096話『魔大陸』
人元歴460年8月 魔大陸 モナトスナ魔王国、レオンナルターレ――
「もう一ヶ月ですか……」
そう、俺たちが魔大陸に入ったのは約一ヶ月前のことだ。一ヶ月もの間、未だに何も進展していない。
「流石に、遅すぎないか? 」
「そうですね……」
半月ほど前に、ナーレファインが魔王宛てに手紙を出したのだが……一向に返事が無い。返事を待たずに、王都に入ろうとしたら、門前払いされる始末。何でも人族を許可無しに入れるのは、良くないらしい。
この間に、もう魔族語は完璧に習得した。この若い体の脳みそだと、何かと吸収が早くて助かる。
魔大陸ってことだけあって、町を歩くは魔族ばかり。常に魔力感知が働いてしまって、最初は大変だったが……慣れてしまえば、なんて事無い。
最初はあちら側にとっても、俺たちが物珍しがったようだが、最近は慣れてきたのか挨拶を交わすほどにもなった。やはり、人間と魔族は共存が可能だ。少なくとも俺はそう思う。
「さて、舞空術式の方はどんな感じですか」
「俺とアマンダイトはかなり良い感じだぞ」
ただ待つだけというのも、時間がもったいないという事で、魔大陸ではメジャーな舞空術式を教えてもらった。確かに、周りを見てみると半数くらいは空にいる。
俺とアマンダイトは、比較的早めに習得できたが……他は壊滅的。まぁ、各々が持つ魔力の性質によって変わるらしいし、仕方ないことではあるんだけど。
「そうですか。なら、1つ頼まれてくれますか」
***
「なるほどね、だから2人なんだね……」
あれから数十分後、俺とアマンダイトは空を飛んでいた。ナーレファインから頼まれたのは、王都の偵察。恐らく、これは試されている。飛行テストってやつだ。
「そういう事。日が落ちる前に帰りたいし、急ごう」
「そうだね……」
レオンナルターレの町からずっと北西を飛び続け、半分ほどまで来た頃、数人の人が見えた。俺たち以外にもここに来てる物好きなやつがいたのか……
「あっちの方角は……ネストニウエス魔王大国だね……」
「そう言われるとそうだな」
俺たちがいるモナトスナ魔王国は、魔大陸の中央に位置し、3つの魔王が治める国の1つだ。そして残る2国、ネストニウエス魔王大国とポルギナ魔王帝国が両隣に位置している。
***
「よし、このまま進めば着きそうだ」
「流石ギルル様ですね! 」
「おうよ! ギルルの旦那なら当然だな! 」
勇者、ギルル・ルクアを囃し立てる、魔術師の女と重戦士の男。そして、その3人の少し後ろを付いて歩くひ弱そうな男もいた。この男は、見たところ弓使いのようだが……その扱いは目に余るところがある。
「けっ……歩くの遅いなぁ。なんであんなやつが俺たちと同じ、選ばれし勇者なんだか」
「ギルル様、テッドをいじめてあげないで……あの子は、出来ないことを頑張ってやろうとしているのよ」
「そうだぞ旦那、こんな奴でも盾くらいにはなるんだからよ! 」
と言って、重戦士の男はテッドと呼ばれた弓使いの頭を強めに小突いた。
「おいおい、お前がいちばん酷いぞ」
笑いあう3人を見て、テッドも少しだけ笑いながら肩をすぼめた。
「俺たちが魔王とか言うやつぶっ倒したら、もしかする王様になれちゃうんじゃないか!? 」
「有り得ますね! あの国王もギルル様〜! とか言ってギルル様の足元に擦り寄ってきそうです! 」
3人の夢物語は、足を進める事にだんだん大きく膨らんでいく。
「おいおい、何だこれは……」
少し歩いた先に、勇者一行の歩みを阻む大渓谷が姿を現した。到底渡れそうにない。
「ここは私に任せてくださいまし……」
魔術師の女が詠唱を始めて、しばらく経つと石の橋が現れた。女は頬を伝う汗を拭いながら、何とも得意げだ。
その橋を使い対岸に渡ると、女は何か良いことを閃いた。という顔をした。そして、すぐにギルルに提案した。
「ギルル様、役立たずのこいつ……ここで始末してしまわれてはいかがでしょうか? 役立たずに食料を分け与えるのは、合理的とは言えませんもの」
ギルルは少し考えた……いや、考える素振りを見せた方が正しいのかもしれない。
「それもそうだな! それじゃあ、君の勇者生活はここまで。少しは楽しめたんじゃないか? 最期に良い思い出が出来て良かったね」
「え、ちょ……ちょっと待って! 」
ギルルはテッドの抵抗を押さえつけ、そのまま渓谷の底べ蹴落とした。
「よし、これで旅がもっと快適になるな! 国王には不慮の事故とでも言っておくとしよう」
「本当に悪い旦那だ! 」
その時、急に空が曇りだし唸り声を上げ始めた。流石勇者と言うだけあってか、ギルルはすぐにその不穏を察した。
「来る」
「――――ッ! 我ハ大魔王ニ仕エシ、魔王トングラ……不届キ者ノお前ラニ、正義ノ鉄槌ヲ下ス」
空間の狭間のような切れ目から現れた、大きな白い豚のような魔物。これが噂の魔王か……大魔王って誰だろうか、俺たちが聞いた話にはそんなやつはいなかった……まぁ、関係ないか。
「まぁ、いいや。お前ぶっ殺して、この国乗っ取ってやるぜ」
そうして戦闘が始まった……いや、それは魔王トングラによる殺戮でしか無かった。勇者一行は、手も足も出ずに敗北した。
「こんな図体のでかいだけの魔物なら、これで一発……」
女魔術師は、術式を詠唱する間もなく首を飛ばされた。その表情は恐怖からか歪みきり、見るに堪えない物となっていた。
それに激昂した重戦士の男は、盾を持ちながら突進。しかし、片手で軽々と抑えられ、そのまま四肢をもがれた。
「勇者の力とはこんなものか……がっかりだ」
魔王はそう言って、巨大すぎる魔球を生成し始めた。高々と天に掲げた両手の上に、とんでもない量の魔力が集中する。これが魔王、桁違いだ……
***
「やっぱり様子を見に来て良かったよ……地の果て、天の頂まで響き渡れ! 聖鐘響! 」
空の様子が急におかしくなり、尋常ではない魔力反応を検知したと思ったら……そういう事か。
俺が持つ全術式の中で頭一つ抜けて最強格なのが、これだ。正確に言うのならば、闇属性と聖属性という相反する属性を、半ば無理やり掛け合わせた特殊混合術式というやつだな。
「君は……あーそうか。大丈夫か、ギルル・ルクア君」
これが噂の勇者か。思ってたよりも若いんだな。アマンダイトがいて助かった。
それにしても、さっきのやつが天災級に相当する魔物だったとはいえ……仲間は軽々と全滅したようだし、本当に勇者なのかどうかすら怪しい。
「それじゃあ、俺たちは先を急ぐから。気をつけて帰んなよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君の名前は……? 」
「あぁ、俺か? 俺はレイニィ・ワインデッドだ」
***
「あの人大丈夫かな……」
「あれでも一応は、勇者らしいし……何とかなるよ」
「そうだよね……」
ボロボロの勇者を後にし、王都へ急いだ。魔大陸では、大きかろうが小さかろうが、このような厄介事は巻き込まれてなんぼだと、ナーレファインも言っていた。
この荒廃した大地に立つというのは、常に死と背中合わせ。そういうものなのだ。
「あれ、王都だな! よし、何とか辿り着いた……!? 」
王都を囲い込む、大壁を飛び越えようとしても、何かに阻まれて弾かれてしまった。
「これは……何らかの結界が張られてる……? 」
「結界か……そんなことは言ってなかったんだけどな」
とにかく入れないものは仕方ないし、遮視結界も二重に張られていた為、中の様子も伺えなかった。一旦帰ってナーレファインに報告するのが吉だろう。
俺たちは、すぐにレオンナルターレにトンボ帰りする事となった。
***
「レイニィ・ワインデッド……まさか、共国の死神じゃないか!? くそっ! 俺としたことが、あの闇属性に助けられるなんて……」
闇属性を毛嫌いする風習が、1部ではまだまだ根強く残る連盟では、こういう過激な思想を持つ人間も少なくは無い。世界が闇属性を受け入れ、認める流れにある中、三連だけは未だ頑なに否定し続けている。上がそういう思考回路しか持ち合わせていないのだ。
「この借りはいつか必ず返してやるぞ……」




