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111話『過去から未来へ』

 段々段々と、私の精神が遠く遥かに行ってしまっている気がする。私が私で無くなる、この世界から私が存在していない事になる。

 皆にこんな惨めな最期を蔑まれ、やがて誰からの記憶からもポッカリと抜け落ちる。


「私がやってきた事に比べたら……あぁ、どこから狂ってしまったんだろう」


 ***

 数年前、ポルギナ魔帝国 帝都ポーレオ――


「ガドリエル様、ガドリエル様……」

「うーん……あとちょっと……」


 魔大陸の中央に領土を持ち、魔王が治める大国である『魔王三国』の一国に数えられるポルギナ魔帝国。その国の魔皇帝、ガドリエルは正しく怠惰の権化である。

 神に仕える天使族の成れの果てで、周囲からは眠れる堕天使と呼ばれている。とりあえず、ずっと寝てる。


「お起き下さい。国政会議の時間です」


 そんなガドリエルをすぐ横で毎日支えているのが、ポルギナ魔帝国宰相である、ガレルア・ネスタニアという人物である。国政全般を統括している、超重要人物だ。

 しかし、普段通り冷静を装っているガレルアだが、この男にはある嫌疑が掛けられていた。


「そんな事より、お前……大丈夫か。裁判の方は」


 このガレルア、国家転覆を企てたとして現在国内外から非難を受けており、同時に皇帝裁判所に被告人として出廷を要求されているのだ。

 元はガドリエルが裁判長として、あらゆる犯罪人を裁いていたが、最近は面倒臭いという理由で裁判所に丸投げしてしまっている。


「皇帝陛下のお手を煩わせる事はありません。逆に、私が大嘘つきを裁いてやりますわ! 」

「……そうか」


 大口を開けて笑うガレルアを見て、ガドリエルは些か疑念の目を向けた。


 


「それでは、私はそろそろ。娘のお迎えがありますので」

「あぁ、最近は学園でも優秀なそうだな。早く行ってやれ……俺は寝る」


 早くに妻を亡くし、今は幼い娘と二人暮し。幼いながらに、その娘も家事やらを手伝ってるとか。

 それに先日、学園で行われた試験で満点を叩き出したらしいし、全く親子共々優秀なのだな。

 


「カテラちゃーん! 迎えに来たよ」

「あ、お父様。本日の公務もお疲れ様です」


 学園に親が迎えに来る事は、まぁ無い。ガレルアは親バカが過ぎる所があるようだ。


「あの……そろそろ恥ずかしいので、迎えに来なくて良いですよ。一人で帰れますし」


 父親は、娘のちょっとした反抗を満面の笑みで受け止めた。


「やだ」


 ***

「魔皇帝ガドリエルの名において、被告ガレルア・ネスタニアに判決を言い渡す」


 あれから一週間程が経ち、自信満々なガレルアに判決が下ろうとしていた。法廷内は静寂に包まれ、その時をじっと待っている。

 まだ娘は、毎日送り迎えを父親にして貰っている。今この時も授業を受けながら、父の無罪を祈った。


「主文、被告人は魔皇帝暗殺を企てた国家転覆未遂の大罪人である。よって、情状酌量の余地無しと判断し死刑に処す」


 裁判長が顔をゆっくりと上げ、ゆっくりとそう宣告した。その瞬間ガレルアは崩れ落ち、何人かの記者が慌てて法廷を飛び出して行った。


「ば、馬鹿な……そ、そんなはず……私が、ガドリエル様を? 」


 法廷内はどよめいたが、裁判長はただ静かにガレルアを見続けた。


「何かの、間違いだ……俺は、この国の為に、ガドリエル様の為に、この人生を持って尽くしてきた……」


 もはやガレルアに、弁解の余裕など無かった。現実を受け入れられず、呆然とするばかりだ。


 そんな事は露知らず、窓の外の風景を眺めるカテラは今晩の献立を考えていた。そして、父の迎えを心待ちにしていたのだった。



 しばらくして授業が終わり、いつも通り父が来るのを待った。いつもの時間に現れない父、カテラは少し不思議に思った。しかし裁判に勝って、色々対応とかしているのだろう。と高を括り、教科書に目を通していた。


 待てど暮らせど一向に父が来ず、遂に日が暮れてきた。カテラは徐々に不安になり、静かに座っていられなくなった。


 その時、担任の先生が血相を変えて教室に飛び込んで来て言った。


「お父様が……」


 カテラの手から、教科書が落ちた。


 ***

「どうして、こんなことに……」


 無駄に広い家に帰っても、中はただ暗い。どうやって帰ってきたのか、思い出そうとしても記憶が無い。

 手にはしっかり買い物を済ませたらしく、食材が沢山入った紙袋を持っていた。どうも記憶が曖昧だ……


「これからどうなるんだろう。とにかく、何か食べないと……」


 授業中に頭の中で考えていた献立通りに作り、一人で食べた。美味しくなかった。間違えて作ってしまった二人分の料理を、無理に胃に押し込んだ。

 ベッドで呆然としていると、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。


「憲兵団だ。ガレルア死刑囚が失踪した。捜索させてもらう」


 死刑囚という単語に、酷く衝撃を受けた。あまりに酷い現実に、腹を思い切り殴られた気分だ。

 憲兵団は、裁判所から出された令状を高々と掲げ、家にズカズカと入り込んできた。


「や、やめてください! 父は、帰ってきていません」


 そう訴えたが、全員に無視された。そうか、私は死刑囚の一人娘。信じてもらえるはずがない。

 そう思うと、体から力が抜けてしまった。


「撤収だ」


 数時間に渡る捜索の末、父を見つけられるはずも無く、憲兵団は最後まで傍若無人な態度だった。全ての部屋の荷物をひっくり返され、しばらくは片付けで時間が潰れそうだ。


「そうだ、まだ諦め切るには早い……」


 僅かに差し込む希望の光に、私はそっと手を伸ばした。しかし、それは永遠に届くことは無かった。


 ***

「どうしてですか! 会わせて下さい! 」


 次の日、魔皇帝ガドリエルに何とか恩赦を頼もうと、城へ訪ねて行った。しかし、私はすぐに王城の正門の前で、二人の衛兵に取り押さえられてしまった。


「ダメに決まっているだろう。大人しくしなさい! 」


 何を言っても、衛兵は聞く耳を持たない。


「分かりました……帰ります」


 しばらく抵抗してみたが、大人の男に力で適うはずもなく、私は土や傷に塗れて家へ帰った。


「よォ、お帰り」


 家の玄関前に変な男が立っていた。嫌な雰囲気のする、高身長イケオジって感じだ。


「何だよ、警戒すんなよなァ」


 男は私の顔を見て、そう言った。顔には出していないつもりだったが、見事に見抜かれた。


「まァ良いや。お前の父ちゃんは、俺たちが預かった。五体満足で再会したいのなら、俺たちに従え。カテラ・ネスタニア」


 何だこいつは。父を預かった? 失踪したというのも、こいつらが……


「あなたは、あなた達は何なの? 」


 その男は少し不思議そうな顔をした。そして、ポケットから黒いレンズの丸メガネを取りだし、掛けて言った。


「俺はバエル。俺たちは……そうだな、新世界を創る御方の……いや、単に魔卿を統べる公の下僕だ」


 魔卿を統べる、公の下僕……魔卿。新世界……そうか、分かった。こいつらは、最近話題の魔卿使団だ。


「魔卿使団なのですね……少し前に、遠くの小国を滅ぼしたとか……聞きましたが」

「あァ……それな。ご明察だ。俺たちは魔卿使団、よく知ってたな」


 私がこいつらに従わなければ、父の命が危ないかもしれない。それだけは絶対に回避しなければならない。


「分かりました……あなた達に従います……」


 ポルギナ魔王帝国の名家から、こんな大転落……雪辱だ、断腸の思いとはこの事か……


「あと一つだけ、なぜ私を」

「知らん。ついてこい」


 バエルは私の言葉を遮り、私の腕を引いて歩き出した。お父様、私が絶対に助けますから。もう少しだけ、待っていてください。

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