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首落ちて後、芽吹く春

 椿は、霊山の麓を治めていた男の庶子として生まれた。母は城に仕える最下級のまじない士であった。身分は低くも見目麗しい女であった。そして、椿も美しく生まれた。

 女が孕んでからも、領主は女を手元に置いた。情があったからではなく、女を放逐すれば女の子が自らの子であると認めるようなものだからである。

 かくして椿は、表向きはお抱えのまじない士の娘として、実際には姫として、城で養育された。

 食べる物にも着る物にも不自由しなかったが、宮中の者は皆腫れ物を扱うかのようで、微妙な立場であった。

 領主にはもう一人娘がいた。正妻との間の娘である。名を咲八(さくや)と言った。可憐な容姿で品のある立ち居振る舞いをし、心は優しく、貧しい者病める者をよく助け、領民にも慕われる完璧な姫であった。

 まじない士の娘として城の雑用を行っていた椿は、ある時咲八に見える機会を得た。


 咲八の器量に胸を打たれた椿は、一生を咲八に捧げると決めたのである。

 それまで習っていたまじないの勉強をやめ、父の部下に剣を習った。剣は気性に合った。それまでは特に外に出るのが好きという訳ではなかったが、剣を振るうのは楽しかった。椿には天賦の才があった。女だから、仮にも姫なのだからと言った者たちも、椿の太刀筋を見て口を噤んだ。

 かくして椿は城内一の遣い手となり、異母姉咲八に仕える侍女となった。十六の齢であった。


 仕えてよくわかったが、咲八は本当に清い心の持ち主だった。弱い者のために心を砕き、領主である父にさりげなく進言し、実際に彼らの待遇も変えてみせた。また、戦や病で傷を負っても工夫をすれば働けると言って、手や足の不自由な者を下働きとして雇い、良く面倒を見た。同様にして、椿のような、居場所の無い者にも居場所を与えた。

 その子供は、咲八の世話係にするために連れてこられた。事故で片足を失ったのだという。

「命があって良かったわ。これから、私の所で働いてちょうだいね。大きくなったら、ちゃんと役に立つのよ。そうだ、お前の名前はなんというの」

 子供は少し戸惑ったようだった。そして、不躾に咲八へと歩み寄る。

「あら、どうしたの?」

「姫様、危ない! 」

椿が、子供のがりがりの腕を捻りあげ、床に叩きつけた。暗殺者だ。けれど、訓練は受けていない。小柄で、片腕で完全に抑えられる。小刀を奪った。

 しかし咲八は、椿が子供を完全に縛り上げるのを待たずに近づいた。

「どうして、こんなことをしたの? 」

子供は俯いて震えている。膝の上辺りから無い方の脚の断面から、赤い血がじわじわと広がっていた。鉄のような腥さが部屋に満ちる。

「まあ、傷がまだ治ってなかったのね! まじない士も呼んできなさい!」

 咲八は子供の頬に手を添えた。

「私を殺しに来たとて、優秀な侍女のお陰でそれが成功することはないでしょう。けれど、せめて傷くらい治してからいらっしゃい」

 子供の頬を涙が伝う。

「足が……足がなかったら、おひめさまに近づけるからって……」

 下衆め。椿は心の中で吐き捨てる。咲八が大きく息を呑むのが聞こえた。


 咲八に近づくためだけに片足を奪われた子供を、咲八は酷く憐れみ、召しかかえると言い出した。縁糸(えにし)と名付けられた男児の面倒を見ることとなったのは、椿であった。

 縁糸は口ばかり達者で生意気な子であったが、弟のようで可愛かった。

「椿姫様も姫様なのに、どうして侍女なんてしてるのさ」

「私は妾腹だし、厳密には娘と認められていない。姫様とは呼ぶな」

「ふうん……なら、これからは椿姫(つばき)って呼ぶね」

 縁糸はそう言って笑った。


 幸いにも予後はよく、縁糸はすくすく大きくなった。しかし、日常はいつまでも続かない。

 咲八の縁談がもちあがったのだ。

 むしろ、年齢の割に遅い程ではある。領主は咲八を手元に置きたがり、よほど良い条件でなければ嫁にやる気はないと言ってはばからなかったからだ。

 その咲八がとうとう嫁に行くことになり、椿と縁糸は驚きながらも喜び、準備を進めた。相手は小さいが商売に優れ、金を持った土地の領主の長子であった。

「姫様の聡明さがあれば、故郷にもあちらにもさらなる繁栄をもたらすことができるでしょう」

「ありがとう、椿姫。妹である貴女が着いてきてくれるなら、心強いわ」

 椿は誇らしい思いで頷いた。妻として立派に働き、敬われる咲八の姿が目に浮かんだ。そしてそれはもうすぐ現実となる。そう思っていた。

 しかし、事態は椿らを裏切った。縁談は罠だった。こちらを油断させ、領地を奪おうという腹だったのだ。条件がいいのも当然だ。はなから守る気などなかったのだから。


 なんとか城を脱出した椿は、険しい山を咲八を支えながら登った。燃え上がる城の赤赤とした光が、濃い影を落とす。それを振り切るように上を向いて、足を前に出す。まともに歩いたことのない姫の身体は、見目より重い。護衛の多くは城内で斬られ、着いては来れなくなった。椿も、傷さえ負ってはいないものの満身創痍であった。

 残った者達の足止めも虚しく、追っ手はすぐに追いついてきた。

「縁糸、姫様を頼む」

「椿、だめ」

「姫様さえ落ち延びてくだされば良いのです」

「……わかったよ、椿姫。さあ、姫様、行きましょう」

 二人の背をちらと見やって、椿は刀を抜く。背筋を伸ばし、息を吸い込んだ。

「私の名は椿姫! この領地一の剣士だ!ここから先は一歩も通さない!」


 どれくらい戦っているのだろう?最早目はほとんど開かず、音に反応して闇雲に切っている。全身が鉛になったかのように重い。

 五感はほとんど働かなくなった。自分が動いているのか、それとも、引き摺られているのか?もうそれすらわからない。

 己の敗北を悟り、咲八達の無事を願ったのも一瞬で、今は己に降りかかる屈辱を眺めるだけだった。

 なぜだか、縁糸と出会った時を思い出した。あの時とは比べ物にならない臭いが、腥さが、いや、最早何も感じなかった。


 鬼神は散歩していた。

 縄張りの木に、遠くからでもわかる惨劇の臭いがした。

 鬼神達は嬉々として近づいた。

 木には、女の死体が吊るされていた。

血と残虐を何より好む鬼ですら、歓喜より先におぞましさが走る。配下の何名かが嘔吐し、場は更に凄まじい匂いとなった。

 せめて弔ってやろうと、死体を下ろさせた。

 重く鈍い音を立てた肉塊は、しかし、動いた。

 それは、生まれたばかりの鬼だった。


 拾われた女鬼は、男を酷く怖がった。それでも、鬼神と御簾越しに言葉を交わすうちに、いくらか打ち解けたようだった。起き上がれる時間は少ないが、配下の面倒を見たりと霊山にも馴染んだようだ。

 親しくなれば、椿鬼は道理を弁え、勇敢で、高貴な女だ。鬼神は彼女に妻の身分を与え、屋敷でますます丁重にもてなした。

 霊山には珍しい女鬼を迎え、山は浮き足立っていた。

 しかし、椿鬼と呼ばれる女の顔は日に日に曇っていく。鬼神が尋ねても、静かに首を振り、苦痛に耐える顔をするばかりであった。

 そうして日々は過ぎ、ある日のことである。

 椿鬼は死んでいた。

 鬼神は大いに嘆き、彼女の遺骨を小さな箱に入れて埋め、その上に椿の木を植えた。


 椿鬼が死んで、数十年後のことである。縁糸と名乗る鬼がやって来た。椿鬼の弟分だと語る鬼は語った。

 山中で椿と別れた後、咲八は言った。最早自分が助かる見込みはない。ならばせめて、従者だけでも生き延びよと。そうして、持っていた短刀で自害した。涙を流しながら逃げ惑った他従者達の行方は知れず、けれど多くが賊に捕まったようであった。

 ほうほうのていで生き残った縁糸は落ち延びた先で病を得、視力を失ったものの、天寿を全うした。しかし、咲八らのことが気がかりで、こうして鬼となった後に帰ってきたという。

 鬼神は縁糸が椿鬼の弟分であると知り、喜んで霊山に迎え入れた。

縁糸は非常に感謝し、よく動き、屋敷について大抵のことを覚えてしまうと、働き始めた。屋敷内での仕事ぶりは凄まじく、縁糸は有糸(ありと)という名を与えられ、鬼神の側仕えとなった。


 日々は今度こそ穏やかに過ぎた。ある時、また霊山の屋敷の戸を叩く者が現れた。

 式神だと名乗る子供は、椿鬼に瓜二つであった。山に生えた、時経た椿の木の根の化身、椿の精の子供だという。

 やってきた鬼神と有糸に、椿木は穏やかに応えた。

 椿木の木の周囲にはいつの間にか人の子により社が建てられ、暴力から逃れようとする女達の拠り所となっていた。

 鬼神と有糸は、椿木との繋がりが薄れることは無いと確かめあって、木春(コハル)と名付けられらた式神を連れ、その後二度とそこを訪れることは無かった。

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