095話『終結』
アリスレーベルの戦いから一夜。依然として敵軍は、抵抗を続けている。
「これ以上の戦いは無駄でしかないわね。全兵、即時撤退します」
街番のギルドマスターにして、この国の国王。海澪は、合理的な判断を下した。しかし、それは苦渋の決断でもあった。
「つまり、アリスレーベル……四番街を放棄するのですか!? 」
「えぇ……一度体制を整える為にも、一旦引くべきよ」
これはある意味、国軍の敗北を意味する。相手にとってこれがどれだけ大きいことか……もはや計り知れない。それを鑑みた上で、最後に勝利するために仕方の無いことだった。
***
「うおぉー! 俺たちの勝ちだァ! 」
アリスレーベルから引いていく国軍を見送りながら、元二番街らの連合街軍は、歓声を上げた。
このことをきっかけに、連合街軍の勢いは想像を絶するものとなる。それは、敵味方問わず驚かす結果だった。
***
「報告します。アリシナーゼの戦い、レット川の戦い、スーラル峠越え作戦……いずれも失敗、我々の敗北です」
アリスレーベルの戦いから1週間ほどの間に、国軍は全ての戦いにおいて敗北を喫した。
包囲網はとうに崩れ、一番街に関しては厳重な封鎖体制を敷いていて、近寄ることすら難しい。
「敵軍は目の前。ここに攻めてくるのも時間の問題ね」
最初は単なる反乱で、すぐに抑え込めるだろう。と、高を括っていた。私はあいつらを侮ってしまっていた。
もはや先は見えない、希望の光はもう二度と灯らない。
その時だった。海澪の目の前に眩い一筋の光が差し込んだ。
「一番街、街王舞泉雨様がお見えです」
「何ですって!? すぐに通して」
このタイミングで雨が……一体なんの心変わりなのかしら。
「海澪様、今までごめんなさい。雨は甘えてしまっていました。現実から目を背け、何も見ないようにしてました」
雨は部屋に入るなり、頭を下げてそう言った。その口調はいつもの雨らしくもなく、とても気弱なものだった。
「海澪様が変わってしまった、雨はその事を受け入れられません。ですが、借りた恩はきっちり返せと恩師に教わりました。海澪様を元通りにするためにも、この戦いに勝たなければいけません」
顔を上げ、雨は先ほどとは打って変わり、とても強い口調でそう言いきった。
「私が変わってしまったのは事実よ。今更受け入れてもらおうなんて考えてないわ。だけど、あなたがそう言ってくれて嬉しい。お願い、力を貸して雨」
雨は以前のように、にっこりと微笑んで「もちろんです」と答えた。
***
「各隊に告ぐ。予定通り包囲網を構成し、敵軍を討て」
雨の指示を受け、一番街軍が動き出した。あっという間に、敵軍が本拠を置く二番街を包囲した。
それに呼応し、勢いを失っていた街番率いる国軍も再び動き出し、包囲網は更に強固なものとなった。
「全軍前進。包囲網を縮めろ」
全ての用意が完璧に整っている今、その命令を出すのに指揮官は何も躊躇しなかった。
「形成が一気に逆転してしまった、これが一番街の力……」
海澪初め、王国軍の将校らは目からウロコだった。きっちりと統制された動きもそうだが、個々のレベルの高さに衝撃を受けた。
***
人元歴460年7月、王城決戦――
「報告します。二番街の制圧完了しました。しかし、敵軍幹部や主力部隊の姿は確認できておりません」
こちらの動きを気取られたか……そうなると、捨て身の特攻でもしてくるかもしれないな。
「城付近の警備を強化し、常時警戒するように」
「姐さん、この長い戦いも終わりますかね……」
「えぇ、きっと」
絶対に終わらせる、私が筋を通さなければ。
連合街軍――
「ベレーネ様、我が軍はもはや壊滅状態。ここから巻き返せるはずもありません」
「弱気を言ってはだめよ! 私は、あいつに何としてでも勝たなければならない。ここまで来たらもう引き返せない……最終作戦に移る」
唇を噛みながらベレーネの言う最終作戦、それは海澪の見立て通りだった。相手方の隙をつき、王城に突っ込み勝機を見出そうとしているのだ。
「本当にやるのですね……分かりました。もう既に準備は済ませています」
「そう……王城陥落作戦を発令する。各隊持ち場につけ」
王城――
「海澪様、相手に動きがありました! どうやら王城を囲んでいるようです」
「やっぱりこう来たわね。あいつの思考は見え見えなのよ」
悪い顔をしながら海澪は、悪役のように笑った。勝ちを確信した時の笑い方だ。
「作戦通り進めるわ。相手に魔術師の類はいないはずよ。城内には1歩たりとも踏み入れさせないわ! 」
「はっ! 」
海澪の指示で、各員が一斉に動き始めた。城内に通じる4つの門で待機し、各個迎撃するのが国軍側の作戦の全貌である。
「やはりそう来たか。そこが甘いってんだよな……魔術師前へ。遠距離爆撃術式展開……撃て! 」
今までの戦いでは一切姿を見せずに、この窮地まで温存していた魔術師隊の爆撃術式は、見事王城の頂上部に直撃。大きな音を立てて、屋根の辺りが崩壊した。
「ふん、思い知ったか。間抜けな国王め」
べレーネの心に刻まれるのは、愛国の心。そして、護国の誓い。
「ちょっと待って! ずるいでしょそれ! 」
王城の正面玄関から姿を現した海澪は、息を荒らげながらそう言った。これは想定外だったようだ。
「ずるいもへったくれもねぇだろ……」
両軍のトップが睨み合うこの状況、遂に決着が……そう思われた時だった。
「ぐっ……!? 」
何者かの魔術による攻撃が、べレーネの胴を貫いた。べレーネはそのまま地に倒れ、動かなかった。
「べ、レーネ……? ちょっと、嘘でしょ……」
海澪の問いかけに、べレーネはそのまま何も答えない。物心ついた時からの旧友との別れが、こんなにも呆気なく……そして、悔しいものになるとは微塵も思っていなかった。
「一体誰が……! 」
べレーネを失った敵軍は混乱に陥り、やがて指揮系統が崩壊した。周辺にいた敵兵は、その混乱の最中に捕らえられた者も多かった。
「警告する。我らの盟友、スティヤに仇なす賊軍はすぐに降伏し、戦闘行為の一切を停止せよ」
我らの盟友だと……? 笑わせてくれるでは無いか。連合大国め。
その警告と共に姿を現したのは、連合国軍の軍服姿で大軍を引連れた男だった。何より特徴的なのは、だらしなく出た腹と、綺麗に整えられた口髭だろう。
「これは私たち、スティヤの問題です。どうぞお引取りを」
「そういう訳にはいきませぬな。若き女の王よ」
その男の女の王という言葉に、私は少しだけ腹が立った。連合とはそういう国だ……落ち着け、戦場では焦った方が負けよ。
「賊軍は我らが討ち取りました故、陛下はご緩りと……城内でお過ごしください……」
男がそう言うと、兵が動き出し私の周りを包囲して見せた。
そういう事ね……私たちをこの王城に軟禁でもするのかしら。完全に国際法に反してると思うのだけれど……大人しく従うのが吉かもしれないわね。
「全軍、即時撤退を命じます。揃っていることを確認した上で、各隊事に王城待機すること」
連合の男は、それを聞き得意げに鼻を鳴らした。
***
「報告します。城の屋根あたりが崩壊したくらいで、大した損害はありません。兵も同様です」
「そう、ありがとう。申し訳ないのだけれど、少しだけ1人にさせてちょうだい……」
べレーネを殺したのはあいつらだ……そして、まさに今あいつらはこの国にあの軍隊を置いておくつもりだろう。だけど、一体なんのために……
「べレーネ、貴女は誰よりも勇敢だったわ。少し癪に障るけれど、私の親友よ……こんな事なら、最初から話し合っていれば……」
悔やんでも悔やみきれぬ思いに、海澪は涙を流す。あの時、負の感情に飲み込まれなければ。あの時、王位を急がなければ……
***
人元歴460年8月、某国――
「さぁさぁ皆様お立ち会い! 揺れるマリナに激震だよ! 号外、号外! 」
南州新聞社が発行した、号外。その一部を拾い上げると、大きな文字で『マリナ危機』と書かれていた。
「協商と連合大国の連合軍が、マリナ自治国との国境線近くに、大軍を配備! お隣、イングラテル皇国と獣王が君臨せし藝華の連合艦隊が、北洋を回遊中! もはや、接触は避けられぬ!? こんな時でも自由の国は何をしているのか! 」
話を聞く限りでは、長年争いが続くマリナ王国とマリナ自治国との争いに、三連と四国同盟が首を突っ込もうとしているらしい。そして、いつものように事勿れ主義のレーイルナが笑いものにされてらぁ。
「こりゃあ……世界に一風吹き荒れそうだな」
「行きますぜ、時間が押してますぁ……」
「おっと、こりゃ悪い。良い商売の匂いがしたもんで」




