013話『神なんて』
うーん……辞めてくれ、俺の仲間……なんだ――
朝起きると、何故か全身汗ぐっしょりだった。昨晩は熱帯夜だったが、ここまでになるのはおかしい。それに、なんだあの夢は……
最近おかしな夢ばかり見るなと思いつつ、汗だくのままでは気持ち悪いので誰も起きていない早朝からシャワーを浴びることにした。
「あー暖かいお風呂が恋しいなぁ」
この世界にはお風呂に浸かるという概念がない。シャワーのみだ。日本人たるものやっぱりお風呂に浸かりたいんだよなぁ……そういえば温泉で栄えた国がどこかにあると聞いたような……
「レイニィさん、おはようございます……」
シャワーから出ると、エリスが立っていた。今にも泣きそうな顔で。
「エリス……ごめんな、起こしちゃったか」
咄嗟にシャワーの音がうるさくて起こしてしまったとばかり思っていた。
今朝はまだ早いということもあってか、夏にしては少し肌寒い。
「いや、違うんです……あの、あの時のお礼、まだ言ってないなって……」
エリスはワンピース状の白い服の裾をぎゅっと掴み、申し訳なさそうにそう言った。今にも泣きそうだった顔がいつの間にか変わっていた。
少し上目遣いで決意に似た何かを含んだ様な顔だった。
「あの時、エリスを地下牢《地獄》から救って頂き、本当にありがとうございました。お陰でエリスは今とっても幸せです……! 」
満開の笑顔とは正にこの事を言うんだなと、しみじみ思う。この子の笑顔を守れて良かった、そして幸せと聞けたことだけで俺は何度でも救われる。
「エリスはずっとあなたの傍にいます……」
そう呟き、エリスは部屋の外へ走っていってしまった。
照れ隠しのつもりだろうが隠しきれていないその行動に俺は自分の口角を下げるのに非常に苦労した。
俺は自分の父を許すつもりは毛頭ない。奴隷何てものは人類が生み出した最低最悪な負の産物だ。
欲に塗まみれた大人に、弁解の余地などあるはずがない。だが、あの事件について気になることが沢山ある。
それを問いただす為にも母の捜索もしなければ。
***
「さて! 今日も張り切っていきましょうか! 」
人元歴456年5月、パーティー結成から半年ほどが経った。俺たちは徐々に依頼クエストを受け始め、実績と知名度を着実に積み重ねていった。
活動拠点もラインアース王国の王都へ移し、現在はAランク一歩手前、Bランクにまで到達した。
俺たちも成長したもんだ。ロンとカテラは仲良く黒級へ一段階昇格、エリスも一段階昇格して青級だ。 ちなみに俺は大躍進、黒級にまで上り詰めた! ……まぁ、ミズキはロミンで前人未到の紫級に昇格して、あの時は騒がれたなぁ……色々と。
Aランクに昇格する為にもここらで一発でかい依頼クエストを受けたいんだが……中々良いのが見当たらない。
冒険者協会の壁一面に貼られた依頼書を選び、そこから剥がして受付に行って受理されるとめでたく依頼クエスト開始となるシステムなのだが、それゆえ良い依頼クエストはすぐに誰かに取られてしまう。
早い者勝ちなのだ。俺たちのようにスタートダッシュが遅れたら待っているのは報酬が微妙なものばかり。
「お! これなんか良いんじゃないかな? 」
カテラが良さそうなのを見つけたようだ。分散して探していたメンバーがカテラに近寄って行く。
「うん、いいんじゃないか」
ロンがそう言い、俺達も頷く。カテラが見つけたのは、メルリー山脈の麓に現れた魔獣の群れの討伐だ。
ちなみに魔獣とは、普通の獣とは違い魔力を持つ獣の事を言う。
「ね! 報酬も割と良いし、何よりデルーラ三体だけってのが楽!」
そんな魔獣の一種、デルーラはその中でもかなり弱い方に分類される牛型の魔獣だ。思考能力や身体能力も低く、正直三体だけなら五分あれば終わる。
「でもまぁ、遠いわね……」
ミズキがこんな楽勝な依頼クエストを誰も引き受けなかった核心に触れた。
そうなのだ、ここ王都から問題のメルリー山脈までは馬車を使って約十日、徒歩なら四週間はかかる辺鄙な所にあるのだ。
「まぁ暇だし行ってみようよ、観光も兼ねてさ」
俺がそう言うと、ミズキは仕方ないかと言った顔で渋々頷く。
暇という事実には彼女でも太刀打ち出来なかったか。
***
ガタゴトガタゴト馬車に揺られて四日が経った――
「お客さん方、やっとこさサーペント領に入りましたべな」
馭者のおじさんは王国が誇る経済都市バハネラを有するサーペント領に入ったとわざわざ教えてくれた。優しい人だ、このおじさんはどうやら当たりのようだ。
メルリー山脈がある結城領まではバハネラを出て数時間で着く。
つまり、あと少しって訳だな。
「ねぇーレイニィ、私喉乾いちゃったんですけどー! 」
長時間の馬車移動でストレスが溜まっているのか、先程からミズキがウザイ絡み方をしてくる。
エリスは大人しくしてるのに、なんでこいつはそれが出来ないんだろうか?
「あはは……ところでレイニィ君。君は神を信じるかい?」
苦笑いを浮かべながら、水が入ったコップを駄々っ子ミズキに手渡してからカテラは俺に尋ねた。少しいつものは違った雰囲気だ。
「神? それは面白い冗談だなカテラ。俺は神を信じない。まずまずの話、神なんて存在しない」
俺にとって神は無に等しい。以前俺の前に現れた神を名乗る者共を本当に神と認めるなどあってはならない。
俺はいつか必ずあいつらに抗議してやるんだ。その為にも一刻も早く成り上がらねば、力を付けなければ。
「なら君は何を信じる? 何に縋すがる? 良いかい? 魔術と言うのは神の力を借りるのと同意だ。神への忠誠がそのままその威力として反映される。君も少し考えた方が良いよ」
カテラの言葉に少しイラッとくるところはある。しかし、魔術に関するこの考え方は『正統派』と呼ばれ定説であるとされている。
きっとカテラは俺を思って言ってくれてるのだろう、同じ魔術師として。
「気持ちはありがたく受け取るよ、ありがとうカテラ。だが、俺の考えはそう易々と変わらない」
俺の行く手に立ちはだかる者があれば、俺はそれを何としても踏み越えていく。例えそれが神であったとしても。
「そうか、君ならそう言うと思った。ごめんね、変な事言って」
神を聞くのはあの時以来だな。母は今どこで何をしているのだろう。あの時の神官を名乗る者はもう現れないのだろうか。
ふと、エリスを見るとすやすやと眠ってしまっていた。それを見た途端に俺の思考はそれきり止まってしまった。
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