ここに糾弾し、断罪するものである。」

「そうか。」

「この糾弾には、他の4人の枢機卿、4人の大司教の署名も入っており、有効なものである。」

「政治と宗教は深く絡み合っておる。一筋縄ではいかぬものじゃ。急いては事をし損じる。」

「ファルマン様、あなたの味方はここに誰もおらぬようでございますが。」


「では私に、どうしろと。」

「総領の座から退いていただきたい。申し訳ございませんが、これは教会の生き残りのために、どうしても必要なことでございます。」

「皆も、同じ意見か?」

 室内は静かに、そして空気が冷たく張り詰めている。

「皆の総意であれば、是非も無い。私はこの座から退くことにしよう。誰が新たな総領になるかは存じぬが、教会の発展を願っておる。」

「賢明なご判断、ありがとうございます。」


 こうして、抵抗することすら許されず、ファルマン枢機卿は失脚し、後任にヴァージル・スレイドが就任し、王家と対立していくことになる。


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