044話『ギラスナ-①』
「こんにちは、レイニィさん」
あてもなく街を歩いていると、偶然ミタビアさんと会った。
「いやー、こんな所で会うなんて本当に奇遇だね」
「ほんとですよ、なぜギラスナの王女様が王都に? 」
近くにあった良さげなカフェに入り、二人ともミルクコルフィを頼んだ。
「あ、そうだ。レイニィ君、ワインデッドだったんだね」
誰から聞いたのか、情報が早い。
「えぇ、そうですよ」
「本当に奇遇だね、実は私の祖母の旧姓もワインデッド何だよねー」
これには驚いた。だいぶ離れているとは思うが、ミタビアさんと親戚だったのか。
「あ、そういえばあいつも……」
「何ですか? 」
「いや、何でもない! 」
コルフィを一口啜り、ミタビアさんは座り直し姿勢を正した。
「実は君に相談があって来たんだ」
「と言いますと? 」
「ギラスナに来て欲しい」
一呼吸置いてから、彼女の口から発せられたその相談はあまりにも俺を困らせた。国王は何と言うだろう。
「あ、ラインアースの国王にはもう許可は取ったよ。そこは安心して」
俺の心を見透かしたように、間髪入れず彼女は言った。手が早いな、国王の許可が出ているならば……特に断る理由も無いか。
「それじゃあ、よろしくお願いします。ところで、僕がなぜギラスナに? 」
「君に教鞭を執ってもらいたいんだよ」
「はい? 」
***
跡上都市国家ギラスナ、中央学園。ここは、将来有望な若者が集められ座学はもちろん、実習を通して戦闘スキルも身につけることが出来る……そんな学園だ。
「今日から君たちの担任をすることになった。レイニィ・ワインデッドです、よろしく」
俺が担当するクラスの学生は二人だ。
聞くところによると、特別クラスらしい。どんな生徒何だろう……
「こんにちは、洛成天衣です」
カラスの羽のようでとても綺麗な黒髪をし、琥珀色の瞳を輝かせる彼女は、そこはかとなく理知的で絶対的な印象を受ける。
それもそのはず、彼女は歴代最高成績で首席入学した正真正銘のエリートなのだ。
「こんにちは! 舞泉雨でーす! 」
まるで雨のように透き通るほど綺麗な淡青色の髪と、周りと比べ二回りほど小柄な彼女は、その見た目からは想像つかないが特待生だと言うから驚きだ。
この子も他の年なら首席レベルらしい……
こんな異次元な天才2人を教えるのは、少し怖いな。
なぜ急に俺がこんな大役を任せられたかと言うと、前任の教師が突如失踪したらしいのだ。
そこで、ミタビアさんの推薦で俺に白羽の矢が立った……という訳だ。
「じゃあ、今日は森の方に行ってみようか」
「賛成でーす! 」
という訳で、ミラト大森林に入って野外実習をすることにした。レベルの低い魔獣でもいれば大助かりだ。
それに今は11月、季間で過ごしやすい気温なのも非常に助かる。
教師というものを初めてから、何だか見えている世界が一気に明るくなったような気がする。二人から俺が学ぶことの方が多いかもしれない。
「先生、薬草なんかも採れたら良いね」
「そうだなー、薬草採集も良いな」
先生、と呼ばれるのも最初はむず痒かったが、今ではもう慣れた物だ。この生活も悪くない。
その後も順調に進んで、ギラスナが跡上都市国家と呼ばれる理由にもなる古代遺跡に到着した。
石造りの祭壇や、大きな神殿。なんの遺跡かは知らないが、恐らくあの神どもに関係あるのだろう。
「よし、この辺でお昼にしよう」
「はーい! 」
古代遺跡の周りの、広場のようになっているところでシートを広げ、お昼ご飯を食べることにした。
「よいしょっと……」
無属性魔術に分類され、空間術式とも呼ばれる事もあるが、収納魔術と言う方がわかりやすいだろう。
それを、闇属性魔術の基本である深淵と上手く融合させ、そこに収納出来るようにしたのだ。従来の物よりも容量が多くなった事や、自分の影にそれを埋め込めばかなり便利になる。ただ、入れすぎると超重くなる。
そこから、三人分のお弁当を取りだしてシートの上に広げた。
四段の重箱で、三段はおかずを、残り一段にはおにぎりを詰めた。
「うわぁー! 美味しそう! 」
「先生の手作りですか? 」
生徒二人からはかなり好評のようだ。
「あぁ、そうだ。朝早く起きて良かったよ……さ、食べよう」
「いただきまーす! 」
三人の声が、蒼穹の空に響いた。
***
「今日はこれで解散! 」
本命の魔獣こそ出なかったものの、色々な薬草が採れたし色々と学ぶことが出来た。我ながら良い授業だったと思う。
「レイニィ君、大変だ! 」
少し薄毛が目立つ学園長が、息を切らしながら走ってきた。きっと何かあったんだ。
「学園長、何かあったんですか? 」
「ラインアース王国の国王が……」
俺は数日休みを貰い、急いで王国へ戻った。なぜだ、最後に会った時はあんなに元気だったのに……
国内に入った瞬間から、何となく暗い感じがしていたが……王都ないし王城は他と比べ、しんみりとしていた。
「レイニィ……」
王城に入るとすぐに皇女様と会った。いつものあの感じからは想像できないほど、気を落としている。
目の下にこびりついているクマと、腫れからどれだけ泣いたかが容易に想像出来てしまう。
「父は、国王はずっと病に悩まされていたんじゃ。そうね、ちょうどそなた達が藝華へ行ってしまった後くらいから」
知らなかった、俺は何も知らずに……
それから国葬が執り行われ、俺は告別式にも出席した。王国が国教とする鬼頭祭教では、死後の世界が重視され特にお葬式は大切にされる。それが国家元首ともなれば、尚更だ。
世界各国が加盟し、世界最大の議会が設置されている世界会議からも、議長などの代表者が葬儀に出席し各国が喪に服した。
どれだけこの国王に人望があったかが伺える。
「そなたはもう帰ってしまうのか? 」
「えぇ、生徒も待たせてますし……」
告別式を終え、俺が帰る用意をしていると、皇女様にそう声をかけられた。
その声はどこか不安げに震え、弱々しかった。最後まで俺は彼女の顔を見れなかった。
俺は逃げるようにギラスナへ戻った。これから起こる事、起こってしまう悲劇から目を背けてしまった。