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国外追放

「聖女、いや聖女を騙るレイア・ハースティングよ、そなたとの婚約をこの場で破棄し、国外追放処分とすることを宣言する!」


 ここはレジアスという王国で、この日は国王即位式が行われ、若き新国王ルシアン・ホールディッシュが戴冠した。

 これは、その日の夜に開かれた記念パーティーでの出来事である。


 玉座のある壇上から高らかに、そして突然宣言された婚約破棄と国外追放の声は、階下で跪く若い令嬢だけでなく、つめかけた多くの来賓要人たちを驚かせた。


「陛下、今、何と・・・」

「信じられませんわ、聖女様に対して何てこと・・・」

「一体、何が起こっているのだ?」

「何かの余興ではないか?」

 会場は騒然とし、貴族らの声はだんだん大きなものとなってくる。


「皆の者、鎮まれ!これは余の命である!」

 会場は一瞬にして静まり返る。


「畏れながら陛下、これは一体どのような差配でございましょうか。」

 階下に近付き、ルシアンに伺いを立てたのはオランド・マクニール伯爵。

 前国王の頃から宰相を務めるこの国の柱石である。


「宰相か。簡単な話だ。このニセ聖女との婚約を破棄し、この者を国外追放とする。ただそれだけだ。」

「しかし、何故でございます。聖女を国外追放など、このレジアス王国建国以来、未聞の出来事でございます。」


「この者、いや、これまでこの国に存在した歴代全ての聖女が偽物だからだ。彼女たちは王家と、そして民を騙し惑わし、時に扇動しつつ莫大な富を集めた。そしてそれは教会の権力を肥大化させ、国政に介入することしばしばである。これを排除し、新たな枠組みによる国家建設こそ、余が即位した最大の意義であり、最初の政策である。」


「陛下、確かに王家と教会との関係は、必ずしも良い事ばかりではございませんでした。しかし、事は重大ですので、何卒慎重にご決断されますよう、お願いいたします。」


「くどいぞ宰相。余は幼き頃から聖女という存在そのものに疑問を持ち、それについて学んできた。決して思いつきで安易に決めた事ではない。これは余の信念である、今後とも変わらぬことである。ここにいる全てのレジアス臣民に問う!余に従う者はここに跪け!余の考えに従えぬ者は即刻ここを去り、そして二度と余の前に姿を見せるな!」

 数名は会場を退去したが、ほぼ全ての者は臣下の礼を取った。


「では、ハースティング嬢もご退出願おうか。」

「畏まりました。」

 彼女も一人、王宮を後にした・・・


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そしてここは、王都にある聖教会セントラルワース大聖堂。

 ここに王宮を退去したレイアが到着するのを、彼女付きの司祭であるエルマー・フォーサイスと侍女のベティ・ウォルジーが迎える。


「事情は伺いました。取りあえず中へ。」

「このような事になり、申し訳ございません。」

 三人は大聖堂の中に入る。もちろんそこには、騒ぎを聞きつけたこの教会の最高責任者であるデミストリー・ファルマンら、教会幹部も集まっている。


「おおレイアよ、大変であったのう。」

「枢機卿様、大変申し訳ございません。このような騒ぎを起こした上、神の教えの象徴である聖女の名を汚してしまいました。」

「そのようなこと、気にするでない。ささ、今はとにかく休みなさい。」

「しかし、枢機卿様、急ぎ今後の事を協議しなくてはなりません。」

「そうじゃな。教会としては王宮に厳重抗議をせねばならんが、しかし、どうしたものかのう。」

「枢機卿様!大変でございます。教会前に騎士団が来ております。」

「何と。騎士団を派遣するとはどういうことだ。」

「はい、騎士団長自ら兵100を率いて教会周囲に詰めております。至急、枢機卿様に面会願いたいと。」

「分かった。会おう。」


 デミストリーは騎士団長オリバー・マンスールと会談する。

「これは枢機卿殿、夜分遅く申し訳ない。」

「そうじゃな。夜間に大聖堂を兵が取り囲むなど、教会の歴史上、例がないことよのう。」

「それについては、失礼を承知の上でございます。今回、ここに来ましたのは、国王陛下からの書簡をお持ちした次第ゆえ、平にご容赦を。」

「分かった。ここの者に危害を加えぬのならば、これを許そう。では、書簡を確認させていただこうか。」

「これでございます。」


「元聖女レイアの10日以内の出国、でございますか。」

「左様。これに従わない場合は、国家反逆罪として、改めてレイア嬢を拘束し、しかるべき罪に問わねばならなくなること。そしてその場合、幇助の罪で教会も無事では済まされないこと、是非、ご承知置き願いたい。」

「随分一方的な要求よのう。」

「陛下の思し召しとあらば、我ら身命を賭してこれに従うのみ。」

「交渉の余地無しということかのう。」

「そう受け取っていただいて結構でございます。」

「しかし、10日はいささか急ぎすぎでは無いか?レイア様は聖女ではあるが、歴とした王国貴族のご令嬢でもある。それなりの準備も必要だ。」

「10日、これは曲がりませぬ。」

「分かった。それを飲もう。ただし、出国までの身の安全は保証していただけるのであろうな。」

「教会にも聖騎士がおられるはず。心配なら彼らを付ければ良い。これ以上、罪人に対して王国が何かを支援することはありません。」

「そうでは無い。陛下がレイア様に危害を加える懸念が無いかを伺っておる。」

「10日、これが期限である。そしてこれが、陛下のご判断の全てであります。」

「そなたではこれ以上の話にはならんのう。」

「申し訳ございませんが、これを変えられるのは陛下ただお一人。あがくより急いだ方がよろしいかと。」

「分かった。すぐに支度させるし約したことは守るゆえ、騎士を退かせなされ。」

「元聖女の退去を確認すれば、我らは去ります。」


 こうして急遽、レイアは教会までも退去することになる。

「レイア様、まことに済まぬ。」

「いいえ、枢機卿様の責任ではございません。」

「まさか新王があそこまで愚かな人物だったとは。」

「しかし、それでも王の命です。従わなければ教会と信徒、都の民に大きな迷惑をかけてしまいます。そもそも、こうなったのは私の力不足が招いたこと。王の命に従います。」

「申し訳ない。そなただけにこのような責と汚名を着せてしまい、私は慚愧の念に堪えん。」

「枢機卿様、ありがとうございます。では、支度をしてまいります。」

 レイアとベティは自室に戻り、急ぎ旅支度をする。


「それでエルマーよ。」

「はい。」

「そなた、ベティとともにレイア様に同行してはくれぬかの?」

「もちろんでございます。命に代えても聖女様をお守りいたします。」

「よくぞ申した。しかし、10日となると行ける国は二つしかないのう。」

「はい。西のジッダル王国と東のヴォルクウェイン王国だけですね。北のロナスに行く事ができれば、国境はレイア様のご実家なのですが。」

「10日であればロナスとの国境には間に合うまい。その場合は王家と辺境伯家の対立は決定的になるであろう。無用な争いを起こすべきではない。」

「分かりました。」

「それで、どちらが良いと思う。」

「ヴォルクウェインの方が、信心に篤い者が多い印象がございます。」

「そうじゃな。では、あちらの枢機卿宛に書状を書こう。そなたも急ぎ、支度を整えるがよい。路銀はこちらで用意する。」

「畏まりました。」


 そして夜半過ぎ、大聖堂裏手に一台の馬車が着けられる。

「このようなことになり、本当に申し訳ない。それを悔やむ思いで一杯じゃが、必ずやここに戻れる日は来る。今は耐え、時を待つのじゃ。」

「はい。今までのご恩、受けた教え、かけていただいたお言葉と全てのご厚情を胸に、行って参ります。」

「では道中気を付けて、それとエルマー、ベティ、くれぐれも聖女様を頼んだぞ。」

「はい。お任せ下さい。」


 馬車と護衛の騎士数名は、裏口からひっそりと出て、夜陰に紛れるかのように都を離れていく。

 行き先は東の小国、ヴォルクウェイン王国である。


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