改姓
朝一で薬師さんのいる薬屋。事情を話すと、
「女郎屋で買ってきたんだろう?男を楽しませるようなってるんだ、奴隷じゃないって、買ったアンタが宣言すればなんてことないさ。」
薬師さんの話をまとめると、娼館のオークションに出品されることが決まった時点で、奴隷扱い。それで鑑定しても名字がブランクだった。ギルドの修理費を払った事で、風太が買い上げた結果になっている。
「陽菜は奴隷なんかじゃないよ・・・」
風太の言葉の途中で繋いだ手がほんのり温かくなった。薬師さんは、
「ほら、簡単だろ?」
鑑定してみると、ブランクだった名字の所に記載があったが「来生」の文字?!
平民に戻した風太の家族って感じらしい。
「娘でも、妹でも好きにすれば良い、勿論嫁でも良いぞ。」
奴隷のままじゃ不味いから仕方がないが、他に手がなかったのか、元に戻す方法がないか尋ねたが、今回の処置がベターだったようだ。
困り顔の陽菜を想定した風太だったが、意外と上機嫌。逆に七海と美咲が不満そうだった。
「ねぇ、きっすう、ミイも来生が良いな、陽菜だけズルいよ!」
七海も以下同文と、目を輝かせた。
「理論的には可能だと思うけどさ、一瞬でも奴隷にするなんて嫌だなぁ、手違いで戻れなくなったりしたら大変でしょ?」
話し合いの結果、ギルドで相談してみることになった。
4月になって、転生塾のある街に着いた、売れそうなアイテムが集まっていたので、古道具屋に売りに行く。30万程になり、軍資金に半分残し、捨て値で売っている未鑑定のアクセサリーを買い漁った。鑑定して必要な物を残して鑑定済みとして買い取って貰って10万になった。差し引き5万で手に入れたのは、精密の指環+9、魔力増幅のピアス+8、回復のネックレス+7、怪力の指環+3。どれも10万は下らない。現場でもしも、調子が悪くなってしまった時にいくらかでも助けになればと、陽菜には精密の指環、七海には回復のネックレス、美咲には魔力増幅のピアス、怪力の指環は、魔法が使えない風太用、全て上限の+10までレベルアップ済み、少し難易度を上げる為の準備万端。
着いた日は宿でのんびり。翌日、ギルドに行って、いつものように、納品で完了になる依頼を見繕い、8万ゲット。七海と美咲は職員さんを捕まえて、陽菜と同じように姓を変える相談をしていた。
「一応、違法ですからね。ギルマスに話して見ましょう、何時も貴重な素材を持ち込んでいただいてますからね。」
翌日、マン研の4人はとある山を攻めていた。『呪いの山』と呼ばれている山で、魔力やレベルを下げる罠が張り巡らされ、出没する魔物も、魔力を下げる攻撃で下った魔力はなかなか回復しないらしい。そこに自生する薬草が流行り病の特効薬だが、誰も請けたがらない。そこでマン研に白羽の矢が立った。普段から危険な山でしか採取出来ない薬草やアイテムを納めて居たので、元々期待されていたが、強制出来る事では無いので、七海と美咲のおねだりの見返りになった。
魔物の強さ自体は罠に比べそれ程ではないので、防具やアクセサリーを探索と魔法対策に集中して罠によるダメージ回避を狙っている。
風太には他にも目的があり、近いうちに攻める予定だったので、作戦は完璧だったので好都合だった。
探索のブレスレットで罠を回避、遠距離攻撃で魔物側のターンにならないうちに始末していく。呪いの魔法に特化した盾は、回数制限はあるが、想定される魔法ならノーダメージ。確実に登っていった。
ギルドご所望の薬草は山頂付近に自生している。八合目付近に剣の強化アイテム満載の洞窟がある。致死性の罠があるとの噂で、敬遠され殆ど誰も近寄らない。ゲームでは最深部に強力な罠があるが、魔石を投げ込むと発動して解除出来るので、洞窟内の雑魚魔物を使えば簡単にクリア出来る。後でも使うので、魔石はしっかり回収しておく。
風太は記憶の通りに洞窟を攻め、十分なアイテムをゲットし奥の罠も解除した。
罠を安全に通過すると、頂上付近へのショートカットになる。山頂のボスは罠を仕掛ける能力が高いだけで、戦闘力はほぼゼロ。サクっと倒し、『呪い全解除』の秘薬をゲット。依頼の薬草を採取して本来の山道を下りる。
九合目には『呪いの山』が嫌われる原因の代表格の『罠の絨毯』がある。広域に避ける事が出来ない密度で配置されていて、通過するまでには、少なくとも数十個の罠に掛かり、魔力も体力も底をつき、装備もボロボロになってしまう。
密集した罠も、魔石を放り込むと発動させて難なく通過出来るが、登りの時は罠が見づらいので見落として嵌まってしまう。更に、雑魚魔物が煩くて罠に集中出来ない。下りでは、見易い配置で魔物は罠の下の方を通過した時に現れるので、罠を通過するまで、魔物に邪魔されず罠を処理出来る。探索のブレスレットの効果もあり、雑魚魔物の魔石でサクサクとクリア。雑魚魔物は遠隔攻撃で巣ごと潰して、あとはほぼ普通の山。剣と盾の強化アイテムを大量ゲットした。ゲームでは、山頂のボスを倒せばクリアで下山することは無いが、九合目のお宝は、今日のルートが一番効率的なので、珍しく下山した事のある山だった。慎重に罠を回避して、無傷で麓に到着した。
登山口のキャンプ場で一泊。焚き木を拾いに行った陽菜が、
「人の形の石があったの、メチャリアルだから、呪われてる人じゃないかしら?」
陽菜を先頭に4人は石の所へ。風太が鑑定すると、状態が『石化』の35歳女性、平野 愛子さん。冒険者だろう。
ボス戦でゲットした秘薬を口に垂らす。
「ん?銀髪?」
後頭部だった。四人掛かりでなんとかひっくり返し、今度こそ口に垂らす、現れた唇にそっと流し込むとジワジワと肌の部分が拡がり、途中、慌てて毛布を掛けて、爪先まで石化が解けると、
「んー、おはよ、ん?」
思わぬ所で寝落ちして、ふと目覚めた感じで周りをキョロキョロ。
ふっと起き上がると毛布がズレて風太は後ろを向いた。
「そうだ、呪いで石にされたんだ!助けてくれたんだね!」
元気に美咲の手を握り、風太の背中を見て、自分がほぼ全裸だと気が付いた。周りを見回し、自分が石になっていた場所で下敷きになっていたポシェットを拾い上げた。洋服は風化してボロボロ、動くとハラハラ散っていたが、ポシェットは健在で、中から靴と着替えを出した。
身支度完了と、風太は振り返ったが、直ぐに回れ右。レガースを兼ねたニーハイブーツと肘まで覆うガントレットとは対象的に、それ以外は、モザイクが要らないギリギリしか覆っていなかった。古道具屋でしか見たことのないビキニアーマーだろう。下着でも水着でもなく、戦闘服とのことで、風太は安心して視界に納めた。
色々話してみると、愛子は16年間石になっていたようで、当時の女性冒険者の一般的な装備がビキニアーマーだったそうだ。魔力でガードするので、露出していても防具の効果は十分で、露出が多いほど、速度やパワーが上がるのでギリギリのビキニが流行ったそうだ。ただ、露出の影響はそれ程でもない為、今はショーパンかミニが主流なので、実際に着ている人を見たのは初めてだった。
愛子のポシェットは、大きめのスーツケース位の収納力で、そこからテントを出して、風太達の隣に張って、一緒にキャンプ。
16年前も、この山は嫌われていたようで、
「なんでココ?」
七海と美咲がおねだりの事を話すと、
「それなら、孤児登録で名字を無くして彼に引き取って貰うといいわ!私がお世話になってるシスターに頼んだら大丈夫!」
七海と一緒のテントもすっかり慣れてぐっすり。朝日と共に起きて、街を目指した。
愛子について教会に行く。16年分劣化した建物は愛子にとっては、かなりのショックだった。母のように慕っていたシスターは既に他界しており、孤児の面倒は、牧師が見ているが、かなり苦しい状況なのは、初見の風太達でも容易に理解できた。
子守をしている女性が、愛子に反応した。
「愛姉ちゃん?」
愛子が答える前に小走りから猛ダッシュに加速して抱き着いた。
「哲兄にはもう会った?」
愛子は妹みたいにしていた娘がオバサンになって戸惑っていたが、直ぐに感動を共有していた。
「牧師さんてどんな方?」
「すぐに戻るから楽しみにしててよ!」
子守の女性は、こよみと言って32歳。結婚して、施設の近所に住んでいるそうだ。
程なく黒いジャケットの男性が現れた。
「哲?」
「愛ねぇ?」
「老けたわね!」
「大人になったって言ってくれよ!コレでプロポーズ断わる理由無くなったな、もちろんOKだよな?」
「いきなりね!タイミングとか考えてよね。」
「15年と11ヶ月と18日間も待ったんだ、時間の事は愛ねぇに文句言われる筋合いじゃねぇな!」
「判ったわよ!OKよ!もう冒険者で稼げ無いから、ちゃんと養ってよね!」
「だからそう言ってる、ん?ほ、ホントにいいの?」
感動の再会の邪魔にならないようそっと施設を後にした。




