アメ
なにも起伏の無く、どこにでもある面白みの無い日常。
高校生活の負の醍醐味ともいえるような、平凡だけども本人からすれば、ただひたすらに重苦しく緊張して、慎重に言葉を選ぶ一瞬。面白みの無い物語。
幕を上げるほどでも無いが、少し覗いて行きませんか?
アメが好きだ。
天候の方ではない。無論、雨が嫌いなわけではないが、僕が好きなのは飴。飴玉だ。
口に放り込み舌の上で転がす。奥歯のさらに奥に追いやり、ゆっくりと歯茎で舌の上に押し戻す。時たま舌の裏側へ潜り込む時の布団へ滑り込むような快感は何とも可愛げがあり面白い。つい、噛み砕きたくなる。
井田涼人17歳。海のない県の上から4番目くらいの偏差値の高校に通う、男子高校生だ。
「帽子、何歳から被れるかね。」
ヒーローが好きだ。危機に陥っても最後は誰かのために立ち上がり、敵を討つ。そんなヒーローの中でも、昔観ていた二色のヒーローの物語が大好きで、そのヒーローの師匠に憧れた。
男は帽子を被っていた。所謂中折れハットというやつだ。一人前の男だけが被ることを許される、ハードボイルドの象徴。僕はそれを被りたかった。
実際のところの僕はそんな人物には程遠い。甘い人間だった。と言うのも、先日好きだった女の子に振られた。2人で演劇を観たり、コンサートに誘われたりもした。あちらからすれば本当にただの友達だっただろう。僕はまさに飴玉のように、転がされ、すり減らされ、最後には砕かれた。音楽の一節にすらならない、くだらない恋だった。
ただ、後味を残していた。言うところの、気まずさとやらだ。好きな人以前に大切な友達だった。感覚的には友達を1人失ったようなものだったのだ。
そんなことを部活の友達に相談した。青柳信彦。青柳は「以前と変わらない会話でもすれば良いだろ。」と、なかなか難しそうな答えをした。
「出来たら楽なんだがな。」と僕は言った。
「出来るだろ、趣味が一緒なんだし。」
「それはそうだけど…。」これが僕の甘さなのだろうとつくづく思った。
「実はお前を振った子からお前との距離感をどうすれば良いか聞かれたんだわ。」と青柳、衝撃のリーク。
「なんて言ったんだよ!?」
「今まで通りでいいんじゃない?って。」
「あぁ。」優しいのか適当なのか…わからなかったがありがたいことだった。
雨が降り始めた。
学校の廊下を歩いた。人の話す声が咽せ返るほどに聞こえて、逆に落ち着く。謝りに行く。誰に?もちろん、好きだった人。僕を砕いた人。それ以上に、僕に傷つけられた人。遠藤ユリ、その人に、謝りに行く。
前から来るのをのを待ってひたすら歩き回る。自然を装う。堅苦しいような謝罪はかえって空気を重くすると思った。不安と焦燥で胸がいっぱいになっていく。
階段を登る。遠藤が降りてきた。すれ違いそうになる。声が出ない。不安だった。もっと壊れるかもしれない。
話せなくなるかもしれない。祈るつもりで口を開いた。「遠藤!!」
「やっぱ謝らせてくれ。俺の甘い判断で悩ませたこと。すまんかった。」言った。言った。結構頑張った。あとは。
「逆じゃね?」驚いた。たしかに、普通に考えればそうだった。しくじったか…。と心底思った。
「まあ赦して欲しいなら赦すけども。何かは知らんけど。」いつもの遠藤だった。安心した。この上なく嬉しかった。友達として、戻ってきてくれた。それが何よりだった。
無数の人の変わりなく続く有限の高校生活で、ヒーローに憧れた男、飴玉のように甘い男が、普段の生活に戻った。そんな誰にも影響を与えない、どこにでもある話。
読んでくれた方、ありがとうございました。
実はこれは音楽を制作する上で基盤となる物語が欲しくて1時間で書いたものだったんです。
二色のヒーローの物語、実際に僕が好きなヒーローをイメージしてます。もちろん、人物名は何も関係なく、実在する人物から引っ張ってきたものでもありません。くだらないドラマに付き合ってくださり、ありがとうございました。