123話『間話-陰謀』
不明――
不気味なほど静かで、薄暗く長い廊下にいくつかの足音だけが響いている。
何度も見たこの廊下の景色。
ただ、何度観ても慣れない景色だ。
僕は今、大使の一行によりあの元へ輸送されている。といってもおかしくない状況にある。
前後を大使たちに挟まれてみれば、これはもう僕が罪人みたいじゃないか。
枷をつけられていないだけ、まだマシか。
「着いたぞ」
言われなくても分かってるよ!
思わず口に出そうになった。危ない、我慢我慢。
重そうな扉を開け終わるのを少し待ち、僕たちは謁見の間に入った。
「お久しぶりです」
大使の連中が一斉に跪いた。
あいつが、来る。
「やぁやぁ、みんな元気かい? うん、久しいね」
ニヒルに笑うこの男。性別があるのかは、よく分からないが外見は男だから、男ってことにしておこう。
いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「久しゅうございます! レミは! この時を待ち侘びておりましたぁ……」
「うんうん。そうかい、そうかい」
全く。何を考えているのやら。
そのほくそ笑む顔、辞めてくれないかな。
「おや、公特使。ご苦労だったね」
僕がいるなんて知らなかった。そんな口振りに、虫唾が走る。
というか、さんくらい付けろよデコスケ野郎。
「いえいえ、それほどでもないですよ」
僕に話しかけるなよ。僕を見ないでくれ。
「鬼頭祭神高亜君殿下」
***
狭間――
あれ、どこだここは……俺は、どうなった……
「お久しぶりです」
チリンと鈴が小さく鳴り、俺の目の前にあの女神官が現れた。
どこか顔色が悪いように見える。
「そうだな。久しぶり」
「元気そうですね」
女神官はなぜかとてもゆっくりと喋った。
少し息切れもしているようだった。
「あなたには、本当に悪い事をしたと、思っています」
「何がだ? あいつに騙された事か? 」
その言葉の真意が見えない。何が言いたいんだ?
「いや、それほど恨んでないぞ。今、幸せだからな。それに……」
「ち、違うんです……いや、違くはないのですけれど、違うんです……」
段々と女神官の声に、生気を感じられなくなってきた。
流石に違和感どころか、明らかにおかしいと感じた。
「おい、何があった? あいつはどこだ? 」
「祭神は……祭神は、いつも私に、聖王神こそが嘘つきで、最悪な神だと……言って、いました」
聖王神……あぁあれか。あれが最悪な神? 少なくとも俺には、神聖で凄い神様のように見えたけどな。
「確かに、聖王神はとある悪事を、企んでいます。ですが……祭神は、それを、止め……他の、三神は既に……」
苦しそうではあったが、今まで普通に立っていた女神官が、見えない何かに強くぶつかられたようによろめいた。
体のあちこちから、多量の出血も見られた。
俺たちの周囲に人気は無い、魔術の類を使用した魔力の流れも感じられない。
「私は、もう長くないようです……祭神は、この世界を……」
女神官が言葉を紡ぐ度に、怪我が増えた。
それは段々と重度になり、遂には顔の半分が凹んだ。
「三神も、既に……手中にあり、動け……」
一言発する度に、体のあちこちが潰れていく音は、とても不快だった。
遂には、女神官は自力で立っていられなくなり、よろめいた。
俺は倒れる彼女を地面スレスレで受け止めた。
その体は、とても柔らかくほんのり温かかった。
「お願いします……世界を、守って……」
その言葉を最後に、女神官の頭部が弾け飛んだ。
彼女の華奢で小柄な体は、俺の腕に収まったまま冷たくなった。
途切れ途切れだったが、何となく掴めた。
世界を終わらせようとしている聖王神に対し、それを止めようとする鬼頭祭神。
他の三神は理由は分からないが、全く動けない状況にあるらしい。恐らく、封印されたとかだろう。
天空祭苑に一般人が入り込むことは、不可能。無論、一端の神官が神を封印出来るわけもない。
つまり、そんな事が出来るのは聖王神か鬼頭祭神だけということだ。
だが、やはり決めつけは良くない。
もう少し確証が欲しい。現段階では、俺の妄想でしかない。
俺の仮説が正しいとすれば、なぜ女神官は命をかけて俺に伝えたんだ。あいつは一体、何を企んでいるんだ……?